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無歹


 甲高く、しかし重厚で、コーラスのように重なる声質――――――。

 傀異の声は、心底不気味な声だった。 風牙は、女性たちに押さえつけられながらも、目の前の異形を睨みつける。

 ボロボロの黒い布を全身に纏い、骨と皮だけの細い腕を振り回している。顔に張り付いたひょっとこの面とのアンバランスさが、余計に不気味さを掻き立てていた。


「てめえ……この女の人たちに何したんだ!」


 風牙の問いに、異形は腕を振り回すのをぴたりと止めた。

 ゴキ、と音を立て、ひょっとこの面が四十五度右に曲がる。そして異形は風牙に顔を近づけると、体中を震わせる。


「ワタシ、ハ。救済ィィィシタ。縛ッテ、奪ッテ、皆シアワセ……ギャギャギャッ!!」


 異形は、腕から鎖を出現させ、風牙の顔をつかむ。

 その鎖はどす黒い傀朧を纏い、腐食が進んでいた。


「オマエ、モ。シアワセェェェェニシテヤル」


 瞬間。風牙の体から一気に傀朧が吸われる。体を強化していた傀朧は根こそぎ奪われ、ひどい倦怠感に見舞われる。拘束に抵抗する力が一気になくなり、風牙の体に女性たちの全体重が圧し掛かる。


「ぁ……」


 息ができない。全身の骨がミシミシと音を立てている。このままでは、押しつぶされてしまう。それを見た異形は、嬉しそうに身をよじらせる。


「そこまでだ」


 その時、義光の低い声が部屋に響く。異形は、風牙の傀朧を吸収する手を離す。異形が声の主を確認しようと顔を上げた時、もうすでに義光の行動は終わっていた。

 異形の背後に凛々しく立ち尽くす義光は、腰に下げた刀の鞘に、ゆっくりと刀を戻し終えた。


 ――――――じゃら。

 女性に巻き付いていた鎖が音を立て、すべて断ち切られる。バラバラになった鎖は砕け散るように地面に落ち、それと同時に女性たちは気を失う。風牙を押さえつけていた女性たちは、力なく風牙の左右に倒れていく。


「ギェ……」


 異形は驚いて跳躍し、義光から距離を取る。


「風牙。待てと言っただろう。車に刀を忘れてしまっていた。取りに戻らなければ、俺は戦えない」


 風牙は荒く呼吸をした後、草臥れたように笑う。

 それを見た異形は、咄嗟に鎖を風牙に巻き付け、自分の元へと手繰り寄せる。


「ゲゲゲゲゲ。上手イ。クヌギ、フウガ。オマエ嫌イ」


 異形は細い手を手刀の形に変えると、手繰り寄せた風牙の首に当てる。

 それを見た義光は、鞘に手をかける。


「風牙を離せ」


 義光は、静かな怒りを異形に向ける。傀朧を全身に纏い、腰を落とす。


「嫌イ。嫌イ! オマエモ嫌ィィィィィィィ!!!」


 異形は義光に向けて鎖を放つ。

 義光の目がカッと見開かれると、傀朧を放出する。傀朧が刀に向かって収束する。刀が黒く染まり、刹那――――――黒い道が一瞬で異形の横をすり抜けた。


「???」


無歹(むがつ)流、漆帯(くろおび)


 黒をさらなる黒で塗りつぶすように、刃が音もなく異形の体をヌッとすり抜ける。

 終わったのち、刀を腰に戻した義光が振り返る。

 異形はすでに体を真二に両断されていた。

 異形の体を構成していた傀朧が左右に分かれて霧散し、ぽとりと地面に残されたのは、同じく真二になったひょっとこの面だけだった。


 風牙の体が崩れ落ちる。それを義光は優しく支えた。


「大丈夫か」

「……ああ。サンキューな、義光のおっちゃん」


 風牙が笑顔を見せたので、つられて義光も頬を緩める。

 義光は、風牙から手を離すと携帯電話でどこかに連絡を入れる。


「この人たちを助けねーと……」


 風牙はまだふらつく足で、重なって意識を失っている女性たちをきちんと寝かせる。


「行くぞ」

「えっ。行くってどこに?」

「帰る」

「救急車が来るまで待たねーのかよ」


 義光は携帯の画面を風牙に見せる。


「さっきも言ったが、ここは京都を管轄する傀異対策局第一部のシマだ。俺たちがいると、ややこしいことを言ってくる奴らがいる。だから信頼できる知り合いに言った。すぐに救急車も来る。後は任せる」


