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ご令嬢と周辺事情

 メアリーは今日、食事当番だった。おしゃべりな厨房係のアグネスと一緒にジャガイモを剥いている。


「ねえねえ、知ってる?今日、すっごく素敵な殿方を見かけたの」


と話を振ってくる。


「素敵な殿方?村の方それともお客様?」


興味はないが聞いてほしそうなので、仕方なく先を促す。


「よく、わからないけど。村の男ではないのは確かね。何だかこう品があるっていうか。きれいな金髪でね。笑顔がもう、甘い感じで素敵なのよぉ!」


 アグネスが「きゃっきゃ」いいながら、目を輝かす。


「ふーん」


 メアリーは気がない返事をした。アグネスの話題はいつも男性のことだ。何が面白いのだろう?とメアリーは思う。いつも出入り業者の若者や鍛冶屋のマッチョ職人の話ばかりだ。きっとアグネスは男性問題を起こしてこの修道院に送られたのだろとメアリーは独自に推測している。

 その時、銀糸の髪を持つ美しい少女ティアが、厨房にひょっこり顔を出した。


「メアリーはこちらにいますか?」

「ティア様」


 アグネスの話にあきあきしていたメアリーは大好きなティアをみて思わず頬がゆるんだ。


「ヒルデガルド様がお呼びよ」

「あら、何かしら?」


 メアリーはいそいそと厨房から出た。


 ティアとともに応接室に入ると、そこにはヒルデガルドと魔導士風の若い男がいた。白を基調としたローブ姿でとても美しい顔をしている。アグネスがいっていたのはきっと彼のことだろう。


「メアリー、こちらが魔導の先生よ。あなたもティアと一緒に授業を受けるといいわ」

「はい」

「サフィラスと言います」


 といって魔導の先生は、にっこりと笑った。メアリーは挨拶も忘れて呆けてしまった。イケメンの笑顔の破壊力はすごい。これがアグネスの言っていた人ね、とメアリーは合点がいった。

 しかし、メアリーは体を動かしたり、家事をしたりすることは好きだが、勉強はあまり好きではない。それとこの間、ルチアやノーラに言われた自警団のことを思い出した。あの時は拒絶反応が出てしまったけれど、今はティアを守れるのなら悪くないのではと考え始めていた。


 挨拶も話もサクサク済み。次の日から早速、授業を受けることとなった。ティアは週3回、メアリーは週1回、指導を受けることになった。ティアに座学も一緒に受けようと勧められたが、「実践だけで」と珍しくティアの誘いを断った。勉強は得意ではないのだ。



 ティアは修道院の奥まったところにある空き部屋で座学を受けた。修道院内では、サフィラスはティアの親戚で都会での生活に疲れ田舎町のペトラルカ村に移り住んできたという設定になっている。本当はティアに魔導の指導をしに来ていると知っているのは自警団とメアリー、ヒルデガルドにシスターマイアーナのみだ。それはイザークの意向だ。


 ヒルデガルドは今、院長室でシスターマイアーナと一服している。彼女の一日は忙しい。山のような書類仕事をまず片付け、それから村や町へ出て外交しなければならない。修道院の見回りもこなすが、そちらの方は彼女の腹心である、シスターマイアーナにほとんど任せている。


「本当によかったんでしょうかね。イザーク様に手をお貸しして。いくら修道院の利益の為とはいえ」


 と言いながら、マイアーナが二人分のティーカップにポットからお茶を注ぐ。


「あら、やだ。人聞きの悪いこといわないでよ。それでは私が私腹を肥やしているみたいじゃない」


 マイアーナはもちろん、彼女がそのような人ではないことを知っている。儲けたお金は修道院や修道女に還元したり、事業に投資したりしている。さらにペトラルカ村だけではなく貧しい子供達も支援している。


「話をそらさないでくださいよ。隣国の王族や貴族のいざこざにこの修道院が巻き込まれなければいいのですが・・・。それに最近、隣国との国境で何だかきな臭いうわさを聞きます。まったくカルディアの人間はどうして戦が好きなのでしょう。西側の国とも国境付近でなにやら、もめ事を抱えているようではありませんか」


 ティアが預けられた細かな経緯を知っているのはヒルデガルドだけである。


「まあ、ヨークスとカルディアは昔っから仲は良くはないわよね。それにカルディアってちょっとやんちゃな国よね」


 といって「ふふっ」と笑う。


「やんちゃって 何ですか」というマイアーナのツッコミを笑顔で流しつつ、ヒルデガルドはうまそうにお茶をすする。お茶はヒルデガルドの数少ない贅沢なのだ。


 数年前から、両国は南側の肥沃な土地を奪い合う小競り合いを繰り返している。今はヨークスのものであるが100年ほど前までは、カルディアの領土だった。

 ついこの間も第2皇子のカーライル殿下が和平と称した領土交渉をしにきたばかりだ。ヨークス王国はいま穏健派が支配しているが。隣のカルディアは、武力派と穏健派でもめているようだ。さらに王族と貴族の間でいざこざが起きていると漏れ聞いている。中道派のカーライルは国では凡庸であるが、外交でその手腕を発揮すると言われている。あの国は一枚岩ではないようだ。戦争にならないとよいのだがとヒルデガルドは思案している。

 もちろん、その情報は外部に漏れることはない。ヒルデガルドの独自情報網だ。金と悪くない条件を提示されて受けた話だ。少しはティアの境遇も気の毒におもったことは確かだがそれだけが理由ではない。唯一の誤算は清濁併せのみ合理的で損得勘定で動くヒルデガルドがティアに情を移してしまったことだ。まだ彼女にその自覚はない。


