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未来と過去


 カチ。


 ――――――未来を変えることはできない。

 物心ついた時から未来が見えた宙にとって、この絶対的な事実に、抗おうなどと思ったことはなかった。

 必ず見た未来の通りになる。

 起こって欲しくなくても、絶対に訪れるその未来に、何度絶望したことか。


 カチ。


 父親が残してくれた懐中時計。時は金なり、ということわざを好きでよく言っていた。

 その時計はちょっとおかしくて、秒針が十秒に一回しか動かなかった。最初は壊れていると思った。けれど違った。父は、宙の特別な力に気づいていた。


 カチ。


 宙が見た残酷な未来。両親は、宙の能力を欲した想術師に、宙の前で殺された。

 ――――――未来なんて、クソくらえだ。

 こんな力、誰が欲するものか。

 キライだ。その未来に抗えない自分が、心底キライだ。


 カチ――――――。


「お前、未来が見えるんだってな」


 実験と称し、非人道的な研究に興じる狂った想術師に囚われた。

 心を閉ざした。心底恐ろしくて、気持ち悪くて、何度も死を意識した。死にたいと思った。

 そんな時――――――浄霊院厳夜が現れた。


 素手で牢屋を破壊して、怯える私の傍に寄り、手を差し伸べた。


「なあ、教えてくれないか。未来を」


 言われるがままに未来を教えた。壁を壊し、ここから出る光景が見えていた。


「そうか」


 厳夜は頷くと、傀朧を放出し、拳で天井を破壊した。

 天井から光が漏れる――――――その光に覆われ、目を細める。


「お前は未来を変えたいと思うか? 私はな、未来は選択で変えられると思う。今しがたお前が私に未来を教えることで、私が選択して未来を変えたように」


 どうして忘れていたんだろう。私の恩人の言った言葉なのに。

 知らぬ間に再び心を閉ざし、自分の能力を忌避していた。見える未来に、敗北していたのは功刀風牙ではない。真に恐れていた自分自身だったのだ。



※ ※ ※ ※ ※



 番匠宙(ばんじょうヒロ)は無意識に笑っていた。

 目の前で未来を変えた功刀風牙を称賛するように。また、自分自身を嘲笑うように。

 肩の力が抜けた宙は、次第に腹から湧き上がる声を押さえきれなくなった。


「あははははっ! ばっかみたい」


「何だよいきなり……」


 宙は枯草の上に背中からダイブし、寝転がる。

 視界に移る満天の星空は気にならなかった。ただ、ぼんやりと眺めるだけ。


「……完敗。君の勝ちよ、功刀風牙くん」


 風牙は、上から宙の顔を覗き込む。


「未来を変えたのは、君で二人目(・・・)。教えてくれない? どうやったの?」


「えっ? 何が?」

「どうやって未来を変えたのかってこと。さっきのヘンな感じといい、何だったの?」

「何それ。しらねー」


 即答する風牙に苦笑いした宙。全てが終わり、二人に近づいた厳夜は、一呼吸置いてから代わりに答える。


「宙。お前の想術は、十秒後の未来に飛ぶのだろう。だったら、十秒後にぴったりと触れているように十秒間を立ち回ればいいのだ。私は“虚構渡航”に干渉されないように遠くからずっと見ていたが、風牙はきっちりと十秒間で計算して動いたんだろう。そこに本人の意志(・・)があったかは、分かってないようだがな」


