表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/80

うぃるゆーまりーみー?


 風牙は慌てて咲夜に駆け寄る。咲夜の体は発熱しており、呼吸が荒い。


「てめえ……何しやがった!」


 風牙は熊に殴りかかろうと拳を振り上げる。しかし熊は、風牙の顔に手のひらを向けて、制止させる。


「小生に攻撃しても無駄なのでございます。

 この傀域のルール。さっきも言いました、“試練”。その内容を詳しくご説明いたします。

日本人夫婦やカップルは、恥ずかしがって愛の言葉を囁かない傾向がある! これはとっても由々しきことなのでございます。見ればアナタ方、まだプロポーズの言葉も交わしてない模様。特に風牙氏! アナタ咲夜氏を愛しているなら、しっかりと言えるはずですよね愛の言葉。長くなりましたが、これがルールでございます。アナタが愛の言葉を心から咲夜氏に伝える……もしそれが出来なければ、咲夜氏は毒に犯されて命を失う(・・・・・・・・・・)のでございます」


「な……」


 毒――――――その言葉が風牙の脳内で繰り返される。よく見れば咲夜の体に、この空間を形成しているのと同じ傀朧が入り込んでいた。それは今この瞬間も、咲夜の体を蝕んでいる。傀朧はエネルギーの塊であると同時に、使い方次第で人体に悪影響を与える。


「だ、大丈夫だよ……心配しないで」

「大丈夫じゃねえって!」


『さあさあ! しっかりとお互い愛を伝えるのでございます! それが結婚なのです! それが出来なければ…………。

 見るも無残に爆発してください。風牙氏、咲夜氏』


 風牙は激しい焦燥感で思考が停止している。どうしたらいいのかまるでわからない。

 愛の言葉など、言えるはずもない。これは偽装結婚(・・・・)だ。本物の結婚ならまだしも、偽装結婚に愛などあるはずがない。


「ぁ……ぅ……おれ……」


 風牙は回らない頭で考える。

 嘘でもいいのだろうか。嘘なら吐ける。好きと、言ってしまえばいいのだろうか。

 しかし、功刀風牙という人間は、嘘を吐くのが大の苦手だった。思っていないことを口にするのは、彼にとって苦痛以外の何でもない。


 目が泳いでいる風牙の様子を見て、咲夜は自然と口が動く。


「ごめんなさい風牙さん……」


 咲夜は、懸命に体を起こした。心拍が上昇し、呼吸がより苦しくなる。


「咲夜……?」


 その様子を心配した風牙の手が咲夜に伸びる。しかし、咲夜はそれを払いのける。

 咲夜はゴクリと唾を飲み込み、熊のぬいぐるみに告げる。


「私が言うわ。それでもいいでしょう?」

「おや。咲夜氏は、お強いですね。それに比べて旦那のくせに臆病ですなぁ」


 ぎりり。風牙は歯を食いしばる。咲夜は、今にも殴りかかってしまいそうな風牙の手のひらを握る。

 安い挑発だった。この熊のぬいぐるみは、自分たちを試している。


「私は……」


 動くたびに、体に傀朧()が回っていく。その辛さは、簡単に耐えられる程度のものではない。しかし咲夜は、気丈に立ち上がり、告げる。


「風牙さんのこと……好きよ」


 風牙に微笑みかけた咲夜の顔から、汗が滴れ落ちる。辛い。苦い。けれど、決して負けない意志の強さがそこにはあった。


 ――――――私のヒーロー。

 ボロボロになりながらも自分を、屋敷を守るその姿が、鮮明に咲夜の脳裏を駆け巡る。

 強くて、かっこよくて、決して折れないそんな姿に、咲夜は強い憧れを抱いていた(・・・・・・・・・・)


