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ご令嬢、殿方がご乱入です!

 尖塔の小部屋の粗末なドアが、大音響とともに砕け散った。


 ティアは大きな物音に現実に帰った。

 辛うじてぶら下がる蝶番、壊された扉の外にイザークがたっていた。なぜ彼がここにいるのだろうか。

 彼はつかつかと入ってくると机に乗っている封筒を手に取った。中から押し花を無造作に取り出す。


「封筒の中身はこれだけか?」


 イザークの冷たい声。

 ティアは突然のことに驚いて素直に頷く。すると封筒も押し花も彼の手の上でメラメラと炎を上げ、あっという間に灰になった。

 ティアは何が起きたのかわからなかった。しかし、次の瞬間体がカッと熱くなった。


「ひどい!何をするの!」


 気づくと叫んでいた。

 イザークはティアには取り合わず、宝石も確認する。


「これは、アミュレットか。随分高価なものだな」


彼が深いブルーの宝石を手に取る。


「触らないでください」


 ティアは取り返そうとイザークの腕をつかんだ。


「まだ、自分が捨てられたのがわからないのか?」


 イザークがティアに冷たい視線を送る。


「この間、自己憐憫に浸って、修道院に迷惑をかけたと言ってなかったか?その舌の根も乾かぬうちにこのざまか。あれは口先だけだったのだな」


 その言葉に打たれたようにティアの動きが止まった。しょんぼりと頭を垂れる。三月ほど前に会いに来たときは哀しみの中にあっても、以前よりも表情があり、目に光がさしていた。今の彼女は見る影もなくやつれ、打ちひしがれていた。

 ティアが言葉もなく立ち尽くしていると


「わかったのなら、この部屋をでるぞ」


 有無を言わせぬ口調で、そういうと彼は宝石をもって出て行ってしまった。ティアは大人しく彼の言葉に従い、あとに続いて部屋をでた。ここへ来て、泣き伏すような無様な真似はしたくなかった。


 戸口に立ち一部始終をみていたサフィラスが壊れた扉に目を落とし


「なんてことを・・・」


 と呟いた。




 次の日、ティアはメアリーやヒルデガルドをはじめとした迷惑をかけた人たちに真摯に謝った。その後、イザークやヴォルフとともにしばらく修道院を離れることとなった。半年過ごした修道院に愛着がわいていたようで、離れるのは寂しくて不安だった。


 サフィラスはイザークに同行を申し出たが、


「仕事を増やして悪いが、ティアが留守の間、修道院を守ってくれないか」


 と頼まれてしまった。第二王子が不用心にもティアに贈り物などしたものだから、身一つで国外追放になったはずの彼女が安全な場所で匿われていることが他の派閥に漏れたかもしれないからだ。そうなると修道院が襲撃される危険もある。彼はそれを憂いているのだ。


「ここまで、お前を巻き込むつもりはなかった。申し訳ない」


 イザークに頭を下げられ、身の引き締まる思いだった。


「頭など下げないでください。この命、あなたに救われたものですから」


 ティアが心配ではあったが、彼の頼みは絶対に断れない。それをわかっているから、イザークは命令するだけで事足りるのに、わざわざ頭を下げる。態度も口調も横柄なのに、学院時代から変わらずサフィラスを同等の友人として扱ってくれる。彼の思いに胸が熱くなった。






 荷馬車は石畳の道をガタゴトと音を立てて進む。


「わあ!見てくだい。トルクの街ですよ。ふふっ、ティア様は2度目ですね」


 と言ってメアリーが楽しそうに微笑む。


「ええ、ほんとにここは活気があっていいわね、メアリー」


 なんとメアリーがついてきてしまったのだ。ヒルデガルドのごり押しで。


「殿方の中にティア様を一人で放り込むなど、とんでもないことでございます!」


 などと聞き捨てならないことをイザークとヴォルフは言われた。どうもこの国の女性はカルディアと違ってかなり強いようだ。ティアがメアリーを見つめてウルウルしているので仕方なくサンローラまでの同行を許可した。まるで実の姉のようにメアリーになついている。いままで家族すら頼れない状況で育ってきた彼女にとってはいい傾向かもしれない。

 この街で急きょ決まった旅の支度をしなければならない。女性には女性の買い物がある。こうなるとメアリーがついてきてくれたことがありがたかった。


 買い物が終わるころには夜も暮れていた。


「食事は宿の食堂でいいな」


 とイザークが聞くとティアとメアリーが顔を見合わせた。


「なんだ、行きたいところでもあるのかい?」


 とヴォルフが気軽にいう。


「はい、あります」


 ティアとメアリーが「ねっ!」というように笑いあう。


「どこだ」


 イザークが面倒くさそうにいう。


「市場で食べたいです」

「あそこに食堂など、ないぞ」


 何を言い出すのかと驚く。


「屋台へ行ってみたいんです」


 とティアがいう。実はティアはイザークが手紙を燃やし、プレゼントを取り上げて以来、彼とろくに口を利いてくれなかった。話しかけると硬い表情をし、礼儀正しくはあるがぎこちなく最低限の返事しかしない。街中の人ごみで警護にすこし神経を使うが、ここは折れることにした。



 市場は夜になっても賑わいを見せていた。店や屋台の明かりが行きかう人々を照らす。

 4人は屋台の前にあるテーブルを取った。ティアはお茶会でもなく、しかも街中の露店で食事をするのは初めてだった。


「ねえねえ、メアリー、ナイフもスプーンもないわ」

「やだな。ティア様それはフォークだけで食べるんですよ」


 といいながら、ソーセージにかじりつく。ティアは「まあ」と目を見開いて真似をする。

「おいしい」といってほほ笑む。

 ティアが野菜や肉をラップ状に包んだ食べ物にフォークを刺そうとすると


「ティア様、違います。それは、こうして手で食べます」


 メアリーが美味しそうに手づかみでかぶりつく。ティアも恐る恐る挑戦してみる。肉汁が染みて美味しい。思わず顔がほころんだ。まるでとても仲のよい姉妹のような微笑ましい光景だ。夜の市場の中にあって、屋台の温かみある光が、そんな彼女たちをてらす。


「こんなもので、ああも喜ぶとは」


 イザークは豆をフォークですくって口に運ぶ。尖塔に閉じこもっていたなどと嘘のようだ。もっとも今回の籠城は彼の強行突破のおかげで一日で済んだのだが・・・。

 隣に座るヴォルフは相当おなかが空いていたのか腹ごしらえに余念がない。


「まあ、籠の鳥でしたからね。外の世界が新鮮なんじゃないですか」


 というと今度は芋を口に放り込む。忙しい男である。


「なんにしても元気そうでよかったじゃないですか」


 と小声でイザークにいう。


「まあ、今はそう見えるがな」


 イザークの少し青みを帯びた黒い瞳が僅かに翳る。


「心配しすぎですよ。女性というのはか弱く見えても、存外心が丈夫にできているものです」


 ヴォルフは騎士団の副士団長の頃からモテる。浮いた噂もいくつかあった。それなりに経験もあるのだろう。


「余裕だな」


 苦りきった顔でイザークが呟く。


「やだなあ!殿方同士の内緒話は不気味ですよ」


 とメアリーの明るい声がわりこんだ。ティアは不思議そうな顔で二人を見ている。メアリーの遠慮会釈ない言葉に珍しくヴォルフの笑顔が微かにひきつり、イザークは苦笑した。



 トルクの街の夜は賑わいをみせながら、ゆっくりと更けていった。








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