「……なにそれ。ぜんっぜん、意味わかんない」


 口を曲げる宙を見て、厳夜は笑う。


「そうだな。単純な話だが、簡単にできることではない。つまり、風牙が咲夜を思う意志の強さが生んだ結果ということか」


 厳夜は、風牙と寝ている咲夜に近づいていく。


「ともあれ、風牙。よくやってくれた」

「へ?」


 厳夜は、風牙の頭をわしゃわしゃと撫でる。風牙はよくわかっていない様子で、首を傾げる。


「さて。納得は行かんかもしれんが、勝負はついた。お疲れのところ悪いが、屋敷のみんなを起こしてくれないか、宙」

「そうでした」


 宙は起き上がり、光る石に座り直す。

 宙が指を鳴らすと、張りつめていた辺りの空気が緩む。


「風牙、聞きたがってたね。私の目的と、なぜ咲夜ちゃんを攫うのか」

「おう」


 宙は寝ている咲夜に近づくと、優しく頭を撫でる。


「ごめんね、咲夜ちゃん」


 咲夜を厳夜に預け、風牙と向き合う。


「場所、変えましょうか」



※ ※ ※ ※ ※ 



 ――――――浄霊院本邸は、気味が悪いほど静まり返っている。その原因は、突如打ちあがった花火だ。大きな破裂音を聞いた使用人たちは、慌てて音の鳴る方へ向かい、結果として花火を見てしまった。


 皆がその場で意識を失う中、一人動いている者がいた。


「……くそ」


 浄霊院鐡夜(てつや)だ。荒い呼吸で歯を食いしばり、自身の中にある二つの意志(・・)と戦っていた。

 手に白い小面(コオモテ)を持ち、それを睨みつけている。


「オレは…… ッ!!」


 廊下で眠っている使用人を一瞥しては去り、また一人見つけては去る。明らかに挙動不審な動きをしている鐡夜を誰かが目撃しようものなら、完全に怪しまれてしまうだろう。 しかし、今の閑散とした本邸の中に、鐡夜の動きを見ることのできる者はいない――――――はずだった。


「おい、(うぬ)は何をやっているのだ」


「うおぁ!?」


 突如耳元で低い声がしたので、鐡夜は叫びをあげて尻餅をついた。

 見ると、大きなふてぶてしいねこのぬいぐるみ(・・・・・・・・)が、鐡夜を不審そうに睨みつけている。


「全く……これだから人間はキライなのだ」


 ため息を吐き、てちてちと鐡夜に向かって進んでくるねこに、鐡夜は後ずさりして距離を取ろうとする。


「な……なんなんだテメエ……」

「ふん! 見ての通り世にも麗しい白虎様だ。と言っても、どうせ通じんだろうがな」


 ねこは、鐡夜の持っている小面を見ると、表情を硬化させる。


(うぬ)、その面……どこで手に入れた」


 鐡夜は、小面を見られたことに反応し、素早く駆け出す。いきなり逃げられると思っていなかったねこは、慌てふためく。


「にゃっ!? ま、待て。今の余は足が速くなくてな……お、おい!!」


 急いで追いかけようとして、こてんと転んでしまう。顔を上げた時、すでに鐡夜の姿は無かった。



※ ※ ※ ※ ※


「なんだったんだよあのふざけた猫はァ……」


 鐡夜は息を切らして廊下の角を曲がり、背中を壁につけて一息ついた。


 走るたびに、廊下がギシギシと軋む。普段は一切気にならないが、静まり返っているとやけに目立って聞こえる。逃げきれたかどうか不安になり、顔を半分だけ出して元来た道を見てみるが、どうやら撒いたようだ。


 鐡夜は、大きく息を吐き出すと拳を握る。


「……やっぱり、あいつだけは」


 鐡夜の顔に暗い影が落ちる。

 心の中から湧き出してくる怒りと嫉妬(・・)。醜い感情だとわかっていた。しかし七年前のあの日からずっと、鐡夜の心を支配していたのはそんな醜い感情だった。


 ――――――西浄影斗。


 影斗の顔を思い出して、舌打ちをする。いかにも人畜無害な顔で暗く生きている影斗が心底気に入らない。ぶん殴ってボコボコにしてやりたい。そう思う。

 傀朧の気配で、影斗がどこにいるのかすぐにわかる。鐡夜は迷いなく渡り廊下を渡り、大きな扉を開けて中に入る。

 微弱な傀朧だった。これでは想術師になることなどできやしない。自分の方が優れている。正当な浄霊院家の血を持つ自分の方が、才能がある――――――。


 呼吸音が荒くなる。

 鐡夜はわかっていた。本当に才能がないのは、紛れもなく自分自身(・・・・)だということを。そして真に恐るべき能力が、影斗の中にあるということも。


 気づけば目的地(・・・)に到着していた。

 洋館の中にあるキッチン。この中に、微弱な影斗の傀朧を検知できる。


(テメエだけは……)


