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あなたのことは愛していますが、今回は辞退しようかと思います  作者: 別所 燈
第一章 逃避行 ~エスケープ~

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ご令嬢と捻じ曲げられた史実

「わあ、このアミュレット素敵」


 とメアリーが声をあげる。


「これも綺麗だわ。アクセサリーみたい」


 今、ティアとメアリーが見ていているのはサフィラスの店に置かれているアミュレットだ。こぢんまりとした店舗は薬を主に数点のアミュレットや魔導具が置かれている。店主の趣味か細工が凝っている。アクセサリーとしても申し分ない。

 当のサフィラスはルチアやノーラといっしょに奧の工房にいる。何やら魔道具の相談らしい。二人は荷台に農具を積んできていた。強化魔法をかけてもらった上で更なる改造がしたいらしい。


 すると店に老夫婦がやって来た。


「いらっしゃいませ!」


 メアリーは元気にいう。ティアはこんな時どうしたら良いのかわからなくてまごまごしてしまう。


「ティア様。サフィラス先生呼んできますね」


 といそいそと工房へ向かってしまう。まだ、店は開店していないはずなのに客がきてしまった。ティアは慌ててフードを目深にかぶった。


「おやおや、上の修道院の娘さんかい?」

 夫の方が声をかけてきた。


「はい」


 ティアはドキドキしながら返事をした。


「あんたもそれを買うのかい?」


 今度は妻の方が声をかけてきた。


「いえ、あの、きれいだなと思ってみていただけで」


 ティアは少し人見知りがあるようでもじもじしてしまう。公爵令嬢という仮面をかぶっているときはこんな事はなかった。いつも令嬢らしく家名に泥を塗らないように堂々としていた。


「それは御利益あるの?」


 のんびりした口調が少し真剣みを増した。


「これですか?」


 とティアはアミュレットをかざす。魔力が込められている。それほど強い攻撃でなければ、ほんの少しは防げるかもしれない。効果の高い魔道具を作るにはそれなりに金がかかる。サフィラスの店にあるものは皆、手間をかけず安価な材料で作ったものだ。ティアは何と答えればいいのかわらず、「うーん」とうなってしまった。


 すると奥からサフィラスがでてきた。


「気休め程度ですよ」


 老夫婦にあっさり本当のことを言っている。


「そうかい、でももっていれば、少しはあの子も心強いよね」

「そうだな」

「ああ、ご子息は今南方にいるのでしたね」


 夫婦とサフィラスが話し始めたのでティアはほっとして工房に引っ込もうとした。


「まったくカルディアにも困ったもんだね。本当にタチが悪いよ、あの国は」


 ティアはその言葉にピタリと足が止まった。南方、カルディア、何の話だろうか?


「ご子息は今リモージュでしたね」

「ええ、そうなのよ。あそこも昔は風光明媚な素敵なところだったのに今ではいくつか要塞が築かれているそうよ。先週もカルディア兵と小競り合いがあったらしいの。三月ほど前には死者もでたって聞いてるわ。」

「それは心配ですね」


 サフィラスが気づかわしげに相槌を打つ。


「本当にあの国はもめ事が好きで困ったものだ」


 結局、客はサフィラスと長話をして、薬とアミュレットを買って帰っていた。

 店の隅に立っているティアに声をかける。


「すみませんね。客の相手をさせてしまって」


 ティアが返事をしない。いつも礼儀正しい彼女らしくない。気分でも悪いのだろうか。怪訝な様子でティアに近づく。


「先生、カルディアが悪いって、本当ですか?リモージュはカルディアの領地ではないんですか?」


 ティアの声が震えている。顔色も悪くなっている。


「どうしたんですか。随分、具合が悪いようですが」


 途中、工房にいるメアリー達に声をかけ、「とりあえず奥へ」といってサフィラスはティアを居間へ連れて行った。


 彼はお湯を沸かし、ティアが落ち着くようにハーブティを入れた。


「顔が真っ青ですよ。さあ、これを飲んで少し落ち着きなさい」


 カップをさしだした。ティアはカップを両手で包むように持ち、俯いている。サフィラスは彼女が話し出すのを静かにまった。


「すみません。ご心配をおかけして」


 ティアがかすれた声をだす。


「でも、私が習ったことと違うのです」


 とティアは語りだした。彼女が話したのは捻じ曲げられた歴史だった。リモージュはカルディアの土地でヨークスが不法占拠していると。いくつかの史実について質問してみると、やはり同様の間違いが見受けられた。つまり、自国以外は悪なのだ。彼女はそういう教育を受けてきた。

 サフィラスはカルディアに留学していたが、そのような話は聞いたことがない。かの国の人々は概ね歴史を正しく理解していた。だとしたら・・・。


「どこで、そのことを学んだのですか?」

「え?」


 ティアが虚を突かれたような顔をした。しかし、正直に話してよいのか逡巡した。サフィラスがどこまでティアの事情を知っているのかわからない。妃教育の話をするわけにはいかない。


「いいんですよ。話したくなければ。無理しないで」


 といってサフィラスはティアを安心させるように優しく微笑んだ。彼女を安心させるように軽く手を握った。


 ティアは魔導学院を去った後、何者かの意図で悪意に満ちた教育を受けさせられた。この事は早急にイザークとヒルデガルドに知らせなくてはならない。


 今はヨークス国で生きる彼女にとって、誤った認識は危険だ。しかし、修道院は世間から隔絶された世界だ。比較的自由なメラニア修道院内もそれは同じだ。修道士をやっているとどうしても世事に疎くなるし、心静かに暮らしている彼女達は政治的な話はしないだろう。だから、今まで彼女の誤認に誰も気付けなかった。それが自分であって良かったとサフィラスは思った。ティアには正しいことを学ぶ機会が必要だ。



 サフィラスはカルディアの魔導学院に留学していたことがある。彼はそのころ入学してきたティアを覚えていた。大変な美少女で目立っていた。そして驚くほど勉強ができた。学院の図書館で一心不乱に勉強していたのを覚えている。もっとも彼女は上級生のサフィラスのことは知らない。イザークのこともしかりだ。彼は忙しくあまり学院にはこられなかったが、彼さえいなければサフィラスが一番優秀だった。少し苦くて懐かしい思い出だ。

 そういえば第二王子も同じ学年にいたが、彼も公務といってはほとんど欠席していた。王族に成績をつけるのは不敬にあたるとされていたので、彼の実力のほどはわからない。


 サフィラスはティアの事情をすべて知っているわけではないが、その境遇には怒りを覚えた。最初は、少しの同情だった。しかし、今は・・・。

 あの国の為政者はどこまで人の人生を愚弄するのだろう。翻弄されるティアが不憫でならなかった。おそらく彼女は、与えられた責任を必死で果たし、一生懸命生きてきただけなのに罪に問われたのだろう。

 

サフィラスは彼女が落ち着いてきたのを見計らって言った。


「政治的な話をしてはいけません。国家間の問題についてくれぐれも議論することがないように」


 と釘をさした。ティアは今にも泣きそうな顔で頷いた。彼女はいまどれほどの衝撃をうけているのだろう。混乱しているに違いない。


 サフィラスはこの先、ティアの人生が平穏であることを祈らずにはいられなかった。



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