届かぬ思い
ティアは夢を見た。もうずいぶん昔の夢だ。
ある麗らかな日に王宮の非公式なお茶会に招かれた。初めての王宮で緊張したが、まだ7歳の子供。回廊越しにみえる見事な庭園や初めてみる珍しい植物に目を奪われてしまった。
気が付くと庭園に一人でいた。ティアはそのころから賢い子供ではあったが、好奇心旺盛で夢中になると周りが見えなくなるところがあった。お父様やお母様にどんなお叱りを受けるかと焦った。庭園のだいぶ中まで入り込んでいたので、なかなか抜け出すことができなかった。
やっとの思いで回廊にでると、そこは、さっきとは違う見覚えのない場所だった。ティアは途方に暮れて泣き出しそうになった。しかし、泣くと厳しく怒られる。こぼれそうな涙を必死にこらえた。
「ねえ、君、どうしたの?」
振り向くとティアより2つ3つ上くらいのきれいな男の子が佇んでいた。黄金のような金髪に深いブルーの瞳。こんなきれいな人は初めてみたと思った。しばらく彼に見とれてしまったティアは早く挨拶しなければと焦った。そこで家で練習したとおり、淑女の礼をとり名乗る。
「上手だね」
といって男の子はとても優しそうに目を細めた。しかし、彼は名乗らなかった。ティアは不思議に思った。普通名乗ったら相手も名乗り返してくると教わっていたからだ。
「もしかして、迷子」
男の子は悪戯っぽく笑った。ティアはこっくりと頷く。そして無意識に縋るよう視線を送っていた。
「お茶会の会場へ行きたいのだろう?僕が案内してあげる」
そういって彼はティアの手をひいて歩き出した。
「でも、随分遅刻になっちゃうね」
何気ない彼のその言葉に、ティアは顔を青くした。お父様とお母様に怒られる。また、打たれる。そして、あの暗い部屋に閉じ込められてしまうかもしれない。ティアは恐怖で震えだした。
「大丈夫、近道使うから」
ティアを安心させるようにそう言うと、彼は廊下の突き当りにある壁のレリーフに手を当てた。レリーフが淡く光ると壁に見えていたものがガラガラと音を立てて開く。その先には地下へ続く階段が続いていた。ティアはびっくりした。
「これは何?ダンジョン?私、ご本で 見たことあるわ!」
いままで震えていたティアのアメジスト色の瞳が好奇心に輝く。その言葉に男の子がくすりと笑う。
「ダンジョン?面白いこというね。まあ、そんなものかな。探検してみる?」
そうして二人は手に手を取り合って、地下の迷宮に入っていった。彼は長く曲がりくねった迷路を迷いなく歩いた。そこはじめじめしていて暗く。かび臭い。通路は気味の悪い緑色の光にうっすらと照らされていた。魔導の力による光だ。ティアは最初怖いと思った。だが、男の子が強く手を握り直してくれたのでほっとした。安心したせいか、好奇心がまた頭をもたげ、きょろきょろしはじめた。
「あまり、きょろきょろしないほうがいいよ。よくないものも目にはいってしまうから」
穏やかだが有無を言わさぬ声。でも不安になることはなかった。彼といると不思議な安心感があった。
「ほら、着いたよ」
階段を上った先の扉の向こうには先ほどとは違う色とりどりのバラが咲き誇る庭園が広がっていた。
「うわあ、すごい!」
男の子はティアの反応に満足そうに笑う。
「君のこと。ティアって呼んでいい?」
「うん」
ティアはすっかり男の子になついて、侯爵令嬢らしからぬ子供らしい返事をした。
しかし、そこでティアの足がぴたりと止まる。
「どうしたの?」
「どうしよう。私、遅れてしまったわ」
ティアは逃げ出したい気持ちになったが、それは叶わぬことだとわかっていた。
「ティア、心配いらないよ。大丈夫。ここに座ってゆっくり100まで数えてからでておいで」
そういって彼は美しい顔をほころばせ、かけて行った。
ティアの遅刻は不問にふされた。父も母も王妃様も彼女を笑顔で迎えてくれた。そして、あの少年が微笑んでいた。第二王子カーライル殿下。
どうして、私はこの大切な思い出を、今まで忘れていたのだろう?
恋と呼ぶには淡すぎる。
ドミトリーの一室で、ひとり目覚めたティアは泣いていた。
届かぬ思い。叶わぬ願い。
ただ、ただ、苦しかった。
はやく夜が明ければいいのに・・・。