 鐡夜は扉を乱暴に開け、中に入る。

 半開きの冷蔵庫、ビニール袋に入ったままの食材、まな板の上に置かれたじゃがいもや玉ねぎ――――――それらを見渡した後、倒れている人影を見つけ、近づいていく。

 影斗は体を丸め、すーすーと静かに寝息を立て、気持ちよさそうに寝ていた。


「テメエだけは……ッ!!」


 鐡夜は、拳を強く握り、歯を食いしばる。

 懐から取り出した小面(・・)を持ち、それを影斗の顔面に向かって、近づけ―――――――。


 面が影斗の顔を覆った時、鐡夜の背筋が凍る。

 ヌッと面から漏れ出た傀朧が、影斗の顔を覆いつくし、そして面が影斗の顔に溶けた。


「は……?」


 鐡夜は、影斗の顔を覆った傀朧の性質が、見たことのないほど邪悪なものであったという事実に、戦慄する。


「き……聞いてねえぞ。あんな、傀朧……!! オレは……催眠効果があるとしか……」


「おい」


 鐡夜は、再び聞こえた低い声で、勢いよく振り返る。


「ひどい顔だな。赤い小僧」


 鐡夜は、真っ青な顔で体を強張らせ、荒く息をしている。

 キッチンの机の上でふんぞり返るねこのぬいぐるみは、目を細めて鋭く指摘する。


「だから余は問うたのだ。あの面をどこで手に入れたのか、と。その様子だと、あの面が内包する傀朧を、どのような傀具であったのか、知らなかったようだな」

「オレは……あいつらを守りたくて……それで、あの面を被せれば、敵の精神支配を防ぐことができるって……あいつが! 衝夜(・・)が!!」


 狼狽える鐡夜に、ねこは冷たく言い放つ。


「未熟者め。そんなはずは無かろう。一流の想術師ならば一目で見抜くわ。見抜けなかった貴様の責任は重いぞ小僧。いや……」


 ねこは机から降り、鐡夜の傍まで寄る。そして瞳の奥に見える、鐡夜の澱んだ感情に問いかける。


()だな。貴様はわかっていてやったのだ」


 鐡夜の視界が歪む。

 ねこの指摘通りだった。鐡夜は、己の嫉妬心を満たすためだけに、標的を影斗に絞った。面を被せれば、何らかの術が作動することをわかっていて、あえて影斗だけに被せたのだ。


 ねこは震える鐡夜を見て、鼻で息をするとキッチンから出て行こうとする。


「こうなれば、誰もあの面を剥がすことはできん。アレを作った者は、相当ねじ曲がっている人間だろうな。解除もできない、術も発動するまで分からないとなれば、放置するしかあるまい。

 (うぬ)は今、その手ぬぐい小僧のためにそのような愚かな顔で震えている。だったら、やることはわかるな?」

「な、何ができるってんだ。オレは影斗こいつのことが心底許せなくて……死んでほしいって思ってきたんだぞ!!」


「莫迦が!!」


 低く吐き出された暴言が、鐡夜の心を揺さぶる。


「貴様の心が一番、分かっておることだろう。私利私欲のためとはいえ、そんなに大量に懐に入れた仮面を、手ぬぐい小僧以外には使わんかった。何を対価に取られたのかは知らんがな。わかるな? 余は人間がキライなのだ。これ以上は言わせるな」


 猫はてくてくと小さな手足を必死で動かし、鐡夜に背を向ける。


「待て! 何でテメエはオレを見逃す?」


 ねこは呼び止められたことに苛立ち、舌打ちする。


「貴様のためではない。貴様がやることにいちいち反応し、草臥れる阿呆がいるのでな。余は疲れる! 見とうないわそんなもん」


 ねこは短い手足を高速で動かし、てちてちとキッチンを出る。

 一人残された鐡夜は、しばらく茫然としていた。


(オレは……)


 自分のやるべきこと。

 そんなことを言われても、自分ができることなどない。何時だって自分は蚊帳の外だ。

 どれだけ願っても、高尚な意志を掲げても、それが実現したことなどなかった。七年前、家族が全員消えた時もそうだった。目標にしていた家族にだって、あっさりと裏切られたのだ。


