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悪役令嬢VS主人公【8】

 しかし次の瞬間、バチン、という音を立てて先ほどプルムを包むように張られた魔法陣が輝き、プルムの手から発せられていた光は掻き消える。

 それ以外には特に何かが起こった様子はない。


「え、あれ?」

「やはり魔法か。魅了魔法ではないな、操るためのものか? 念のため魔封じの魔法を張っておいて正解だったが……人間にそんな魔法は使えないはずだが、お前は」

「どうして邪魔をするの! あなたがいるのなら他のキャラも絶対にいるはずだし、どうせなら今の内に探し出して全員、って思ったのに」

「さっきから何なんだお前は」


 レオス様の心底疲れた表情って実はレアなんじゃないだろうか。

 ここまで話が通じない相手だとしかたがないのかもしれないが。

 それにしても同じ世界出身だとしたら、いったいこの私との差は何なのだろう。

 私はもちろん火以外の魔法なんて使えないし、この子の様に自分の幸せな未来を信じ切ることなんて出来ない。

 プルムはまだ何かを諦めていないのか、もぞもぞと動いている。

 しかし、やはり戦い慣れしているレオス様の方が動くのは早く、プルムが何かする前にレオス様の手から閃光が放たれる。

 細い光は一瞬でプルムのところに届き、彼女が何とか触れようとしていたプルムの腰元をかすめた。


「きゃっ!」


 光がかすめた彼女の腰元から少し煙が上がり、手が赤みを帯びている。

 痛みが信じられないのか、呆然とこちらを見つめるプルムの目からは痛みによるものであろう涙が零れそうになっていた。

 それを冷たい目で見降ろすレオス様がなるほど、と呟き、指で何かを引き寄せるような仕草をとる。

 その瞬間、プルムの腰元、攻撃で破れたポケットの辺りから手のひらに収まるくらいの何かが飛び出し、レオス様の手の中に収まった。


「やはりか」


 じっと手の平に収まったその何かを見つめるレオス様の視線がこちらを向き、ポイッとそれが投げ渡される。

 慌てて受け止めたそれは、透明なクリスタルの中に赤い靄が入っている石の様だった。

 全体的に少し派手だが、美しく細かすぎるほどの装飾が施された台座にはめ込まれている。


「これは?」

「なっ、返して! それは私の特典なんだから! 悪役のあんたなんかが触って良いものじゃない!」

「また意味の分からんことを。お前のそのリウムへの敵意はいったい何なんだ」

「リウムさんはさっぱり相手にしていないのに、逆に哀れですね」

「なんですって!」


 すました顔で毒を吐いたフィロをプルムが怒鳴りつけるが、彼はしらっとした顔をしていた。

 レオス様にしろユート王子にしろ、ゲームの登場人物なだけあって顔は整っている。

 もしかしたら偏見かもしれないが乙女ゲームの世界に望んで来たような口ぶりだったし、さらにあの子のレオス様を見る目つきを考えると整った顔立ちの男性が好きそうに見える。

 ……あの子がフィロを好きにならなくて良かった。

 もしそうなったとしたら、気が気ではなくて冷静ではいられないかもしれない。


「リウム、魔法を使ってみろ」

「え?」

「いつも通り火の魔法でいい、ただし手は自分の体から離せ」

「は、はい」


 レオス様に言われるがまま、手を正面に伸ばしてからランプに火を点ける時のような感覚で魔法を発動してみる。

 発動した瞬間、目の前が真っ赤に染まり熱風が勢いよく顔に当たった。


「えっ」


 ごうごうと燃える炎が、私の手のひらから渦を巻くように発生している。

 私の力ではない、元々こんな威力は出せないし、私の魔力はそこまで消費されていない。

 炎に供給される魔力は、どうやら渡された石から来ているようだ。


「確定か。リウム、魔法を止めていいぞ」

「……はい」

「特典、と言ったか。なぜおまえがこれを持っている? これはあの国でつい最近発掘された鉱物だ。あいつらがお前に渡すとは思えないし、人間にまで力を与えるほどの純度の高いものは今のあの国では発掘できないはずだ」