「それと喫緊の問題では、サフィラス様を見て浮足立っている子たちがいます。まったく、神に仕える身でありながら」


 マイアーナが頭を抱えている。


「そうね、確かにサフィラス様は、美しすぎるわよね、それに紳士だし。」


 しばらく思案すると


「いいわ。それは私が対処しておく。マイアーナ、午後の見回り宜しくね」


 その言葉とも二人の休息は終わりを告げた。


「ああ、そうそう、アグネスは今どこにいるの?」


 院長室をでようとしているマイアーナに声をかける。


「厨房ですが、呼んできましょうか?」

「いいわ、こちらから出向くから」




 ティアとメアリーは混雑する食堂で、今日も仲良くとなり同士で夕餉をとった、


「あら、何だか今日のスープ、いつもよりおいしい気がしますわ」


 ティアが嬉しそうにスプーンを口に運ぶ。


「ふふ、何を隠そう今日の食事当番は私なのです」


 メアリーがドヤ顔で胸をはる。


「いいわね、メアリーは料理が得意で、私、あなたに習おうかしら」


 お茶もろくに入れられない彼女に料理などとんでもないと思った。信じられないことに彼女はお茶っ葉を入れれば入れる程お茶は美味しくなるものだと信じ込んでいたのだ。ポーションの調合は難なくできるのに不思議な少女だ。


「めっそうもございません!ティア様が家事など。堂々といつでも誰かにやってもらってください。もちろん、私がいるときは任せてください」


 そう言い切るメアリーをティアはジト目でみた。「はあ~、それでは私、いつまでも自立できないのだけど」と切なげにため息をつく。彼女が一人で何かをやろうとすると、どこからともなくメアリーが現れて世話を焼いてしまうのだ。それもそのはず、メアリーにとってティアは、仕えるべき令嬢であると同時にちょっと頼りないかわいい妹なのだ。

 目を細めてかわいいティアが一生懸命食べている姿をみていると、何やら後ろが騒がしくなってきた。


「メアリ~。ちょっと聞いてよ。私の話~」


 誰かと思えば、厨房係のアグネスだった。食事の途中にしがみ付いてくる。そのうえティアとの間に割り込んでくる。


「ちょっとなんなのよ」


 ティアとの楽しい食事を邪魔されちょっと不機嫌なメアリーだ。


「うっううう、めあり~ぃ」


 そういうと泣きついてくる。


「鬱陶しいわねえ。私まだ食事中なのよ」


 と邪険にアグネスを引きはがしにかかる。おおかた、また男の話だろう。


「まあまあ、メアリー、何か込み入った事情がおありなのよ。お話だけでも聞いてみましょうよ」


 ティアがとりなす。


「どうせ、また修道院に出入りしている殿方のお話でしょう。今日はどなたの話です」


 とメアリーがおざなりにいうと、アグネスはガバッと身を起こしティアをみた。


「ティア、サフィラス様はあなたの親戚と聞いたわ」

「まあ、そうですが」


 そういえば そんな設定になっていたなとティアは思い出した。

 しかし、ティアは気づかない。その名をアグネスが口にした瞬間、彼女たちが食堂中の注目の的になったことに。修道院にティアを訪ねてくるサフィラスは瞬く間に修道女達のあこがれの的となっていたのだ。


「まさか。まさか、あんなお美しい方が・・・」


 といってよよと崩れ落ちる。


「はい、どうかしましたか?」


 とティアが真剣な顔で話の先を促す。隣のメアリーはとても面倒くさそうだ。


「同性しか愛せないなんて!あんまりだわ~」


「「「はあ?」」」」


 その爆弾発言に周りに座っていた修道女たちが、叫ぶ。みな聞き耳をたてていたらしい。その後、食堂中が騒然とした。


「あらあら、どうしたのかしら」とティアはおっとりと構えている。矢継ぎ早にシスターたちに質問をされたが、「遠縁の親戚ですので、よくわかりませんわ」とこたえるしかない。ティアからは何も聞き出せないというか、彼女が何も知らないと分かったシスターたちは、噂に興じる者、悲しむ者、それをたしなめる者とそれぞれの反応をしめした。


 メアリーはそんなシスターたちを横目に

「馬鹿らしい。そんなことより、このあとお散歩でもしませんか。ノーラにきいたのだけど、この時期、夜にしか咲かない美しい花が農園のそばに咲いているそうですよ」


 とティアを誘った。


「それは素敵ね」などといいなら、騒動の原因の一端を担った二人は足取りも軽く食堂を後にした。



 後日、サフィラスが珍しく気色ばんで院長室に乗り込んだ。


「ヒルデガルド様、修道院を中心に村でおかしな噂が広まっているのです。私もティア様に魔導を指導する以外は村の住民として商売をしているわけでして、非常に差し障りがあるのですが」


 といつもの爽やかな笑顔ではなく少し黒い笑顔でヒルデガルドに抗議した。


「まああ!それはホントウですの?そんなとんでもない噂が?無責任な輩がいるものですわね。ほーほほほっ」


 とわざとらしく高笑いでごまかす。どうやら彼女はこの噂を回収する気はなさそうだ。イザークから一癖もふた癖もある人物と聞いていたが、まさかこれほどとはとサフィラスは苦笑するしかなかった。村ですでに数人の男に言い寄られ、困惑していた。若き魔導士サフィラスは早く噂が終息することを祈ったのであった。


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