 許せない。

 そんな自分が許せない。


 七年間鐡夜の心はずっと、劣等感と分家(・・)が犯した罪、そして消えない嫉妬心の狭間で揺れ動いていた。


(オレが、本当にできること……)


 一瞬、心をよぎったのは、功刀風牙の姿だった。自分の意志に真っ直ぐで、どれだけ傷ついても諦めない。鐡夜はそんな風牙が、屋敷を救う様を、遠くから目に焼き付けていた。


 羨ましい――――――。

 また、嫉妬心が膨らむ。


「確かに莫迦(・・)だ、オレは」


 自分を嘲る。心の底から軽蔑した。

 今更だ。こんな自分が今更、変わろうなどと思うことが愚かなのだ。


 揺らぐから悪いのだ。未熟な自分にできること、それは――――――。


 鐡夜は、寝ている影斗に目を向ける。


(こいつにとって、オレは……)


 鐡夜はゆっくりと、両手を影斗の首にかける。


(違うだろ。こいつが、じゃねえ。オレがこいつをどう思うかだ)


 家族を殺された怒りや恨み、そして嫉妬。

 何時だって蚊帳の外だった自分とは違う。影斗は自分の意志(・・・・・)でやったのだ。兄を殺されたことよりも、それが許せなかった。負の感情を抱くだけ抱いて、何もできない自分とは違った。

 そして、鐡夜は知っていた。影斗が“選ばれた存在”であることを。


「が……」


 自然と力が強まる。呼吸が止まった影斗の意識が覚醒する。鐡夜は影斗の首をどんどん締め上げていく。

 影斗は、鐡夜の手を剥がそうと抵抗する。


 ――――――殺してしまえば、自分も変われるのだろうか。

 ずっと逃げてきた、そんな人生から抜け出せるのだろうか。


 鐡夜は、影斗の顔を見つめている。苦しそうにもがき、涙を流すその顔を見ていると――――――意志が弱まる。


「クソォォォォォッ!!」


 不意に、首を絞める力が弱まる。その瞬間息ができるようになった影斗は大きくむせ、首を押さえる。


 鐡夜の心臓は早鐘を打っていた。影斗の首を絞めていた手の感触が気持ち悪い。震える両手を眺め、ひどい自己嫌悪に苛まれる。


 また、意志が揺らいだ。どこまで行っても自分はどうしようもない人間なのだと、そう思った。


「……悪ぃ」


 鐡夜は苦しそうに小さく吐き捨てると、キッチンを出ていく。

 何が起こったのかわからない影斗は、鐡夜の様子を見て心が痛む。


(おれを殺そうとしたのか)


 鐡夜が自分を殺そうとする。

 そんな事実を冷静に認識すると、不思議と恐怖が湧いてこなかった。代わりに湧いてきたのは、深い罪の意識だ。苦しそうな顔だった。


「はは……」


 当たり前だった。今まで殺そうとしない方がおかしい。火事の時、生き残ってしまった自分が許せなかったに違いない。本当は、死ねばよかったと思っていたに違いない。


 影斗は両手をぎゅっと握る。


 自分は、鐡夜の兄を殺したのだ。父を殺された恨みに駆られて。


 こんなに醜い自分が生きていることは許されない。だが、もう少しだけ。もう少しだけ、我慢して欲しい。この料理を父の墓前に備えてから死にたい――――――。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 影斗は、焦点の合わない濁った瞳で、床をしばらく見つめ続けた。



※ ※ ※ ※ ※



 術を解除し、改めて謝罪した(ヒロ)を、厳夜は優しく許した。二人で話がしたいと言う宙の要望を聞き、自身は咲夜を連れて自室へ帰った。眠っていた使用人たちは、次第に目を覚まし始めている。記憶は自然と忘れるように細工がしてあるようで、皆首を傾げながら普段の生活に戻っていった。