 義光は風牙が割った窓から外に出る。風牙は女性たちを気にしながら、渋々義光の後を追った。


「……まあいっか。なんか影のヒーローみたいだしな」

「影のヒーロー?」

「うん。だってさ、なんか、人知れず誰かを助けて正体も明かさねーで去るなんてちょっとカッコよくね?」

「……そういうものか?」


 義光は、ニヤニヤと笑う風牙に首を傾げる。二人はそそくさと道端に止めてあった軽トラックに乗り込むと、帰路についた。


 軽トラックが去ったのち、電柱の傍から男が顔を出す。


「やれやれ一撃ですか。もう少し粘ってくれると思ったんですが」


 中性的な顔立ちの若い青年―――幾夜から(かなで)と呼ばれている青年は、静かになった集会場の中に入る。ウエーブが掛かった髪をかき上げ、倒れている女性たちには目もくれず、異形がいた位置で真二になっている面を拾い上げる。

 夜空のように美しい瞳で面を見つめる。すると、面はみるみるうちに再生される。


「まあ、目的は果たせましたし良いとしましょう」


 奏は邪悪に口元を歪ませると、面を手品のようにサッと消す。遠くで救急車の音が聞こえる。

 救急車が集会所の前に止まり、救急隊員が中に入った時には、奏の姿はすでになかった。



※ ※ ※ ※ ※



 山に戻った時には日が傾き、ひんやりとした夜の訪れを感じる時刻となっていた。

 軽トラックを駐車場に止めたところで、偶然義光に電話がかかってくる。先ほど連絡した知り合いらしく、ことの顛末を義光に報告していたらしい。すぐに電話を切ると、義光は風牙に説明する。

 女性たちは全員、命に別状はなく次第に目を覚ますとのことだった。それだけ聞けて安心した風牙は、にっこり笑う。


「それにしてもさ、あの傀異なんだったんだろうな。なんていうか、気持ち悪ぃ感じだったっつーか……」

「わかるぞ。傀朧を吸っている、という割には傀朧の気配が全くしなかった。俺も変だと思った」

「あー! それそれ」


 義光は風牙の抱いた違和感を的確に言い当てる。納得した風牙は、改めて妙だと思った。捕まっている時、まるで体の奥底から傀朧が吸われているような、そんな感じがした。それだけではない。


「忘れろ。傀異は祓った」

「んー」


 義光は、荷台からエサ袋を下ろす。後は山の上まで運ぶだけである。


「でもさ、なんかあいつに掴まれてる時、逆に流し込まれてる(・・・・・・・)っていう感じだったのがすげー気になって」

「……何?」


 義光が車に鍵をかけ、風牙の方に向き直った瞬間――――――義光の左肩に、鋭い何かが貫通する。


「……!」


 それは、禍々しい傀朧を帯びた先ほどの鎖だった。肩を貫通し、未だ伸び続けている鎖を右手でつかみ、動きを停止させる。肩を貫通した痛みもあるが、鎖から体の中に入り込んでくる傀朧が、体の力を奪っていく感覚が不快だった。


