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悪役令嬢VS主人公【3】

 視線をまっすぐユート王子へと向けたフィロが口を開くのをじっと見つめる。

 私たちの少し後ろで王座に腰掛けるレオス様も楽しそうに笑っているようだ。


「あなたにはずっとお礼を言いたかったのです」

「礼、だと?」

「ええ」


 フィロの手が私の腰に回り、そっと引き寄せられる。

 彼本来の性格が表情に出ているが、回された手と私に向けられる瞳だけはいつもと変わらず優しい。

 しかしその瞳はユート王子の方へ向いた時点でギラギラとしたものへと変化した。


「あんたがリウムさんから地位を取り上げてくれたおかげで、俺はようやく彼女を手に入れる事が出来たんだからな。礼くらいなら言ってやるさ。どうもありがとう」

「き、さまっ!」


 ひゅう、とレオス様が口笛を吹いたのが聞こえる。

 フィロの言葉は短いし、王子にとってはそこまで怒るようなセリフでは無さそうなのに、口調や態度、表情がすごく人を馬鹿にしたような雰囲気だ。

 この口調がわざとだということは知っているが、それにしてもすごい。

 事前にお互いに言いたいことを言えるチャンスだということもあるし好きに言おうとフィロと相談していたのだけれど、その所々に相手を挑発するような発言をわざと織り交ぜていこうという話にはなっていた。

 誘拐の件に関して何か見つけて隠している可能性もあるので、挑発にすぐに乗ってくるであろうユート王子を怒らせることで隠し事があった場合に少しでも気付く可能性を上げようということだ。

 誘拐のこと、アルディナの謎の力のこと、知っておきたいことはそれなりにあるのでそれが引き出せればいいと思い実行しているが、効果はありそうだった。

 わざと挑発的に言っているだけであって大半が本心なことには変わりないのだけれど。

 ただこれは確実に成功だろう、ユート王子の頬が怒りでひくひくと動いている。

 一瞬だけフィロと視線を交わして、更に追撃をかけることにする。


「まともに自国の評価も出来ない連中が王族として君臨している国に未来なんて無いからな。そんな国でも必死に他国と縁を繋げていたリウムさんへの国民の態度も腹立たしくてしかたなかったが、あんなくずの集まりのような国民のためにと必死になっている彼女のために傍にいようと決めていた。だが悩んではいたよ。あんたが王になったとしたら、確実にアルディナは滅ぶだろう。あんたとリウムさんの婚約は国が決めたものだから俺にはどうする事も出来なかった。だからあの追放の日は俺にとって最高の日だったよ。あんたがリウムさんを追放してくれたおかげで、泥船から脱出できたんだから」

「泥船だとっ?」

「相変わらず自覚なしか。さすが自国よりも遥かに大きな国の人間しかいない勉強会で見当違いの意見を偉そうに口にしていただけのことはあるな。各国の皇太子様方が呆れた目であんたを見ていたことにも気が付いていなかったとは、ずいぶん都合のいい考え方をする頭で羨ましいことだ」


 ユート王子の頭から湯気が出てきそうなほど、彼の顔は真っ赤だ。

 挑発しようとは言ったけれど……フィロ、なんだかとても生き生きとしている。

 言葉だけでなく身振り手振りで相手の怒りを誘っているが、すべてが最大限に効果を発揮している気がした。


「貴様、先ほどから誰に許可を得てそのような口を聞いている! 他国の王族に向かって……っ!」

「良いと言ったのは我らだ。大国相手ですら我がファクルの国民は丁寧に話したりはしない。アルディナという気を使う必要もない弱小国相手になぜ言葉遣いなど気にせねばならないんだ?」

「なんだと!」

「お前がどれだけ理不尽だと思おうが、どれだけ気に食わないと思おうが我らには関係ない。忘れるな、我らが今までお前たちの国に仕掛けていた攻撃などお遊びに過ぎない。お前が今怒鳴りつけている相手は、その気になれば指先一つでアルディナという国ごとお前達の命をかき消す事が出来るということを。リウムもフィロも我が国の住人、お前達に気を使うような立場ではない。お前たちは……いや、他の国の人間たちは外交相手と協力して生きるために相手に敬意を払いながら丁寧に会話するかもしれないが、我らはそれをする必要がない。ファクルはその気になれば国民だけで十分生きていけるからな。そしてそれが他の国に許されるだけの強さも持っている。それともそんなことすらわからなくなったのか?」


