来訪者 ①
先週はちょっとボケていて、投稿するのをすっかり忘れていました……申し訳ないです。
さて、今回から新しい話に突入します。また、新キャラ登場です。
――――――遠くでカラスが鳴いている。
空が赤く染まり、次第に夜が近づく十六時ごろ。風牙は誰もいない仁王門の屋根の上で、ぼんやりと遠くを眺めていた。
心ここにあらず、といった様子でかれこれ二時間ほど風に当たっている。
――――――もうおれに、近づかないで。
泣きながら震えている影斗の声――――――それが頭から離れない。
こんなにモヤモヤするのはいつぶりだろうか。寝れば大抵のことを忘れられる風牙にとって、翌日まで引きずった上に、ずっと頭から離れないというのは一大事だった。
今日の昼からの仕事である仁王門の掃除が、手につかないほど影斗の様子が頭に焼き付いている。
「あ‶ー……」
風牙は時折、心の声を吐き出して屋根に寝ころんで、起き上がるを繰り返す。寝て、空を眺めても何も変わらない。
死ねばよかった――――――。
そんな影斗の言葉が、風牙の心を締め付ける。自分から命を絶っていい人間など、この世にはいない。命の尊さが身に染みてわかっている風牙にとって、そんな考えは理解できないし、許容もできない。そしてなにより――――――影斗が心配でたまらない。
しかし風牙は、影斗にどう声をかけていいかがわからなかった。どうして自分を拒絶するのか、それが全くわからない。
「あ‶ー」
風牙は呻き、また寝て、ごろりと寝返りを打った。
夕焼けが始まっている空を見つめ、顔をしかめる。赤い空が、嫌でも炎を連想させる。
余計に気分が悪くなる。
五時まであと一時間ほどある。厳夜から空き時間に、屋敷を探索してもいいと言われているが、まったくやる気が起こらなかった。
ブロロロロ――――――。
遠くでバイクの音が聞こえる。
こんな山奥までバイクを運転してくるなんて、相当な変わり者だな、と風牙は思った。
バイクに乗ってみたいな。
ふと、そう思った風牙は、かっこいいバイクの造形を思い起こす。
(……あれ)
そんなことを考えていると、風牙は自分がここに来た時のことを思い出す。
途中から道などなく、険しい山道を歩いて登ってきたはずだ。木々やごつごつした山道を、バイクで登って来られるはずはない。
しかし、どんどんバイクの音が近づいてくる。
「……まじかよ」
風牙は屋根の上から跳ね起きる。見ると、山の中からこちらに向かって進んでくる小さなカーキ色のカブがあった。まるで、普通の道を進んでいるかのように、山道をするすると走ってくる。
カブに乗っていたのは、黒いレザージャケットに身を包み、首から大きな懐中時計を下げた長身の女性だった。
カブは仁王門の傍で停車する。カブから颯爽と下りた女性は、ゴーグル付きのおしゃれなヘルメットを脱ぐ。
――――――長い茶髪が、夕焼け空に靡く。
髪をかき上げる女性の様子に、風牙はくぎ付けになる。
「ふう。ここに来るのもずいぶん久しぶりね」
女性は感慨深そうにつぶやくと、屋根の上にいる風牙に気づいた。
「おっ。第一村人少年発見! ねえちょっと聞きたいんだけど」
風牙は話しかけられてハッと驚く。快活な女性の雰囲気から、敵ではないようだが――――――。
「厳夜さん、いる?」
女性が身に纏う雰囲気、存在感の強さから、ただ者ではないことがわかる。
風牙の全身に緊張感が走る。
「誰だあんた。ここは、その……勝手に入ったらダメなんだぜ! 俺も最初は警戒されたしな……」
女性は風牙の様子を見て、柔和な笑みを見せる。
