ご令嬢、お茶を入れる
大図書館の事件から、はや10日が過ぎた。ティアは今薬草園のそばにある井戸で水を汲み、のどを潤している。今日もルチアから護身術の訓練を受けていたのだ。ルチアは疲れも見せず、いましがた元気に大図書館にある工房へ帰っていった。「いやあ、まだまだ、暴れたりないね~」などと言いながら全力疾走で。なぜ、全力疾走?ティアも最近体力をつけるために走っているのだが、なかなかルチアのようにはいかない。
今日の担当は植物園内ガラス張りの温室だ。そこには希少な薬草が栽培されているので、温室当番の日は楽しみだ。ティアが見たこともない植物も多々あり仕事の合間に図書館でその名前や薬効、植生を調べるのが楽しみだ。訓練で疲れているはずの体が軽くなる。
ガラスの扉にカチャリと手をかける。温室の中は快適な温かさが保たれている。ティアは早速剪定鋏と植物にあげるガラス瓶に入った養分を持った。ちなみにこの温室にはティールームがあり、そこにも植物図鑑が置いてある。ティアは仕事が終わったあと、ついつい読みふけってしまう。前回の当番の時は、夕食に訪れない彼女を心配したメアリーとルチアが探しに来た。ニコニコしながら、植物園の奥へ入っていくとティールームに人影が見えた。
「イザーク様!」
「変わりないようだな」
彼と会うのは2度目だ。今日も旅装であるが黒ずくめではなく、暗い色のマントに没個性的なシャツとトラウザーズを身に着けている。しかし、その整った顔立ちと優雅な所作は貴族そのもので、どことなく品を感じさせる。ただし、その美貌とやや横柄な口調のせいか冷たい印象がある。
「あの、お茶の用意をしますわね」
この施設に見学に訪れる者もいるので、茶道具は一式揃っている。お茶の入れ方はいつもメアリーがやっているのを見ているのでばっちりだ。包丁で指を切って以来、何故か茶器類も触らせてもらえないが今日は初挑戦してみることにした。新しいことをやってみるのは楽しい。茶葉の入った缶にさじを入れる。ウキウキしながらお茶を入れる。あら、こんな色だったかしら?メアリーが入れたときはもっとルビー色だったような気がする?などと疑問におもいつつも客に茶を出す。
「どうぞ」
初めて入れたお茶を飲んだ時の相手の反応がしりたかった。ティアはにこにことイザークを見る。優雅な仕草でカップとソーサーを持つ。しかし、一口飲んだ瞬間、彼が固まった。ティアは不安になった。
「お口に合いませんでしたか?」
ティアが首を傾げる。
「いや、そんなことはない」
そこで彼はコホンと咳払いをする。
「そんなことより、そなたは最近、この修道院から外にでたのか?」
ティアはその問いかけに素直に答える。
「はい、先日、薬草の買い付けにトルクの街へ行きました」
「本当に、薬草の買い付けだけか?」
「はい。そうですが、なぜそのようなことを?」
不思議そうに首を傾げる。
「ここへ来る前にサンローラを通ったのだが、そこで妙な噂をきいた。ペトラルカ村のメラニア修道院には聖女がいるという」
「サンローラですか!港町の?いいですね。私海を見たことがないのです。一度は行ってみたいとおもっていました。とても美しい街並みなのですよね。美味しい魚介などありましたか?」
ティアが目を輝かせて興味津々で食いついてくる。
「カルディアにも海はあるだろう。行ったことがないのか?」
「はい、残念ながら、元生家の領地は森の中にありまして、小さな湖はあるのですが海からは遠くて」
「ああ、あそこはなかなか良いところだ。夏は涼しくてすごしやすい。たしかリンゴの産地だっ・・・」
そこで主題がずれていることに気づく。あまりにも彼女が楽しそうだったので、ついうっかり話にのってしまった。イザークはそんな自分にイラっとして、思わず舌打ちをした。その後すぐに気持ちを切り替え、何事もなかったように話し始める。
「実はな、サンローラでメラニアの修道院に聖女様がいるという噂が広まっている。身に覚えはないか?」
「まあ、この修道院には聖女様がいらっしゃるのですか?全く存じませんでしたわ」
とティアが目を丸くしていう。しなやかな指を細い顎にあて思案する顔になる。
「だとしたらヒルデガルド様ではないのですか。あの方は慈悲深くて、とてもお美しいです」
「ヒルデガルドの髪の色は何色だ?」
無表情にイザークが問う。
「金髪ですが。それが・・・何か?」
少し戸惑ったようにティアが問う。彼の言わんとしていることが全くわからない。
「目の色は?」
「緑がかったブラウンというところでしょうか?」
ますます何が言いたいのかわからない。
「噂の聖女は若い娘で銀糸の髪にアメジスト色の瞳を持つそうだ」
「まあ、それは奇遇ですね。私と一緒です」
そういって嬉しそうに笑う。
「・・・・」
いきなり黙りこんでしまったイザークにティアは慌てた。
「あの、私、なにかご気分を害されるようなことを言ってしまいましたか?」
