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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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3 ホトトギスメロン side:三輪環

 林檎を食べた後、うとうと浅い眠りにつく。ふと幼稚園の頃に友達が言っていた言葉を思い出した。

 いつの頃だったか……確か、寒い冬の日だったような気がする。私はなんて答えた……?

「へー。でも……くんって、おれさまだからきっとくろうするよ。だっておかあさんも、おとうさんのかおがすきだってけっこんしたけど、あっちこっちで、うわきしてたいへんだって」


 そうだ。あの頃両親の仲は最悪だった。

 最悪というか、むしろ母親がノイローゼ気味だった。父に愛人ができてると思い込んでいたらしい。

 元々家にこもりきりの母はストレスを発散する場所がなくて、悩みを打ち明ける人もいなくて、だから随分私は父の悪口を聞いて育ってきた。

「だから、あたしかおは……くんで、せいかくはたまきちゃんがいい」

 あ、でも環ちゃんもすごくきれいだからすき。えへへ、とわらった彼女には悪気はなかったのだろう。


 ――あんた、顔はお父さんに似て整っているわね。憎たらしいくらいに。

 何度も何度も母は私の顔をなぞった。

 ――あんたも、次々その顔で誑かすようになるのかしら。

 ポロポロと泣きながら、それでも私に手を上げることができないのは、父を思い出すからだろう。

 私は極力女らしさとか、そういうものを横にのけてきた。柔道に打ち込んだのは体だけでなく精神も鍛えたかったため。あの人はああいう人だと割り切れなければ私も引きずり込まれてしまう。

 勉強も積極的にやってきた。本もたくさん読んだ。自分にできるだけスキルをつけておきたかった。家の中にこもっているのではなく、外に出られるためのスキルを。


 色々な本を読んだ。色々な人と話をした。

 世の中には数え切れない思考と、行動と、方法が溢れ、解答は一つに決まっていることなんて、めったにないことを思い知らされた。

 結局母は神経衰弱で亡くなった。

 元々身体の強い人ではなかったけれど、父がホッとしたように、ため息をついた姿が記憶に残っている。


 人を好きになるって……なんて大変なことなんだろう。

 ただ、

 ただ、

 それはひたすらに感じた。




 そんなある日、保健室から窓の外を覗いていると噂の魅上君がいた。

 そういえば、悪評の絶えない奴だよね。机に肘を付いて眺める。案外努力家だ。


 ぼーっとしていると保健の先生が入ってきた。

「三輪さん、気がついた? 魅上君」

「サッカー馬鹿ですね」

 少し笑うと彼女も苦笑しながら肯定した。

「もっと俺様だって聞いていたわりに、意外と真面目だなって」

 おまけに付け足した感想を聞いて大笑いされた。……何かおかしいこと言った?


「ん。三輪さんと似てるなぁって」

 どこが?

「見た目は近寄りがたいのに頑張り屋さんのところとか、実はすごく面倒見が良くて優しいところ。あ、あと意地っ張りのところね」

 この前サッカー部で怪我人が出たとき、あの子ったら自分も怪我しているくせに、自分の休憩時間を使ってチームメイトを運んできたのよ?

 俺のは軽いからコールドスプレーでもくれよ。

 ……って、ぶっちょ面で手を出すものだから笑いを抑えるのに大変だったんだから。


「へえ」

 話してみたいな。長い髪を揺らして微笑むと

「三輪さんとのツーショット……見てみたいわ」

 彼女は包帯と体温計を元の位置に戻しながらボキボキ肩を鳴らす。

「ちょっと肩が凝ったみたい」

「了解です」


 そのツーショットが実現したのはそれから間もなくのことだった。

 私は保健室で寝ていた。

「……格好悪りぃ……」

 そうしたら、いきなりそんな声が聞こえてきた。

 ああ、お客さんか……ぼーっとそんなことを考えながらカーテンを開けると、目の前には噂の人物。


 ――しかもちょっとどころではなく腰が引けているし。

 ずりずりとすり足で逃げるものだから思わず引き止めてしまう。彼は悲鳴にならない悲鳴をあげて唇とぎゅっとかみ締めた。

 このまま逃げられたら放っておいてひどいことになると思うのだけれど、それにしてもこの避け様は尋常じゃないなぁ。恋愛百戦錬磨とはどうしても思えない。


 面白い奴。少しワクワクした。




 それから自己紹介をして友達になった。

 話すたびに、少しずつみかみんのいいところを見つける。

 私の中で、

 面白い奴から、いい人に。

 いい人から、優しい人に。

 優しい人から、一緒にいて楽しい人に。

 一緒にいて楽しい人から、片思いの相手に変わった。


「三輪はいないのか? 好きな奴。その……誤解されたら困るんじゃねーの?」

 そう言われたとき、どれだけ「みかみんだよ」と言いたかった事だろう。けれども「友達でいてくれ」と言われた後には流石に言い出せなくて。

 ――違う。私もそういう関係が怖くて言い出せなかったのだろう。


 今更考えても仕方のないことが頭の中で反芻される。

 熱のせいかな。

 今度こそちゃんと寝なくちゃ。

 ……今度こそ忘れなくちゃ。




 浮上する意識を掴み、うっすら目を開けるとルームメイトがメロンを持っていた。

「あ、起きた? さっき魅上君がお見舞いにって持ってきてくれたよ、これ」

「みかみん……が?」

 少しだるさが取れた体を起こすと、彼女は背中に手を当てて助けてくれた。

「そうそう。大丈夫かって何回も聞くから、大丈夫って何回言ったことか。環起こそうか? って聞いたんだけど……もう夜だし、良く寝てるならいいって、これだけ置いていったの」


 そっ……か。少し気が抜ける。

「メロン、一緒に食べよ?」

 その代わり剥いてね!と笑うと彼女は「やった! 環だいちゅき」と大げさに抱きついて、それから台所に向かっていった。

 ――みかみん、来てくれたんだ。

 なんだか嬉しいような悲しいような切ないような気持ちでいっぱいになる。

 不器用ながらも優しい奴。


「あーーっ! 環、なんか書いてあるよぉ」

 台所から笑い声が聞こえて、何事かと振り向くと、メロンの表面に「さっさと 治してしまえ ほととぎす」と油性マジックでアヒル(?)のイラストが一緒に落書きがしてあった。

 ――あ、アヒルじゃなくてホトトギスか

 ルームメイトと2人で笑ってしまう。ダメだ、下手すぎる。


 本当に不器用ながらも優しい奴。


「生の魅上君を間近で見たけど、いい男だね」

 確かにそうだね。外見だけじゃなくて中身もいい男なんだよ。

 そう言うと「うん。あたしもファンクラブに入ろうかなって血迷いかけたよ」と彼女は笑った。え、ファンクラブって……何?

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