表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/80

失敗は出会いのもと


 大きな鐘の音が浄霊院家の正午を告げると同時に、風牙は畳の上にダイブした。


「づ、が、れ‟、だ……」


 顔を座布団に(うず)め、そのまま動かなくなった風牙を見た影斗は、バケツと雑巾を持って水道へ向かう。


(はあ……おれも疲れちまった)


 雑巾を絞り、水道の横にある竿に干す。これで午前の仕事は終了である。


 いつもは一人で仕事をしているのだ。単純に考えれば仕事量が減るはずなのだが。


(あんな絵に描いたようなこと普通起こるか)


 思い出せば、風牙に心底同情するしかない。


 トシミに味噌汁をぶっかけた風牙の運命は残酷なものだった。

 朝ご飯抜きを宣言され、その上罰として、屋敷のフローリングすべての雑巾がけを命じられた。もちろん、完璧な仕事(・・・・・)を求められる。汚れの1つも許されない。


 気を使い、疲れ果て、エネルギーが切れるのも当然だ。

 そんなことを考えていると、影斗の腹の虫が鳴る。

 影斗の昼食は用意されていないため、自分の部屋で済ませるのが日課だった。

 冷蔵庫に何かなかったか考える。そういえば、一昨日作った海老天入りの爆弾おにぎりがあった。


(しゃーねーな。あいつ頑張ったし、天むすでもやるか)


 影斗は石鹸で手を洗うと、そのまま屋敷の近くにある離れに向かう。

 山の斜面に、小さな家がぽつぽつと建っている。使用人たちの居住スペースは、基本的には厳夜が本人に決めさせている。家の中で住みたいなら、家の中で住んでもいい。しかし、影斗は離れに住むことを選んだ。

 影斗の住んでいる部屋は、家というよりただのプレハブ小屋に近い。


 ボロボロの扉を開け、中に入る。部屋の中にはあまり物がない。敷きっぱなしの布団、服が入った収納ボックス、それに小さなキッチンがあるだけだ。


 影斗は小さな冷蔵庫を開け、天むすを取り出す。


(お、これも持って行こ)


 二日前に作り、タッパーに詰めていたレバニラ炒めが残っていた。

 レンジで適当に温め、箸とそれらを持ち、再び風牙がいる屋敷の一室へ向かう。

 風牙は、数分前に見た姿と全く変わっていなかった。


「……ほら、これでも食え。味の保証はしねーけど」


 タッパーを開くと、美味しそうな匂いが漂う。


 くんくん。

 風牙の鼻がひくひく動く。

 勢いよく起きると、目を輝かせて影斗を見る。


「復活はや」

「食う!!」


 風牙は、勢いよく巨大なおにぎりにがっつく。見ているだけで幸せそうである。


「エビは高いから貴重なんだぞ! ゆっくり食べろ」

「うんめー!! このニラ入ったやつ、めっちゃうめー」


 風牙はあっという間に食べてしまった。あわよくば一緒に食べよう、と考えていた影斗の当てが外れる。


「お前、料理上手いな!! シェフみたいだ」

「て、適当に余った食材で作っただけだ」


 歯を見せて無邪気に笑う風牙を見ていると、なんだか調子が狂ってくる。


 風牙は良くも悪くも正直というか、何というか―――感情がすぐ、顔や態度に出る。最初に会った時の印象より、ずいぶんバカだ。バカなのだが――――――。


 今までの人生で、こんなに安心できる人間と話したことはないかもしれない。


「そうか! ありがとな!!」


 風牙に礼を言われた影斗は、自分が赤面していることに気づく。

 顔を伏せ、咳払いし、平静を装う。

 ――――――やはり、このバカといると調子が狂う。


「……おれが作ったやつより、食堂の専属調理師が作ったやつの方がうまいから」


 影斗は、ぼそりとつぶやいた。空になったタッパーとラップのゴミをひったくり、部屋を出る。

 空になったタッパーは、レバニラ炒めのタレが残り、茶ばんでいた。


「なに勘違いしてんだ、おれ」


 今日の自分は、少しおかしいのだ。主人に頼りにされ、世話をしているやつに褒められ、舞い上がっている。


 ――――――おれには、そんな資格はない。おれは、どこまで行っても落ちこぼれたシミだ。このタレみたいに。


 フッ、と自嘲した影斗は、丸めたラップをゴミ箱に投げ捨てた。



* * * * *



 時刻は一時を回る。風牙は孤独だった。

 縁側に座って、気持ちのいい太陽の光を浴びている。


「いたたた……」


 厳夜からもらった仕事リストには、午後からのスケジュールも書いてあった。しかし、午前の無理が祟ったらしく、足に痛みが生じ始める。痛がっている様子を影斗に見られ、絶対安静を言い渡されてしまう。残りはすべてやっておくと告げ、消えた影斗を見送り、こうして縁側に座っていることすでに一時間。

