ご令嬢と魔導のお勉強
メラニア修道院の広い敷地には、今は使われていない、朽ちかけた古い礼拝堂がある。魔導の授業はここでひっそりと行われている。何故なら、メアリーの火魔実習がうるさいからだ。最初は本館にある空き部屋でやっていたのだがやむなく移動した。
ティアは週に三回あるこの授業が楽しみだった。サフィラスは魔導のほかにも薬学にも詳しくどんな質問をしてもいつも的確な答えが返ってきた。そして補足として、参考図書を挙げてくれる。ティアはいつも修道院のお勤めが終わった後、大図書館で勉強や読書に明け暮れていた。
ときどきメアリーは付き合ってくれるけれど、彼女はだいたいティアの横で気持ちよさそうに居眠りをしているので、そっとしておいた。ついうっかり夜更けまでいると、ルチアに出くわすことがある。彼女は昼間のポーション作りのほかに自分の時間を魔道具作りの研究にあてている。
とりとめもないことを話した後、「ティアは体力がないんだから早く寝なさい」とドミトリーまでメアリーと送ってくれる。そしてどこからともなくノーラが現れて、ちょっと嫌がるメアリーをルチアとともに食堂にひっぱっていく。
「ティアも、もうちょっと大人になったら、まぜてやるよ」
とノーラがニカッと笑う。修道院内の何かのサークルだろうか?ちょっとわくわくする。まあ、メアリーはとても素晴らしい人だから、どこへ行っても人気者で引っ張りだこなのね。ティアは納得して部屋に入る。
実家でも王宮で物心ついた時から、子ども扱いなどされたことなかったのに不思議なものだ。それが妙に心地良い。
古いステンドグラスを通して光が色とりどりに美しく色づく。ここは朽ちかけた古い礼拝堂。今日の魔導の授業が終わろうとしていた。
「何か質問はありますか?」
サフィラスが問うとティアがもじもじしだした。質問があるときは遠慮などしないはずなのに珍しい反応である。
「どうかしましたか?」
「いえ、あの、授業とは関係ないことなんですが・・・」
彼女を指導し始めてひと月がたつがこのようなことを言うのは初めてだ。プライベートな質問や話は今まで一切なかった。
ティアはとても賢い少女で習ったことはスポンジのように吸収し、応用力もある。魔導学院を途中でやめてしまった事はつくづく惜しい。きっと彼女なら優秀な、いや天才的な宮廷魔導士になれるだろう。
「どうぞ。こたえられる範囲なら」
といってサフィラスがティアを安心させるように微笑む。するとティアがおずおずと話し出す。
「先生は、村で薬やアミュレットを売るお店屋さんをやっていると聞きました。あの、それで、どんなものなのかと見学したいと思いまして」
サフィラスはティアの言葉に目を見張った。ティアがもと貴族の令嬢だったということは聞いている。なぜ、そのような育ちの彼女がつまらない市井の生活に興味を持つのか不思議だった。
サフィラスが言葉に詰まってしまったようなのでティアは失礼なことをいってしまったのかと焦った。
「済みません、ぶしつけなこと言いました。お仕事の邪魔ですよね」
ティアが少ししょんぼりとする。
「いえいえ、僕の方は別に構わないですよ」
ティアが謝罪すると彼はいつもの柔らかい笑顔でいった。彼女は目に見えてほっとした。
「ただ、そうなるとヒルデガルド様に話を通さなくてはなりませんね」
礼拝堂の古びた窓から、長閑な景色を見ながらサフィラスが少し憂鬱そうに呟いた。
「それで、先生はティア様を修道院の外に連れ出したいと?」
院長室で彼はマイアーナに入れてもらったお茶を飲んでいる。ここで出されるお茶は最高級品だ。王都を思い出す。
「はい」
サフィラスは短く答える。相手はヒルデガルドだ。下手にしゃべってあげ足を取られたくない。彼女が話しだすのを待つことにした。
「で、あなたはそれがティア様の魔導の授業にどのように必要あると?」
どうあってもこちらに話をさせるつもりだ。
「はい、魔導はもろ刃の剣です。扱う者によっては善になることも悪になることもあります。そのためには市井の生活も知り、広い視野を身に着けることも必要かと」
マイアーナは沈黙を守り、ヒルデガルドは茶をすすり彼の言葉を少し思案する。
「そうね。イザーク様から、ティア様の外出は原則禁止されてるけど。マイアーナ、どう思う」
ちらりと斜め横のソファーに座るマイアーナに目を向ける。
「私は、よろしいかと思います。ティアは少し視野狭窄に陥っているように見えます」
その一言でティアの課外授業はきまった。
「では、僕はこれで」と用が済んだとばかりに席を立つサフィラスをヒルデガルドが呼び止めた。
「先生、ティアを人目にさらさないように。ということは承知していますよね?」
「はい。心得ています」
「なら、完璧に守ってくれるってことね?」
サフィラスは優秀な魔導士なので、それなりに自負がある。この言葉に少しカチンときた。
「ええ、そうですね。相手が僕より強くなければ」
言外に自分より強い奴はそうそういるわけがないだろうとにおわせる。
「わかりました。しかし、男女二人の外出というのはどうもよろしくないので、メアリーをお供につけるわね」
といって嫣然と微笑む。
「それは、僕の警護対象が二人に増えるということですね?なにか特別な手当でもいただけるのでしょうか?」
サフィラスも負けていない。にっこり笑って言葉を返す。笑顔でにらみあう二人を横目にみて「なんと器用なことを」マイアーナが呆れたようにつぶやく。
「ま・さ・か!とはおもうけど、美しくてかわいらしいティア様に下心などありませんよねえ」
「ええ、全くありませんので、ご安心を!」
部屋の温度が軽く5度は下がったようだ。マイアーナは「私、見回りにいってきますわ」と言って、ムキになって子供のような言い合いを始めた二人を残し、すっかり寒くなった院長室を後にした。




