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スケルツォとフーガ ②



 燃える――――――すべてが、燃えていく。

 酔骷の全身から放出される傀朧は、生を完全に否定する。生きとし生けるものすべてが死に絶える温度。傀朧が熱波となり、辺り一面の植物をすべて枯れさせる。浄霊院本邸を囲む豊かな緑は、荒廃した土地へと変わってしまう。


 荒い息を繰り返す風牙の肺に、熱が入り込んでくる。体の内部から焼けていくような激しい痛みに、風牙は動くことすらできなかった。

 無くなった右肘から先が、霞む視界に入る。痛みよりも、腕が無くなった事実が衝撃となって、思考を停止させる。


「おいおいどうした。さっきみてえな気迫はどこいったんだよ」


 酔骷は静かに言い捨てると、容赦なく風牙の顔面に蹴りを一発入れる。地面を転がり、動かなくなる風牙を見下すと、頭を踏みつける。


人間(テメエ)の力はこんなもんか? あ? (オレ)を殺すんじゃねえのか」


 じりじりと足を左右に動かすたび、風牙の顔に泥が付く。何も反応がない風牙を見て、酔骷は鼻をほじる。


「おっ。こっちに向かってきている健気なガキが、まだ一匹いるじゃねえか」


 その言葉を聞いた風牙の意識が覚醒する。無意識に、近づいてきている傀朧を自ら感知し、それが咲夜のものであることがわかると、左手で酔骷の足をつかむ。


「ガアアアアアッ!!」

「うわっ! やべ」


 空中に引っ張られた酔骷は、力強く本邸に投げ飛ばされる。


「……ヒヒヒッ! 決めた!」


 瓦礫に埋もれ、天を仰ぐ酔骷はこちらに向かってきている咲夜の方を指さす。


「目の前で殺してやるよ」

「……ふざ、けんなッ!!!」


 怒りで風牙の傀朧が、今までよりも膨張しているのがわかる。酔骷は恍惚と笑うと、風牙に向かって突進する。


 ――――――風牙は振るわれる拳を躱す。蹴りを躱す。躱すのに精いっぱいで反撃などできない。その上、躱せば躱すほど激しい熱波を身に受け、消耗していく。


「やり返してこいよ」


 酔骷は身を引くと、挑発するように瓦礫にわざと腰を下ろしてみせる。

 風牙は分厚い風を身に纏わせ、酔骷に突撃する。それを見た酔骷は、指を下から上にクイッと上げ、火柱を出現させる。

 地面から湧き上がる火柱が風牙の行く手を阻む。しかし、風牙は火柱に突っ込むと、酔骷の顔面を殴りつける。


「いいぜェ……いい一撃だ!」


 歯が折れ、激しい出血で血だらけになった顔面を歪ませ、笑う。

 風牙の周囲に再び火柱を出現させると、取り囲むようにして風牙を包み込む。

 ――――――焦げる。

 それは火柱というよりも、まるで溶鉱炉のような、グラグラとした熱の塊だった。当たれば一瞬で蒸発してしまう。


「ほら、逃げろ逃げろ」


 風牙は、それを傀朧の爆発的な放出で消し飛ばすと、再び酔骷に迫る。

 しかし、それを予期していた酔骷は、綺麗なカウンターで、風牙の左頬を殴り飛ばした。


「うっし! 今の一発、最高に綺麗にはいったなぁ」


 酔骷は嬉しそうに天を仰ぐ。


「あぁ……早くアイツと……アイツとやりてえ。アイツだけは、(オレ)の渇きを満たしてくれる。アイツしかいねえんだ……」


 酔骷、息を大きく吸い込んで叫ぶ。


「厳夜ぁぁぁぁぁぁ!!! 早く来いよぉぉぉぉ!!」


 酔骷の感情の高鳴りに合わせるように、熱の威力が上がる。それは風の層を簡単にすり抜け、風牙の体を焦がす。


「ぐあああっ!!」

「おっと、わりいわりい。つい興奮しちまったぜ。せっかくのオモチャを早く壊しちゃ、やることなくなっちまうもんな」


 酔骷は風牙を苦しめる熱を消失させ、左手を風牙の前でちらつかせる。


「本気出すって言ったけどよ、やっぱなし。左手だけで戦ってやるよ」

「ふざけんなッ!!」


 風牙の蹴りが、酔骷のわき腹に命中する。肋骨が粉砕し、激しい痛みが酔骷を襲う。しかし、それを待っていたかのように、ニヤリと笑った。


「痛てぇ」


 感情による傀朧のブーストは、瞬発的な火力を大きく上げる。

 酔骷は、風牙ほど怒りや憎しみで強化される想術師を見たことがなかった。だからだろうか、見ているとこの上なく面白い。


「いいぞ、もっとやれ!」


 ニタニタと笑っている酔骷の顔面に、風牙の蹴りが炸裂する。続いて、腹に左拳を叩きつけたところで、酔骷が風牙の左腕をつかむ。そのまま一周回し、ハンマー投げの要領で力一杯投げ飛ばす。

