囚われた心
ティアがメラニア修道院にきて半年が過ぎた。彼女は前回まで一度も生きることのできなった16歳の誕生日を迎えようとしていた。
温室のガラスを通して温かな日差しが、降り注ぐ。ティアは一心に剪定を行っていた。薬草の良し悪しがかかっている大切な作業だ。
「・・・ィア様?ティア様?ティア様っ!」
メアリーの何度目かの問いかけにティアは物思いから覚めた。気が付いたら心配顔のメアリーから肩を揺さぶられていた。最近こういうことがままある。
「あ、ごめんなさい。メアリー何かしら?」
ティアはサフィラスの店に行って以来、様子がおかしい。時折、塞ぎこむようになった。本人は取り繕っているつもりらしいが、ときおりアメジスト色のアーモンド形の大きな瞳に哀しみと猜疑の色が見える。せっかく開きかけていた彼女の心が、また少し閉じてしまったようだ。
「そうそう、ティア様に荷物が届いています」
メアリーはいつも明るい調子でいった。
「私に?どなたから?」
「イザーク様です」
「え?なんでしょう」
ティアがすこし嬉しそうな様子でいそいそと包みを受け取った。メアリーはその様子をみてほっとした。
「一緒に覗くのも無粋なので、邪魔者は消えます。ごゆっくり、堪能してくだいさませ」
「邪魔者?どうして」
ティアが首を傾げる。銀糸の髪がキラキラと光を帯びて揺れる。
「やだなあ。ティア様。殿方からのプレゼントを覗くなんて、そんな無粋な真似しませんよ」
と陽気に言いながらメアリーは去っていった。
「おかしなメアリー。イザーク様はきっと何かあって逃亡するときに役立つものを送って下さったのよ」
と残されたティアはひとり呟く。イザークと会ったのは2度で、最後に会った時から、三ヶ月がたつ。約束通り魔導の勉強はさせてもらっているが、あまりに訪ねてこない。忘れられてしまったのだろうかと思ってしまう。ティアは荷物をテーブルに置いた。
懐かしいカルディア、たとえひどい仕打ちを受けようとも祖国であることに変わりはない。そこからと届けられた荷物。すこし気持ちが浮き立った。
丁寧に包みを開けると中には手のひらサイズの小さな箱と封書が一枚。ティアはその箱に見覚えがあった。王家御用達の宝石商の物だった。そんな馬鹿な。ティアは違和感を覚えた。これがイザークからの物であるはずがない。彼女は震える手で封書を手にとった。上質な紙を使った封書には、なにも書かれていない。裏を返すとそこには楯にワイバーン、王家の紋章だった。
ペーパーナイフで開く。なかに手紙はなく、はらりと鮮やかな紫色の押し花が落ちた。慌てて、箱を開くと中には深い深いブルーの宝石があった。カーライルの瞳と同じブルー。
サフィラスから、王都でティアに施された教育内容の報告を受けたイザークは、メラニア修道院の院長室にいた。彼女の視野を広げるべく、しばらく修道院の外に連れ出そうと考えていたのだ。しかし、状況は思いのほか悪い方向へ進んでいた。
「ティアが、また尖塔に籠ってしまっただと?ヒルデガルド、どういう事だ。彼女はここの生活にそれなりに馴染んでいたのはなかったかのか?きっかけは何だ」
怒りを抑えた低い声でいう。ここの修道院はティアにとても良くしてくれていた。それはわかっている。ヒルデガルドを責めるは筋違いだ。
「その様に申されましても、イザーク様からの贈り物が原因としか・・・」
ヒルデガルドのその言葉にイザークが眦を上げる。
「贈り物だと?私は知らない。その様な不用意な真似はしない」
イザークははっとした。
「その贈り物は今どこにある?」
「ティア様が尖塔にもっていかれました。中味は存じません」
イザークは尖塔に向かって走った。廊下には月明かりがさし、まだ起きていた幾人かのシスターたちが驚き道をあける。
らせんを描く階段を駆け上がる。小部屋前には悲壮な様子でサフィラスが立っていた。
「イザーク様。申し訳ありません。私がついていながら」
「お前の責任ではないだろう」
そういうとイザークは頑丈なドアを叩いた。
「ティア、開けろ!」
叩けど反応がない。
「イザーク様。彼女はおそらく心に深い傷を負っています。ここはじっくり説得して、彼女が扉を開くのを待ちましょう」
サフィラスがイザークに取りすがる。
「ぬるいな。サフィラス。そんなもの待っていたら、彼女が餓死するだろう」
そういうと、イザークは躊躇なく、ぶ厚い扉をけ破った。
ティアは今夢うつつを行き来する半覚醒の状態だった。
まだすこし幼さの残る顔。彼が紫色の小さな花が集まった可憐な花束を差し出す。
「そなたの美しい紫色の瞳にはかなわぬが、この花を」
それは紫一色で花束にしては地味だったが、ティアはなによりも大好きな人から初めての花束の贈り物が嬉しかった。
「その花の名はスターチス。そなたに変わらぬ愛を誓おう」
ティアの頭の中でカーライルのその言葉がリフレインする。