「ふふ、そんなに身構えなくてもいいんだよ? 私は怪しい者じゃない」
女性は、レザージャケットの胸ポケットに手を伸ばす。
風牙の視線が、女性の大きな胸に注がれる――――――。
女性はポケットから、想術師免許を取り出すと、風牙に見せる。
「私の名前は番匠宙。浄霊院厳夜さんの、義理の娘でーす」
「むす……はあ!?」
驚愕する風牙に、番匠宙はウインクをかました。
※ ※ ※ ※ ※
本邸の中を堂々と闊歩する番匠宙の姿に、使用人たちは騒然としている。
宙は、すれ違った使用人や、遠くで眺めている使用人たち一人一人に微笑みかけ、挨拶をしていく。
そんな美女の前を歩く風牙にも、自然と視線の圧が押し寄せてくる。
――――――気まずい。
「あ、あのさ」
「ん? なんだい第一村人少年」
「なんだよその変な名前」
「だって名前聞いてないし」
調子が狂う。
気まずいというか、なんというか。この場合、調子が狂うという表現が最も適している。
「俺の名前は!」
「あー、いいっていいって。第一村人少年の方がいいから」
「ふざけんな!」
風牙がむきになって宙に詰め寄ると、遠くから恐ろしいほど冷たい視線が飛んでくる。
見ると、浄霊院本家守備隊の恰好をした二人の少年が、じーっとこちらを見つめている。
「あっ。こんにちはー」
「……えっ」
「や、やば!!」
宙が手を振ると、少年たちは顔を真っ赤にしてどこかへ逃げていった。
「あはは。みんなシャイなお年頃なのかな? かわいいかわいい」
風牙は首を傾げ、嫌な顔をする。
「なーなー。俺も行かないとダメ?」
「当たり前じゃん。第一村人少年なんだから」
「気に入ってんのかソレ」
「うん。気に入ってる。てか君がいないと私完全に浮いちゃうでしょ」
「いや、もう浮いてんだろ」
美女は風牙の前に出ると、楽しそうに先へ進む。
「あんた何者?」
「通りすがりの美女だけど?」
「自分で美女って言うの?」
風牙は負けじと宙の前に出る。しかし、思いっきり道を間違えてしまう。
「もしかして少年、方向音痴でしょ」
「うっ、うっせーな。こっちであってるんだよきっと」
「確信はないのね」
風牙は渡り廊下までたどり着くと、そそくさと渡る。確かこっちに洋館があり、そこに厳夜の部屋があったはずだ。
進むと予想通り、二人の前に大きな洋館の扉が現れる。
宙はわき目もふらず、扉に手をかける。しかし、鍵がかかっているようで開かない。
「あれ。留守? ちゃんと言ったんだけどね、私が来ること」
「娘じゃなかったのかよ」
宙は、くるりと風牙の方へ向き直る。
「まあいっか。それよりもさー」
宙はいたずらっけのある笑みで、風牙に近づく。
「風牙くんは、どうしてこの屋敷にいるの?」
「うげ」
風牙は思わぬ質問に、変な声で答えてしまう。
ふよふよと泳いでいる風牙の目を見た、宙の笑みが深まる。
「だ、だれだふうがって。おれ、ふうがじゃねえもん。さいじょうかげ……じゃなかった、くらと……? だからな!」
「誤魔化し方が壊滅的ね」
わざとらしく口笛を吹こうとして失敗し、口からすかすか音を出している風牙を見て、宙は低い声でツッコミを入れる。
風牙は、嘘がバレたと思い、顔を真っ赤にして宙を睨む。
「どんだけ天然なんだっての。そんなに警戒しなくてもいいから。それこそ、彼女がここにいるから泊りに来てるーとかでいいんだよ。逆に勘繰っちゃうでしょ。本当に“訳アリ”なんじゃないかって」
「わ、訳アリとかじゃねえもん。訳ナシだからな!」
宙の心がざわつく。この天然を、無性にイジってやりたくなる。あまりに風牙の反応が天然すぎて、一周回ってむかついてきた。