 風牙の体は弾丸のように飛んでいく。本邸の壁を、柱を突き抜け、家の反対側まで飛ばされて地面を転がった。


(オレ)は運がいい。さっきの人間も、お前も、すっげー久々に楽しめる相手だったぜ」


 酔骷は風牙の後を追って、本邸の反対側に回る。


「ま、(オレ)の相手じゃなかったけどな」


 風牙は、義光の無残な姿を思い出し、全身を何とか奮い立たせる。

 酔骷は飛び掛かってくる風牙を軽くいなし、地面に叩きつけると、再び顔面を踏みつけた。


「近づいて来てんな……ん、何だこの傀朧の量」


 先ほどよりも、接近している。間違いない、咲夜だ。咲夜がこっちに向かってきている。


人間(テメエ)をもっと痛めつけておくか。来た奴に、それ見せて、んで、お前の目の前で来た奴殺す。よっし! それでいこう!」


「や、め……」

「ん? まだ喋れんのか。そりゃだめだなー」


 もう、体が限界だ。動かなくなる。しかし、このままでは咲夜が――――――。

 風牙は、自らにできるありったけの傀朧を腕に込め、地面を叩くと、その衝撃で拘束を解く。そして、勢いのまま回した裏拳を、酔骷の左顔に叩きつけた。


「ぶはっ。ほんと、顔好きだなーお前」


 酔骷は地面に倒れ、楽しそうに寝ころんだ。

 風牙は、酔骷に馬乗りになると、壊れた顎が煙を立てて再生していくのを目にする。


「あ。やっぱ人間(テメエ)の目の前で、今生きている奴らを全員いたぶりながら殺そう! そうすれ……もっと強い一撃が出せるんじゃねえか?」

「てめえ!!」


 風牙は怒りに身を任せ、酔骷を殴り続ける。馬乗りになり、倒れている酔骷の顔面を何度も殴りつける。

 拳が、全身が返り血で真っ赤に染まる。しかし、風牙は手を止めない。血走った憎悪の瞳を向け、酔骷を殴り続ける。


「はあ……はあ……」


 顔の原型が完全になくなったところで、ようやく手を止める。風牙は自分のしでかした惨状を見て、体が震える。


「お、俺……」


 真っ赤に染まった右の拳。記憶の中にある赤い光景――――――それが思い起こされ、激しい自己嫌悪に陥る。


 自分の目の前にいるのは、傀異だ。傀異なんだ。しかし、人間の顔を破壊した感触が離れない。

 傀異であったとしても、それは変わらない。


「……最高じゃねえか」

「!!」


 酔骷の腕が動き、風牙の真っ赤に染まった拳をつかむ。


「……その表情(カオ)……怒りが、(オレ)への憎しみが伝わってくる!力が増してる!! もっと、もっと見せろ!!」


 ぐちゃぐちゃになった顔が、みるみるうちに再生していく。その様子が生々しくて、風牙は吐き気に襲われる。

 酔骷は、真っ赤な口を大きく開け、嬉しそうに笑っている。風牙は、咄嗟に腕を振り払い、ペンダントの下に隠れていた胸の黒い玉を殴りつける。


 その瞬間、酔骷の顔から笑みが消え、風牙の左拳を瞬間的にへし折り、突き飛ばした。


「ぐあああああっ!!」

「……あー悪い、そこは、だめなんだ」


 首をこきこきと鳴らし、立ち上がる。

 激しい痛みで息が止まり、声も出ない。両手が完全に使えなくなった風牙は、地面に顔をこすりつけ、悶絶する。


「なーんか冷めちまったな。両腕壊しちまったし。もういっか」


 酔骷は、床に散らかったおもちゃをどかすように、風牙を軽く蹴り飛ばす。

 両腕が使えなくなった風牙は、もう立ち上がることができなかった。体が急速に冷たくなり、痛みなどの感覚も鈍ってくる。迫りくる冷たい感覚――――――これが、死か。


「んじゃ、今から来る奴で遊ぶから、人間(テメエ)はもういいぜ。んじゃあな」


 酔骷は風牙の壊れた左腕をつかみ、自身の目の前に持ってくる。


「ま、本気出させた礼だ。最後はきっちりと葬ってやるよ」


 酔骷は、風牙を軽々と空中に放り投げる。力なく舞う風牙の体――――――指を折りこみ、拳を握ると、


「オラァッ!!!」


 一瞬で叩き込まれる、六撃の拳。それは、風牙の内臓をすべて破裂させ、体を勢いよく本邸の瓦礫の中まで飛ばす。


「ひゅう。いっちょ上がり!」


 口笛を吹いた酔骷は、無邪気に笑い、ガッツポーズを取った。




戦闘回パート2です。

この二人の戦闘は書いていてすごい楽しかったので、ちょい長めです。風牙くんが怒っていたせいで、ほぼほぼ狙いが顔ばっかりでしたが(笑)

もう少し躍動感や、動いている感覚をうまく書けたらいいのですが、戦闘は難しいですね……

修行あるのみです。

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