 恩を返したい。

 私もああなりたい。

 支えたい。


 ――――――どこか遠くへ行ってしまう前に。


 ぐちゃぐちゃだった強い思いが今、鮮明な形となって咲夜を奮い立たせる。


「私は風牙さんのことを、心の底から……」


 ――――――しかし咲夜は、その言葉を言う前に倒れた。


「咲夜っ!!!」


 風牙は咲夜の体を揺さぶる。息はまだあった。しかし、先ほどよりももっと荒い。

 このままでは命に係わる。咲夜を救うためには、一刻も早くこの空間から出るしかない。


『ほんと、強いお方だ』


 熊のぬいぐるみは、ぽつりと言い放つ。

 そして、顔を思いっきり歪ませ、心の底から風牙を嘲笑った。


『ほらほらぁ!! どうしたのでございますかぁ? そこに、愛はないんですかぁ?』


「うっせえよ」


 咲夜の言葉は決して嘘ではない、真実の思い(・・・・・)だった。

 風牙は咲夜の苦しそうな表情を見て、胸の奥が締め付けられる。

 

「わりい咲夜。俺のせいだ。情けねえ」


 ――――――助けになりたい。


 純粋に嬉しかった。これまで生きてきた中で、自分を心配する人の声や姿はたくさん感じてきた。大切なものを失った後、時に憐れみに似た白い目を向けられたこともあった。

 しかし風牙自身、そんな声は全く気にしたことがなかった。というより、理解できなかった(・・・・・・・・)。人を助ける。その姿勢を特別視したことなど一度もなかったから。


 ――――――もっとお前は、自分を大切にしろ。


 祖父から何度も言われた言葉を思い出す。

 理解できなかった。自分の生きる意味を、自分の存在意義を否定されたような気さえした。


 そんな中、咲夜は助けになりたいと言ってくれた。

 風牙は、これまでの咲夜の行動や言動を意識する。


 泣いていた。心配。花。寝ている姿。看病。


 困っていたのは咲夜だった。だから助けただけ。

 けれど今、咲夜は紛れもなく自分を助けるために、体を酷使したのだ。


 情けない――――――!


 風牙は咲夜に頭を下げる。そして咲夜に精一杯の笑みを見せる。

 口を大きく開き、迷いのない、まっすぐな瞳で言い放つ。


「俺、お前のこと好きだぜ! 愛、とか結婚、とかはよくわかんねーけど俺、思ってることちゃんと言う。

 もし、お前が困った時、お前がピンチになった時、呼んでくれ。

 俺がお前を守る。約束する」


 咲夜の目に、じんわりと涙が浮かぶ。


「……うん」


 私も頑張る―――そう言いかけた時、白い世界が一瞬にして崩壊した。


「ぐお」


 体が落下した。見ると、咲夜の下敷きになっていたのは、カメラを持った厳夜だった。


「咲夜様……!!」


 老紳士は下敷きになっている厳夜そっちのけで、咲夜の手を取る。


「お怪我はありませんか……?」

「うん。大丈夫よ」


 風牙がいたから。

 そう目で訴えた咲夜を見て、老紳士はそっと胸をなでおろす。


「さ、咲夜が無事なら何も言うまい……」

「おじいさま!? どうしたの?」

「お前がカメラの中から出てきていきなり私の上に圧し掛かった」


 咲夜は老紳士に手を引っ張られ、その勢いで厳夜から離れる。

 厳夜は不貞腐れた表情で、カメラを睨みつけていた。

 老紳士は、次いでカメラの中から飛び出してきた風牙の顔を見る。

 清々しくも、どこか虚ろな目――――――。


(この短期間で何かあったのか)


 老紳士は風牙に問いかける。


「何があったのですか」

「んー……よくわかんねーけどさ」


 風牙は頭上に向かって両手を伸ばし、大きく伸びをする。


結婚(・・)、できたんじゃねーかなって。知らねーけど」


 ニカッと笑った風牙に、老紳士の表情が緩む。


「そうですか。お二人とも、これは偽装結婚ですよ」

「わわわ……わかってるよ厳太」

「やっぱ俺、よくわかんねー。結婚したらやっぱしちゅーとかすんのかな」


 赤面する咲夜。笑う風牙。


「ええ。するんじゃないですか本物の結婚なら(・・・・・・・)