「鉱物って」

「おそらく、リウムさんのご友人の国で発掘された物では? 魔物の魔力を底上げするとかいう……」

「え、でもあれは……」


 友人は自国のためにとファクル相手にすら取引を持ち掛けて来たくらいの子だ。

 そこまで価値のある石を財のないアルディナ相手に、しかもこの子相手に渡すとは思えない。

 それにあそこまで綺麗な状態での発掘も、台座に施されている美しい加工も今の技術では難しいことだ。

 そもそもあの鉱物は魔力の底上げが出来るというだけで、人間が火の魔法以外を使えるようになるものではない。

 なら……プルムの力とアルディナの補正のような力が別ものであるように、これも別々の力なのだろうか。


「……人間には小さな火の魔法しか使えないはず。才能ある人間が少し大きな火を扱えたとしても魔物たちの魔法の強さには敵わない。人を操るような魔法を何らかの方法で手に入れて、けれど人間では強い魔法にならないからその石で底上げした。そういうことかしら?」

「国一つ意のままに操る魔法など我ら魔物でも使うことは出来ないが……いや、そもそも石を使ったとしても簡単な魔封じの結界で防げているな。だがアルディナの連中には効果が強い、我ら魔物にとっては取るに足らない魔法でも人間には効果があるのか? その割にはアルディナ以外の人間の国には効いていないな。何か条件があるのか……使い手であるお前は有効範囲を把握していないようにも思えるし……おい、聞いているのか?」


 私たちの問いが聞こえていないかのように、未だ呆然と涙をこぼしているプルム。

 声にはなっていないようだが口がわずかに動き、息はどんどん荒くなっている。

 どうやら本当に私たちの声は届いていないようだ。


「魔法かどうか、見てみればいいのでは?」

「そうだな、おい!」


 フィロの提案を聞いて、レオス様がプルムから視線を離さないまま声を上げる。

 一拍おいて、森の方から輝く魔法陣が飛んできた。

 飛んできた魔法陣が横たわるプルムの体を頭からつま先にかけて抜けていき、スッと消える。

 また少しの間が開いて、森の方から聞き覚えのある声、オディロンさんの声が響いてきた。


「その女の魔力は減っています、しかし使われた魔法は該当するものがありません」


 魔力を用いて使われているが、この世界には無い魔法。

 この世界に無いのならば、前世の世界で手に入れたのだろうか。

 あの科学の世界で?

 それこそありえないと思うのだけれど。

 答えを知っているプルムのほうへ視線が集まる。

 広場の魔物たちの視線がすべてプルムに集中したのとほぼ同時に、流す涙はそのままにプルムがこちらを睨みつけた。


「な、んで! なんで、どうして! どうして!」


 今までとは比べ物にならないほどの怒り交じりの声が広場に響く。

 酷く興奮しているようで、荒い息のまま叫んでは涙が零れ落ちている。

 先ほどまで私に向けられた敵意たっぷりの視線は、今は悲愴感と怒りの混ざった視線に変わってレオス様へと向けられていた。


「そこまで興奮するほどのことは起こっていないが?」

「なんであなたが私を攻撃するのっ!」

「自国よりもはるかに大きな敵国に来てそんな態度をとっていれば、攻撃されてもおかしくないだろうが」

「私は“プルム”なのよ!」

「……意味が分からん。弱小国の物知らずな小娘が、我にとっていったいどんな価値があるというのだ」


 ふうふうと先ほどよりも大きな息の音がプルムの口から零れていた。

 レオス様に冷たくそう突き放されたプルムの視線が、また私への敵意へと変わる。


「あなたの、あなたのせいね!」

「……いったい何の話?」

「あなたが物語通りに動かないから! だからこんなことになるんだわ!」


 ギラギラと私を睨みつけるプルムの視線を遮るように、フィロが私の前に立ちふさがる。


「わけのわからないことでリウムさんに絡むのはやめてもらおうか。今のお前の状況にリウムさんは一切関係ない。すべて自分の言動が引き起こしたことだろう」


 プルムの視線が私からフィロへ、そしてレオス様へと移動する。

 相変わらず冷たい目でプルムを見ているレオス様を見て、プルムは大きく息を吐き出した。


「……もう、いいわ」

「なに?」


 突然変わったプルムの雰囲気、彼女の言葉に声を返しながらレオス様が辺りに目配せをする。

 目配せを受けた幹部たちは全員、警戒を強めたように目を細めてプルムを見つめた。


「もういいの。どうせお試しの一周目だったんだから。後悔させてやる、私にべた惚れにさせてから、あなたに傷つけられたことがあるって怖がってやるわ。記憶なんてないでしょうけど、そこで後悔すればいい」

「べた惚れ? お前に?」


 少し驚きながらも呆れた声で返すレオス様と、一気に敵意を増す彼の伴侶たち。

 そんな視線をものともせず、プルムはまた歪んだ笑みを浮かべた。


「もういい、まだエンディング前だったけどまた最初からやるわ! 今度はあんたを幸せなルートになんて絶対に行かせない。その執事とだって出会わない様にしてやる!」


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