 そして風牙が宙に連れられてやってきたのは、最初に厳夜と出会った巨大なお堂だった。厳夜が言うには、ここが最も安全に会話をすることができるという。


 二人はお堂の中に入る。ひんやりとした空気に包まれており、肌寒い。宙は、お堂の燭台に火を灯しながら、風牙に問いかける。


「さ、何でも聞いていいよ」


 風牙は少し考えてから、思いついたものから聞くことにする。


「んじゃ、咲夜が朧者(ホーダー)ってどういうこと?」

朧者(ホーダー)の説明はもういいよね。膨大な傀朧をその身に宿すことができる人間、それが朧者(ホーダー)

「咲夜は全然傀朧を持ってねえぞ。全然感じねえ」

「そこが、問題になってるとこなんだよね」


 宙はお堂の柱にもたれかかると、風牙に座るように促す。


「咲夜ちゃんはね、力と記憶を封印されているの」

「はあ!?」


 いきなり衝撃的なことを言われ、風牙は混乱する。


「どういうことだよ」

「落ち着け。ちゃんと意味があるらしいから」


 宙は、真剣なまなざしで風牙を見つめる。


「絶対にこのことを咲夜ちゃんに告げてはだめ。絶対に」

「なんで?」

「トラウマがある、と私は思ってる。厳夜さんが何も考えずそんなことをするはずがない。力を奪ったこととも関係があるのかもしれない。でもそれはわからない」


 宙は風牙に近づくと、耳打ちをする。


「実はね、二人で話がしたかったのは、君にお願いがあるからなの。いや、言い方悪いけどこれは脅し(・・)でもある。知ってしまったからには、絶対に口外してはならない。もし口外したら……ニヤリ。それを理解しておいてね」

「ニヤリって何だよ」


 風牙は少し不満そうだったが、頷いて了承する。


「この一連の話は、君の心に留めていて欲しい。厳夜さんにも聞こうとしないで。時が経って、厳夜さんから話をしてくれるまでは」


 風牙は唾をゴクリと飲み込む。一体どんなことを言われるのだろう。


「今、この屋敷では何か大きなことが起ころうとしている。私の本当の目的はね、何が起ころうとしているのかを突き止めること。ここに来るまでは若干厳夜さんが何かするのかもしれないと疑っていたけど、そうではないみたい。だったら、誰が何をしようとしているのかを突き止めなければならない。君も戦ったでしょ、妙な仮面(・・・・)の傀異と。あれは明らかに、何者かが意図的に送り込んできたものなの」

「え。それ何で知ってんだ?」

「ここに来る前に、厳太さんから資料を貰った。私たち内部監査局は、現地調査に入る前に、事前調査として報告書の提出を求める。その時、厳太さんが作った報告書を読んだ。君がここにいることもその時知った」


 宙は再び風牙から離れ、お堂の柱にもたれかかる。


「お願いできる? あらゆる可能性を考慮して、このことはまだ(・・)君の心の中に留めて置いて。時が来ればわかると思うから」

「おう。そうする」


 頷いた風牙を見て、宙はほほ笑んだ。

 風牙は、ここぞとばかりに、どうしても聞きたいことを宙に聞く。


「なあ。一つ聞いていいか?」

「うん」

浄霊院紅夜(じょうれいいんこうや)について、あんた何か知ってることないか? 俺がここに来たのは、浄霊院紅夜の情報をつかむためなんだ。あんたなら、何か知ってんじゃねえか」


 それを聞いた宙の顔色が変わる。


「知ってどうするの」

「復讐する」


 きっぱりと言い放った風牙を、宙は睨みつけた。


「応援できないわ」

「わかってる。でもな、これは俺の生きる目的なんだ。誰に何を言われても、ぜってーやるって決めてんだ」


 風牙の目は力強く、体がわずかに震えている。

 ――――――風牙は本気なのだ。否定する筋合いも、宙にはない。


「……そうね。私が言えるのは一つだけ」

「何だ!? なんでもいい。教えてくれ」


「浄霊院紅夜もね、咲夜ちゃんと同じ朧者(ホーダー)だった」


「は……」


 風牙は、宙の言葉に息を飲む。

 朧者(ホーダー)と浄霊院紅夜がつながるとは思ってもいなかった。


「彼は想術師を恨んでいた。これだけは間違いない。

 皮肉じゃないけど、君と同じよう(・・・・・・)に、想術師に復讐をしようとした。そして、死んだ(・・・)。想術師協会を襲って返り討ちにあった。それが七年前の浄霊院紅夜の乱。仰々しいよね、乱って。ちょっと笑っちゃう。何時の時代だよって思うけど」