「心臓ゥ……心臓狙ッタノニ!!! 失敗シタ!!」


 風牙の全身は、肩を貫通した鎖で覆われていた。太さや大きさはバラバラで、それらが乱雑に絡まり合っている。

 傀朧の性質を見るに、傀異は風牙の体を乗っ取っている。

 義光は、鎖を強引に抜くと地面に向かって投げつける。


「ヨウヤク見ツケタゾ……コンナニモ動キヤスイ体……ヒャハハハハハハ……!!!」


 傀異は、風牙の体を使って狂ったように笑っている。それを見て、義光は不快感を募らせる。

 鋭く睨みつけ、殺気を放つと、座席に置いてあった刀を取る。


「オイオイ。良イノカ? コノ体ゴト切ッテシマッテモ」


 義光は刀を構えたまま、ピタリと静止する。妙だと思った。先ほどまではちぐはぐな言葉しか喋れなかった傀異が、やけに知能を持ち始めている。

 傀異は、風牙の体を大きく広げて見せ、義光を挑発する。


「サッキハヨクモヤッテクレタナァ……ソノ礼ニ、タップリト苦シマセテヤロウ」


 義光が攻撃してこないのを見計らって、傀異は右手から大量の鎖を出現させる。鎖の先は、円錐の先のように鋭く尖っている。

 そして、それらを一斉に義光目がけて突撃させる。

 義光は両手で持った刀を振るい、素早く払いのける。しかし、鎖の先は地面に落ちる前に再び軌道を変え、義光に迫る。


「……」


 一、二、三――――――三回刀を振ったところで、義光は地面を蹴り、傀異に迫る。それを見た傀異は、ニタリと笑う。


「オマエハ馬鹿ダ! コノ体ガドウナッテモ……」


莫迦(・・)はお前だ」


 義光は風牙の体に肉薄する。姿勢を低く、刀を構えたまま懐に潜り込み、下から傀異を睨みつける。

 ――――――ぞくり。


 傀異は、義光から放たれる冷たい殺気に恐怖する。

 そんなはずはない。この体を斬れるはずがない。知能を持った傀異は、そう判断する。

 しかし、義光は左手を離し右手のみで刀を持つと、左下から振り上げる。


「アッ……」


 義光の刀は、風牙の体を斬ることなく巻き付いていた鎖だけを断ち切った。

 その瞬間、無防備にしていた風牙の左腕が動き、鎖を出現させている右手がっしりつかむ。


「!」


 それを見逃さなかった義光は、刀を体に引き戻し、次の技を繰り出す。


無歹流(むがつりゅう)――――――渦道(かどう)


 刀から発せられた漆黒の傀朧が波打ち、風牙の体を包み込む。

 義光が風牙の背後に現れた時には、体に巻き付いていた鎖が霧散していた。

 鎖から解放された風牙は尻もちをつく。体の主導権が風牙に戻ったらしく、申し訳なさそうに義光を見る。


「大丈夫か風牙」

「ごめん……ありがとな」


 義光は刀を右斜め下に振り下ろし、自ら出現させた黒い傀朧を払い落すと、滑らかな動きで納刀する。

 ふとため息を漏らした義光は、心底安心した。


「すまない。やはり危険だった。管轄の想術師に任せておけばよかったな」

「ごめん……途中から記憶がねえんだ。寝てた、みたいな感じ?」


 自分を責める風牙に、義光は肩を叩く。

「そんなことを言うな」と言われたような気がした風牙は、改めて頭を下げる。


「さっき、腕を動かせたのはお前の力だろう。あれで十分だ。隙ができた」

「えっ? 俺のこと?」

「ああ。さっき、腕を動かしただろう」


 首を傾げる風牙を見て、義光は目を細める。


(無意識だったのか?)


 義光は驚きつつも、率直に感心する。


「結果として祓うことに成功したが、危険だったな。やはり、敵の傀異を分析してから戦うべきだろう」


 風牙は、ひょっとこの面の不気味な感じを脳裏に浮かべる。

 傀朧が吸われた。その時、まるで何か別のものが深い沼からゆっくりと引き上げられるように、浮上してきたような――――――。

 ともあれ、助けてもらったことに感謝しかない。もう少し慎重に動くことも大切だ。


「本当にありがとな。おっちゃん、めちゃめちゃ強えよな!」


 頭を深く下げる風牙を見て、目のやり場に困った義光は軽くため息を吐く。


「俺は……そんなに強くないぞ。俺の刀には信念がない(・・・・・)。空虚な者が振るう刀に、強さなどありはしない」

「そうか? 俺にはそうは見えなかったぜ」


 風牙は先ほどの義光の剣技を思い出して頬を緩める。洗練された動きに乗せる質の高い傀朧は、力強いものだった。


「……俺には、幼いころの記憶がない。どれだけ鍛えても、目的や意志は埋められない。いかに繕っても、満たされない」


 それだけ言ったところで、義光は言葉を止める。


「すまない……変なことを言った。忘れてくれ」


 風牙は少し驚いたような表情をしたのち、二ッと歯を見せる。


「俺はそう思わねーよ。さっき、女の人を助けてる時の顔は、めちゃめちゃ信念に満ちてたと思う。助けるって意志があったんだから、過去とかは関係ねーんじゃないかな? それにさ、過去が必ずしもいいもんとは限らねえぜ」


 風牙は、「俺みたいに」と付け加えて義光から目を背ける。

 飼料の袋を三袋ほど、踏ん張りながら肩に抱え、山を登り始める。

 義光はしばらくぽけーっと風牙の背中を見つめていた。置いていかれそうになったところで、残りの袋を抱えて後を追う。


「……そういうものか?」


 呟いた義光に、風牙は振り返って笑った。


「また行こうな」


 こくりと頷いた義光は、どこか清々しい顔をしているように見えた。




さてさて、今回で義光さん回終了です。

ちょっとかわいい一面が出たと思えば、かっこよさが!

風牙くんは今回だめだめでしたね(笑)

次週から、二章の佳境に突入します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ、そういう日もあるわよ風牙君。他のキャラの見せ場なら、譲ってあげないとねえ。にしても、また何かきな臭い感じが出てきてる……嵐の前兆じゃないと良いんだけど。 (。´・ω・)
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