イザークの顔を心配そうにうかがう。
「とぼけている、わけではないんだよな」
とすっかり呆れて、諦めたような声音でいった。
「あのイザーク様?」
彼女が首を傾げるとさらりと銀糸の髪が揺れ、やわらかい日差しをうけきらめく。それを目の端に捉えつつ口を開く。
「今更だが、銀糸の髪はめずらしい。カルディアでは高位貴族の家系に時折あらわれるだけだ。銀髪の修道女など、どう考えてもそなたしかいない、ケガをした子供を助けたりしなかったか?」
「はい、そういえばトルクで年端もいかない子供が馬車にひかれてしまって。あの町は少々治安が悪いようです。あら、でも私が行ったのはトルクの街でサンローラではありませんわ」
「本当にやったのは、それだけだな」
ティアは頷いた。イザークはひっそりとため息をつく。トルクの街での出来事が、サンローラの街ではかなり尾ひれがついてひろまっていた。何のためにこの修道院に匿ったのやら。自分の身を守る術をもたない無防備な元ご令嬢が心配だった。先ほどもヒルデガルドになぜ彼女を外に出したのかと抗議してきたところだ。
「それで、イザーク様はいつ頃こちらについたのですか?」
ティアは気まずい雰囲気に話題をかえるようと言葉を紡いだ。
「ああ、昨晩だ。大図書館にダンジョンができたと聞いてな」
ティアはダンジョンという言葉に反応し身を乗り出した。興奮で頬が朱に染まる。
「そうなんです。私が魔力解放したせいで、出現してしまったのですけど。すごいんです。あれ、移動するんですよ。いまは仮封印していますけど。中には何があるのでしょう。ああ、気になります」
そんな彼女からイザークは微妙に目をそらし、そっけなく答えた。
「ああ、それなら、大した物はなかったぞ。昨夜のうちに封印しておいた」
「え!」
それを聞いたティアは目に見えてがっくりしていた。
「はあ。そうなのですか。私も中にはいってみたかったです」
しょんぼりと肩を落とす。さっきまでの目の輝きが嘘のようだ。心なしか語尾に力がない。
「ダンジョンが、怖くはないのか?安全なものではないぞ」
「多少は、怖いです。はあ、でも、もう封印されてしまったのですね・・・。」
余りにもしょげ返るティアを前にイザークは落ち着かなげに身じろぎをした。
「いや、・・・その、なんだ。開いたままだと危険だと思って、昨夜ヴォルフたちと中を確認して封印した。本当に大したものはなかったぞ?まあ、時期がきたら、封印を解こうかと考えている。その時でいいか?」
ティアがぴょんと顔を上げる
「中へ入りたいのだろう?」
「はい、ぜひ!」
嬉し気にこくこくと頷いた。
「では、そろそろ私は行く。そなたは仕事が終わり次第、院長室を訪ねるように。魔導教師が来ている」
その言葉を聞いて期待に胸が高鳴った。イザークはティアの入れたお茶を一気に飲み干すと立ち上がった。のどが渇いていたのだろうか。
「そうだ。一つ言い忘れていたが、銀髪は珍しいのだから、今度外へ行くときは必ずフードを深くかぶるように。でないと人買いに売られるぞ」
そういえばヒルデガルドもそんなことを言っていた。ティアは前回の人生の末路を思い出し、銀髪が原因だったのかと妙に納得した。
「気を付けるのはそれだけではないがな。あまり簡単に人を信用するな。これからは、せいぜい自分の身を守れるように精進するんだな」
そういってマントを翻して背を向けた。彼は不思議な人だ。今日で会うのは二度目のはずなのにまるで前から知っているような気がして。だから聞きたくなった。
「イザーク様。私はイザーク様のことを信用していいのですよね」
彼が振り返る。
「私は、貴族だ。それでも信用するのか?利が無ければあっさりそなたを見捨てるかもしれない。縋るのと、信じることは違う。よく自分の頭で考えるんだな。嘘を覚えろ。そうすれば、おのずと嘘を言う人間もわかるようになる」
ティアを突き放すように、そう言うと彼は温室を去っていった。
呆然と見送ったあとテーブルにつき、ティアはすっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。
「うぐっ!」
あまりの苦さに令嬢らしからぬ声がでた。吐きそうになるのを淑女のプライドでどうにか耐えた。「このようなお茶をお客様に出してしまってどうしましょう」とおろおろしたり恥ずかしくなったりしたが、あとの祭りだった。しかし、彼は黙ってすべて飲み干してくれた。それを考えると自分も飲まなければ。ひと思いに飲み干した。帰ったら、さっそくお茶の入れ方をメアリーに教わろうとティアはかたく決心した。
それでも温室でひとり茶器を片付けていると、何故だか悔しくて切なくてぽつりと言葉がもれでた。
「私だって嘘くらいわかります。ただ愚かなだけです。まずいって言えばいいのに」
今度は、もっとはやくあなたの嘘に気付くから・・・。