「そんなはずねえ……奴は死んでねえよ!」


 風牙は思わず叫んだ。自分を浄霊院家に誘った、あの写真―――浄霊院紅夜と厳夜が映った写真を思い出す。片時も忘れることのない浄霊院紅夜の傀朧の残滓。それがべっとりとついていたのだ。まるで、自分がまだ生きていることを誰かに示したかったかのように。


「七年前、彼は死んだと言われている。でも確かに、君の言う通り誰も彼の死体を見ていないし、どこで死んだかもわかっていない。奇妙ではあるね。

 わかっているのは、彼が確実に“想術師協会本部を襲撃した”ということと、同日正式に浄霊院家が滅びた(・・・・・・・・)ということだけ」

「浄霊院家が滅びた? 滅びてねえだろ」


 風牙の疑問はもっともだ。浄霊院家はここにあるし、滅びてなどいない。

 それを聞いた宙は、しまったという顔をする。


「この話をここでするのは野暮ね。厳夜さんから聞きなさい。私が言っても、説得力がないどころか、厳夜さんに怒られちゃう(・・・・・・)から」

「はあ!? なんなんだよさっきから! 気になるだろ」


 ムッとする風牙を窘めるように上から顔を覗き込む。


「いい、風牙。浄霊院紅夜のことを知ることは、この家……いや、想術師協会の闇を深く知ることと同じ。それは相応の覚悟がいることだし、伝聞だけで済ませることほど、愚かなことはない」


 宙の鋭い目線が、風牙の意識を貫く。


「だから、この話はここまで。続きは自分の足で探しなさい。それに……」


「えっ」


 カチ。

 先ほどの戦いで散々聞いた、懐中時計の音がした。

 突如目の前の宙の位置が変わり、右手にネズミの尻尾を持って立っている。


「安全な場所なんてないのかもしれない。私たちの話を聞こうと、こんな式神(ネズミ)が這いまわってる」


 そう言った途端、ネズミ型の式神が爆散して消える。風牙は、ネズミ型の式神の背に、一筆書きの星形があるのを見た。

 ひらひらを舞い落ちる紙片を息で吹き飛ばして、宙はめんどくさそうに頭を掻いた。


「これで、協会の誰かが私の現状(・・・・)を把握したというわけね……十四歳の少年に無様に負けた特別一級(わたし)を嘲笑おうっての。上等じゃない。最悪の気分」


 宙は、軽やかにお堂の引き戸を開くと、風牙に手を振る。


「んじゃ、少年に負けたお姐さんはさっさと退散するね~。咲夜ちゃんのこと、しっかり守ってやるのだぞ」

「えっ!? ま、待てって!」


 カチ。

 再び術が発動した時、宙の気配はどこにもなかった。


「わけわかんねえ」


 風牙は、先ほどの宙の言葉を頭の中で整理する。

 ――――――朧者(ホーダー)

 ――――――浄霊院紅夜。

 ――――――七年前。

 ――――――七年前?


 言われた時は気づかなかったが、七年前(・・・)は風牙にとって忘れられない出来事が起こった年だった。

 故郷が焼けた日―――浄霊院紅夜が街を焼いたのは、七年前の八月十九日。


「浄霊院紅夜の乱……浄霊院家が滅んだ日? それっていつ起こったんだろ」


 妙な胸騒ぎを覚えた風牙は、お堂を後にする。厳夜の部屋に向かおうとした風牙の脳内に、宙の言葉が反芻される。

 自分の足で探せ――――――。


 厳夜に聞きに行きたい衝動に駆られるが、はやる気持ちをぐっと抑えた風牙は、言われた通り咲夜の元へ向かうことにした。




さてさて、謎は深まるばかり。

とりあえず、番匠宙さん登場回はこれにて終了です。

次回はちょっとした箸休め。とある人物のピックアップ回です。

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