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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛栄養補給法
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3 雨の日に出会った人

 今年の梅雨はいつもより遅いと天気予報では言っていたのに。

 雨に降られてしまったのは、全く運がなかったのか幸運だったのか……そんな6月のある日、俺は苦手な奴に会ってしまった。


 ――B中学3年 嵯峨野 紅葉もみじ

 可愛らしい名前とは異なり、外見は神経質な腹黒眼鏡というあだ名がピッタリの男だ。可愛げがあるどころか、口を開けば毒を吐き、サッカーの試合では陰険な罠を仕掛けてくる。しかも、何故か集中的に攻撃される俺。どうやら嫌われているらしい。

 恩恵ギフトによる才能もなく、ただテクニックをストイックに磨き、研究を重ねるところがそっくりだと環は言うのだが、俺としては異議を申し立てたいと思っている。似たもの同士だなんて同じ枠で括らないで欲しい。


 ちなみに苗字が同じであるが、一つ下のマネージャー嵯峨野楓の実の兄でもある。毒舌なのは兄妹共通なんだな~と他人事のように見ていたあの頃はまだ平和だった。

「お前が魅上か!」

 般若のような顔で掴みかかられたときには、本当に肝が冷えた。どうやら俺に告白しようとした女がらみのトラブルだったと後で聞かされたが、結局その原因となった本人の名前は聞いていない。


 そんな陰険腹黒眼鏡の嵯峨野兄が……何故か環といた。レンタルショップの隅に設けられたセルフドリンクバーの椅子に座って、仲良さそうに話している。

「嵯峨野ちゃん……あ、楓ちゃんはすごく頑張ってくれてますよ。いつも助けてもらってます」

「あいつ無表情だから誤解されやすいんだけど……部活も楽しそうだし、良かった」

 ガラスに遮られていて話の内容は聞こえないが、ちょっと照れたように笑う嵯峨野兄の姿はちょっとしたカルチャーショックだった。お前にも般若以外の表情があったのか。


 インスタントの50円コーヒーを混ぜる嵯峨野兄。そして、そのカップにガムシロップを入れようとする環。一体何がどうなってそのシチュエーションになるのか俺には理解できない。ああああ、なんで2階席なんだよ。くそ、入口が遠い。そして、無駄に視力が良い自分が恨めしい。

 急いで店に入らねば。



◇◇◇



「シロップとミルクと両方入れても良い?」

「楓は甘党だから、2個入れるぐらいで丁度いい。ところで三輪さんは何か借りに?」

「んー、本当は午後からデートなんだけどね。午前中に散歩がてら近くを歩いていたら、途中で雨が降ってきちゃって。ここには緊急避難したってのが正解かな。嵯峨野君は?」

「僕は楓に頼まれてた書類を渡しに来ただけ。あ、学校関係のね」


 その頼みごとをした当の本人は、ルームメイトに返却を頼まれたDVDの延滞料金を精算中だったりする。時間がかかりそうだったのでインスタントコーヒーを飲みにドリンクコーナーへ来たら、妹の先輩である三輪環が座っていたというのが事の真相だった。

 彼女がガムシロップを入れたコーヒーは、嵯峨野楓のものである。


「なんだか嵯峨野君って遠くからしか見たことなかったからイメージと違ったなぁ」

「それは一体どういう意味?」

 もしかして、魅上に対する意地悪モードがデフォルトイメージなのだろうかという意味を含ませれば、彼女は少し考える振りをして、言葉を繋げた。


「悪い意味じゃないんだけど、思っていたよりイイ人だなって」

「悪人に見えてた?」

「いや、もっと合理主義者かなって思ってたから意外だった」

 書類なんて郵送すれば、手間と時間をかけずに事足りる。それをせず手渡しするということは、少なからず妹を心配し、様子を見に来たと考えられる。むしろそちらの方がメインといっても過言ではない。


「なんだかそれって誉められてるのか、けなされてるのか分からないな」

 妹離れできない兄みたいだと彼が苦笑すれば、彼女はふわりと笑った。

「優しい人は素敵だよ」

 好きな人を思い出しているのか、それは蕩けそうなほど甘く、柔らかい微笑だった。



◇◇◇



「環!」

 階段を一段飛ばしで駆けつけると、彼女はビックリしたようにこちらを向いて、嬉しそうに……本当に嬉しそうに笑った。

「びっくりした。もしかして迎えに来てくれたの?」

「傘2本あるから。行くぞ!」

 憮然としながら彼女の手を引っ張れば、横からのびてきた手がそれを留める。


「挨拶もなしか? 捻くれタレ目男のミカミさん?」

「オフの日に腹黒陰険眼鏡のサガノ兄と会った事実を頭の片隅にも置いておきたくないんでな」

「まさかこんなのが彼氏じゃないよね? 三輪さんとあろうお人が……」

「こんなのとはなんだ」

 また臨戦態勢になりそうな俺と嵯峨野兄の間に入り、彼女は胸を張って堂々と宣言した。


「魅上了は私の素敵な彼氏です!」

 あまりに清々しいから両者とも毒気を抜かれてしまう。

 二の句を継げずに立ち尽くしていたら、下から嵯峨野妹がやってきて怪訝な表情をした。



 それから傘がないという嵯峨野兄に環が傘を貸すと言い出し、俺が傘くらいレンタルショップで買えると止めに入り、じゃあ売っているのかと探す羽目になり、結局見つからなくて俺があいつに傘を貸すという事態となった。

 ちなみに嵯峨野妹は「走ればそんなに濡れないと思う」と無表情のまま提案していた。


「なんで嵯峨野兄なんかといたんだよ」

 帰り道、俺はすこぶるご機嫌斜めだった。

「雨宿りしていたら、たまたま会っちゃって」

 それに対して環はご機嫌の様子。どうやら、今度開催される地区選抜の情報を貰ったらしい。


 地区選抜とはその名の通り、各学校から優秀な選手を募って地区ごとの選抜チームを作り、行われる大会である。大会はまだ少し先になるが、その前にチームメンバーの座をかけて戦わなければならない。

 うちのサッカー部からは俺と醍醐と嵐山を含めた5名が選抜チーム候補生として選出されているが、部活に所属していないユースから選出されている候補生もいるため、実際はなかなかに厳しい戦いとなる。


 が、俺としてはそんな情報よりも環の方が大事なわけで、口がへの字に曲がってしまう。

「むう……。なんでデートの日に雨なんだよ」

 自分ではそんなに独占欲が強いほうではないと思っていたが、さすがに目の前で大好きな彼女が大嫌いな男と一緒にいる光景は堪えた。

 しかも、環の一瞬浮かべた笑顔。

 あれは俺だけが見ていい専売特許のような笑顔だったのに。


 すると彼女は困ったように笑って、傘の柄を握る俺の手を上から、そっと……握った。

「私としては、雨が降ってくれてよかったなぁと思うんだけどな」

 雨が降っているから今日は相合傘。

 ――ほら、こんなに近いじゃない。

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