 レオス様にそう指摘された王子の口がぎりぎりと音を立て、ふうふうと荒い息遣いが聞こえる。

 ……ゲーム中では与えられていた成長するチャンスを、彼は掴む事が出来なかった。

 ちらりとプルムに視線を向けるが、彼女は相変わらず王子の服を掴むように彼の背に隠れたままだ。

 あの子の動向は気になるが、今は王子の方に畳みかけるチャンスだ。

 はあ、と王子に聞こえるようにため息を吐く。


「その態度、勉強会で自分に向けられていた視線に本当に気が付いていらっしゃらなかったのね」


 私の声に反応した王子の怒りが滲む視線がこちらに向けられるが、レオス様の怒りを目にした事がある今、まったく脅威に感じない。

 まるで子供がかんしゃくを起こしているようだ。


「毎回、毎回、自分の足で調べて来いという課題を人から聞いただけで済ませて。それも得た情報を適切にまとめることすらせずに、自分にとって都合の良い意見しか聞かずに……私は毎回、他国のご令嬢たちにあの王子が婚約者だなんて大変ね、と笑われていたのよ? とても恥ずかしかったわ。それなのにあなたは皇太子様方の呆れた笑みにも彼女たちからの嘲笑にも気づかずに、どうだ俺はすごいだろうと言わんばかりの表情で恥を上塗りしていくのですもの。この人が将来の夫だなんて、本当は嫌で嫌で仕方なかったわ」

「そんな、風に、俺のことを……」

「だってそうでしょう? 今回の誘拐の件だってどうせまともに調べていないのでしょうし」

「当時の書類は読んできた! 時間がない中でも一度は目を通したんだ」

「当時? 当時の書類なんてファクルが調査した時に調べてあるに決まっているでしょう。それに一度目を通しただけなのかしら? 当時そこで働いていた人間を探して話はお聞きになりました? その時以外の書類は読み込まなかったのですか? 働いていた人間でなくても当時からいた奴隷の方を探して話を聞く事も出来たはずでしょう?」

「そ、れは……」

「ご自分にとっての都合のいい情報だけ見つけて、それで満足してしまう癖は相変わらずのようですわね。今回の件はアルディナという国の滅亡が掛かっているにも関わらず、その態度を改めることもない、と」

「っ、だいたい、何故お前はアルディナを庇わないんだ! アルディナ国民への情は無いのか!」

「呆れましたわ、そんなものとうに手放しております。あなたが言ったのでしょう? 私は悪女だ、と」


 あの時……私を追放した時に彼らがやっていたように芝居がかった表情で笑ってみせる。

 こういう雰囲気での挑発は効果があるらしく、王子の顔には先ほどよりも力が入ったようだ。


「私はアルディナにとって悪、そしてファクルにとっては正義。私を有りもしない罪で責め立てて来る人達の命よりも、私を好きだと言って笑ってくれる我が国の子供たちの安全の方が大切に決まっているではないですか」


 アルディナでの日々とファクルでの日々。

 どちらが大切かだなんて比べるまでもない。


「私が自分の評価につながらなくとも必死に働いていたのは、アルディナの令嬢として生きる責任があったからです。自国の人間のために働き、自国の国民のために生き、彼らを守る責任が。けれど今の私はアルディナのリウム=グリーディではありません。私はファクルのリウム、ファクルのために生き、ファクルの人たちを守るために動きます。私が守りたいと思うのは、アルディナではなくファクルです。もっとも彼らは私に守られるほど弱くはありませんけれど」

「なに、その気持ちだけで十分嬉しいさ」


 どこか呆然としている王子を面白そうに見つめながらレオス様がそう答えてくれる。

 面白そうにしてはいるが、彼に向けられる視線は先ほどよりもずっと冷たい。

 これだけ挑発して問いかけたにもかかわらずこの返事とは、どうやら本当に誘拐に関しての情報は持っていないようだ。

 やはり補正なのだろうか。

 いや、もしもこれがあの子の力ならばその余波を受けているのかもしれない。

 得体のしれない補正かあの子の力かはわからないが、どのみちアルディナを守るための何らかの力が働いているのは間違いないだろう。

 王子の背から覗いたあの子の目は、鋭く吊り上がって私を見つめていた。


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