 老紳士はにっこりと口角を上げる。


 内心最もびくびくしていた厳夜は、三人の様子をそっと伺い、本気で安心していた。


「よかった……本当によかった……」


「厳夜様」


 老紳士の冷たい呼び声に、背筋が凍る。


「は、はい」


 苦笑いする主人を見て、一際大きなため息を吐く。


「そのカメラについて、きちんとお二人にも説明してください」

「そうだぞじいさん!! なんなんだよあの変な熊のぬいぐるみ」

「そうなのおじいさま。くまさんが出てきて、それで……」


()……だと……?」


 それを聞いた厳夜は、顔を引きつらせる。


「わかった……私が馬鹿だった。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「だからちゃんと説明を……」


 老紳士の言葉を遮り、風牙と咲夜が前に出る。

 二人は顔を見合わせると、目をギラギラ輝かせる。


「じいさん、言っとくけどよ……結構大変だったんだからな。咲夜死にかけたし」

「死にかけた!?」

「そうよ。今は全く平気だけど、結構苦しかったんだから」


 厳夜の顔が真っ青になっていく。両手を合わせ、許しを請う。


「すまん……本当に……これを作った大馬鹿者は、私が消しておくから」

「消すなら、きちんと説明責任を果たさせてからにしてくださいね」

「じょ、冗談だ……一応友人だから」


 風牙は厳夜の持っていた例のカメラを手に取った。


「じゃあさ、これで写真撮ろうぜ。みんなでさ」

「うん! それいい!」


「皆で、ですか」


 意外な提案に、老紳士は目を丸くする。


「おう。みんなで撮ったら、多分大丈夫……だよな」

「くまさんがもう一回出てきてもいいんじゃないかな」


 けらけら笑う二人を見て、厳夜は首を傾げる。


「そうか……なら厳太、お前も入れ」

「しかし……」

「いいから」


 咲夜の横に厳夜が立ち、風牙の横に老紳士が立つ。

 厳夜は、瞬間移動し、どこかから三脚を持って戻ってくる。カメラの自動シャッター機能を使ってタイマーをセットする。


『はい、チーズ』


 パシャリ。

 撮られた写真の片隅に、小さな熊のぬいぐるみが映りこんでいることに気づくのは、数日後のことだった。



※ ※ ※ ※ ※



想術師協会本部 


 コンコンコン。


 浄霊院幾夜(いくや)は、洋風アンティーク調の家具で埋め尽くされた室内で、一人書類に目を通していた。


 ノックの音がやけに軽やかだ。ノック音は注意深く聞いていると、叩き方や感覚で誰が来たのかわかる。

 来訪者が誰なのか瞬時に理解した幾夜は、書類から目を離すことなく無視をした。


「うい~っす」


 扉が開き、顔を覗かせたのは茶髪の男だった。色は抜かれ、少し天然パーマが入っている髪は、いつになくボサボサだった。そういえば今日は雨が降っている。湿気のせいだろうか。


「入れ、と言ってないだろう楽斗(がくと)

「いやいや、いつも無視するじゃないっすか」


 幾夜は、フッと鼻で笑ってから来訪者を見る。

 楽斗と呼ばれた青年―――年齢は二十前後、ゆったりとしたTシャツの腰に、赤い上着を巻いている。そして膝上が豪快に空いたダメージジーンズを履いていた。


「せっかく連れてきたのに。幾夜っちが言ってた協力者(・・・)

「そうか」


 軽く返事をした幾夜は、書類を机の脇に移動させる。

 肘をつき、両手の上に顎を乗せ、ドア付近を見つめる。


「さ、入るっす」


 楽斗に促され部屋に入ってきたのは、黒いローブ姿の小柄な男性だった。フードを深く被っており、顔は見えない。


 幾夜の前にあった応接用のソファに促され、男性はゆっくりとソファに近づく。

 男性の体がわずかに震えていることに気づいた幾夜は、目を細めた。


「よく来たね。いや、お久しぶり(・・・・・)とでも言うべきかな。浄霊院衝夜(しょうや)