 ――――――うつらうつらと目の前がぼやけてくるので、自らの頬を叩いた。


(くそー。このままじゃ、屋敷調べるどころじゃねえ……)


 ――――――浄霊院紅夜(じょうれいいんこうや)の手がかりを探す。

 この一週間、風牙はうずうずしていた。ようやく調べられると気合を入れていた矢先。再発しては、動き回って探すどころではない。


(失敗した時は、ハンセイだな。ハンセイハンセイ!)


 風牙は、腕を組んで失敗を顧みる。


 風牙の脳裏に浮かんだのは、小さい鬼のような、オバハン。

 仕方がなかったとはいえ、トシミに目を付けられたことがかなりの痛手だ。


「くそーあの小さいオバハン!! ぜってー俺のこと認めさせてやるからな!!」


 森に向かって宣言したはいいが、現状どうすることもできない。そもそも、どうやって認めさせるのか。風牙は、面倒になって考えるのを止める。


 再び、強い眠気に襲われる。もういっそのことこのまま寝てしまうのもいいかもしれない。


(ねるこはなおる、だったけ。ことわざ。忘れた。まあいっか……)


 そのまま瞼を落とし、寝ようとした。その時だった。



 ――――――誰か、私を助けて。



「えっ!?」


 風牙は、勢いよく立ち上がる。


 ふわりと風に揺れる、藍色の着物の袖――――――風牙の目に、少女が映る。


 少女はまるで蝶のように、木々の間をするりと消える。

 風牙は、幻を見たのかと自分を疑った。

 目をこすり、何度も瞬きをした。しかし、視力はいたって正常である。


 だが、風牙は確信していた。


 ――――――震えていた。今にも泣きそうだった。とても、悲しげだった。


 風牙は勢いよく立ち上がる。足が痛んだが、気にせず森の方へ駆けていく。

 過去の煤けたトラウマが蘇る。助けを求めているのならば、放っておくことなどできない。

 足を庇いながら、木々をかき分け進む。


「おーい!!!」


 風牙は叫んでみた。しかし返事はなく、冬の閑散とした森が広がっているだけだ。

 風牙は、どんどん森の奥へ進んでいく。


 葉の落ちた、一本の太い木の根を跨いだ。

 ぴり、と何かが顔に当たる。

 静電気かと思い、顔をぶんぶん振ってみる。何も起こらない。


(なんだ今の)


 風牙が首を傾げると、視界の先が揺らぐ。

 森が突如開き、目の前に大きな塀が現れた。


 高くそびえ立つ白亜の壁―――見た目は、どこにでもある普通の石壁である。


(なんだこれ)


 風牙は、塀に沿って歩いてみる。二十歩ほど歩くと、塀の角に達する。

 そのまま塀に沿って進む。一周したところで、入り口が無いことに気づく。どうやっても中には入れそうにない。


「おーい!!!!! 誰かいねーのかー?」


 風牙は塀に沿って歩きながら、壁に向かって語りかける。

 先ほど見た着物の少女が、風牙の脳裏に蘇る。声も確かに聞いた。

 根拠はなかったが、この壁の向こうにいる気がする。


 しかし、何度呼んでも反応はなかった。

 叫び疲れた風牙は、塀の前に胡坐をかいて座る。これからどうしたものか。


「でてこいよー。いるんだろ? さっき、俺に助けを呼んだじゃねーか」


 風牙は、耳を澄ます。静寂が場を支配し、風の音一つ聞こえなかった。

 何かが変だ。ここは、普通じゃない。


 風牙は壁を乗り越えようと決意する。痛む足に喝を入れ、立ち上がる。

 足を傀朧で強化する。助走をつけ、腕をぶんぶん回し、気合は十分だ。

 今にも走り出そうと、足で地面を蹴る。


「……誰かいるの?」


 その時、壁の向こうからか細い声が聞こえてきた。


次回はようやくヒロイン(?)の登場です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まあ、お局様に目をつけられたらこうなるわよね。頑張って、風牙君……。 ( 一一) しかしここでヒロインとの出会いねっ! ちょっと女の子成分が足りなかったのよ、楽しみ楽しみっ! (*'▽'…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