宙は不敵にほほ笑むと、まるで空気に溶けるように一瞬で風牙の傍まで移動する。上から風牙の顔を覗き込み、顔をわざと近づける。
「そんな反応されたら、職業柄勘繰りたくなるじゃない」
「うわっ!!」
宙は、誰が見ても美人である。もちろん、風牙もそう思っている。そんな美人から醸し出されるいい香りにあてられ、風牙の心臓がとくんと跳ねる。
顔と一緒に近づいてくる大きな胸から、視線が逸らせない。宙は、ゆっくりと右手を風牙の顔に近づける。風牙の焦りがピークになり、心臓の音が耳の奥まで聞こえてくる。
宙は手のひらをゆっくりと風牙の顔に向け――――――。
「頭にゴミがついてるし」
「へ?」
宙は、風牙の頭をぐりぐりと撫でる。
「な、何すんだよ!」
「それはこっちのセリフだし! あ~! イライラする」
風牙は、からかわれたことに気づいて、余計顔を赤らめる。
茹蛸のように変貌した風牙の顔を見て、宙はケラケラと笑う。
「ま、いいわ。出会って早々、もう君がどんな人間かわかってきたから」
風牙は、宙から露骨に距離を取る。
宙に対する恐怖心が、風牙の中で芽生え始めていた。
あと、純粋にからかわれたことが気に入らない。
「何? 本当に頭に埃でも乗せてあげよっか?」
「い、いらねーよ!」
宙は、そこらに落ちていた枯草を拾うと、風牙に向かって走り始める。
それを見た風牙は、本気で宙から逃げ始める。
「それ、埃じゃねえ!」
「気になるのそこかよ!?」
逃げる風牙と追いかける宙――――――二人は洋館の入り口で盛大に鬼ごっこを始めてしまう。
「何をやっている馬鹿共」
そんな二人を見かねて、屋敷の中から瞬間移動してきた厳夜が、二人の間に割って入る。
目を細め、宙を睨みつける。
「あ、あはは……」
「あははじゃない馬鹿者!」
低い声で叱られた宙は、一瞬で委縮する。それを見た風牙は、してやったりの表情で宙を笑う。
しかし、ギロリと鋭い視線が風牙にも注がれる。
「ずいぶんと仲が良さそうだな。馬鹿二人」
「俺はかんけーねーし!! 誰なんだよこの人!」
「だから~通りすがりの娘だって言ったでしょ」
「なんか混ざってるし……」
「風牙。お前の言わんとしていることはわかる。宙はこういう奴だ」
「ちょっと。なんか私が子どもみたいって言いたいように聞こえるんですけど?」
「そう言っているのだ」
厳夜は疲れたようにため息を吐くと、洋館の扉を開ける。
「ほら宙。さっさと入れ。風牙、もうすぐ五時だ。お前は仕事場に戻れ。もう相手にしなくてもいいぞ」
それを聞いた宙は、露骨に嫌そうな顔をする。
「えー。やだ」
洋館に入ることを拒否した宙は、風牙の腕をがしっとつかみ、告げる。
「風牙くんも連れていく。いいですよね」
「……なぜだ」
厳夜は、重厚な傀朧を体から放出し、怒りを滲ませる。
イライラしている。いつもの厳夜らしくない。
風牙は改めて、なぜ宙が自分の名前を知っているのか気になった。
「……あのさ。なんで俺の名前知ってんの?」
宙は、風牙と厳夜を交互に見遣る。
「色々と訳アリなのは、お互い様でしょ厳夜さん」
それを聞いた厳夜は、何も言わずに二人に背を向け、洋館の中に入っていく。
「やった! ほら、風牙くんも来なよ」
宙は、風牙の腕をつかんだまま、強引に洋館の中に入っていく。
「……わけわかんねー」
風牙の呟きは、洋館の中で光るシャンデリアの明かりに吸い込まれて消える。
番匠宙さんは、私の好きな究極のお姉さん像……かもしれない(笑)