「よく来た……だと」


 名前を言われた男性は、勢いよくローブを脱ぎ捨て、幾夜の胸倉をつかむ。

 露わになった顔の右半分には、鉄仮面がついている。年齢は、楽斗と変わらないようだったが、髪は白髪交じりで目は虚ろだ。

 ローブの下に着ていたのは、着物型の獄衣。元は白色だったようだが、みすぼらしく薄汚れている。


「今更……何なんだよ……! オイラを鼻で嗤うために呼んだのか。あ‟!?」

「まあそう怖い顔をするな。座りなさい」


 しかし、衝夜は座らず幾夜を睨み続ける。衝夜の虚ろな目には、激しい憎悪の火が灯っていた。


「答えろ! どういう風の吹き回しだ幾夜。オイラに情けでもかけたつもりか……?」


「質問が多いな。饒舌に語れるほど、私の機嫌は良くないが」


 幾夜は全身から傀朧を放出する。

 びりびりと室内の空気を震わせるほどの質に、衝夜の額から汗が滴れる。


「もう一度言おうか。座りなさい」


 衝夜は、歯をぎりりと噛みしめ、ソファに座る。

 体の震えが増し、衝夜は体を両手で力強く押さえつける。


「今更何なんだってんだよ……こんな今更、何をしようってんだ……!!」

「今更ではない。準備ができたんだ。私たちの復讐(・・・・・・)の準備がね」


 低く言い放たれた言葉に、衝夜の震えが一瞬だけ止まった。


「復讐……だと。どうやって!! どうやってあのバケモノ(・・・・)に復讐するってんだ……あいつは……厳夜(・・)は、人間じゃない! どうやったって勝てねえだろ!」

「それを今から君に説明する」


 幾夜は立ち上がると、ソファの後ろに立ち、衝夜に耳打ちした。


「……っ!!」


 衝夜の顔を見ることなく、幾夜は長々と続ける。

 しばらくして、衝夜が落ち着いていることに満足した幾夜は、不敵にほほ笑み席に戻る。


「すでに賽は投げられている。復讐は、浄霊院家の生き残り(・・・・)。つまり君にも、私にも資格があるということだ」


 幾夜は衝夜に手を差し出す。


「オイラは……お前には頼らねえ……あの時オイラたちを見殺し(・・・)にした……お前には……」

「それは君たちが、私たちに黙って下らぬ道楽に興じていたからだろう。厳夜の大嫌いな、選民思想の道楽だ。自業自得だよ。でも大丈夫。私が君の願いを叶えてあげるよ。楽にしてあげよう。従兄妹(・・・)としてね」


 幾夜はゆっくりと、衝夜の肩に触れる。

 すると、定まらなかった衝夜の視点が定まり、体のこわばりが抜けていく。


 こくりと頷いた衝夜は、ソファの上で意識を失った。


「おっ。何したんすか幾夜っち。精神支配っすか?」


 一連の様子を見ていた楽斗は、興味深そうに衝夜を見つめる。


「違うよ楽斗。私はそこまで悪魔ではない。彼の中にある恐怖や不安、そしてあの男に対するトラウマ(・・・・)を取り除いてあげただけさ」


 にい、と口を歪ませた幾夜の目は、ひどく澱んでいた。


「何それこっわ。オレっちにもやってみてくださいよ」

「君には何もしないさ。だって君は、私を裏切ったりしない(・・・・・・・・)だろう?」


 その一言に、楽斗はにんまりと笑う。


「当たり前っすよ幾夜っち。んじゃ、オレっちはこれでー」

「衝夜をよろしく頼むよ楽斗」


 衝夜を軽々と抱えた楽斗は、仰々しく手を振って部屋を出ていく。


「さてと、衝夜にはしっかりと踊ってもらうとしよう」


 幾夜は椅子に深く腰掛け、足を組むと天井を見上げる。


「第二フェーズの始まりだ」





くまのぬいぐるみが映りこんだ写真はガチでホラー(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ここで二人はホントの夫婦になったのねッ! しかしくまのぬいぐるみ……一体何者なのかしら? 結局説明はしてくれないなんて、冷たい人よね。 そして何やら動き出したわね。敵側の動機も「復讐」。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