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7 日記

 社交パーティー会場から屋敷へ戻り、寝る支度を済ませてキャロラインは今日も転生前に読んでいた小説の記憶と今後の方針について日記へ書いていた。


(クローク様は私のことを観察すると言っていたけど、おかげで少しずつ距離は近くなっている気がする。ほんの少しずつではあるけど)


 これなら、ヒーローとヒロインに出会うまでにクロークと仲良くなれるかもしれない。くわぁとキャロラインはあくびをして、日記を開いたまま机から離れベッドへダイブする。


(それにしても、今日はなんだか疲れたな。あれだけの人に囲まれてあんなことになったんだもの、当然よね。でもまさかクローク様が助けてくれるなんて……それに一瞬だけど微笑んで下さったし!)


 枕を抱きしめながらキャロラインは嬉しそうに微笑む。そして、だんだんうとうととし始めた。


(眠くなってきちゃったな、もう少し今後の方針について考えたかったんだけど。少し仮眠取るくらいならいいかな)


 ふわぁと大きくあくびをして、キャロラインはほんの少し寝るだけだから、と自分に言い聞かせて瞳を閉じた。





 コンコン、とキャロラインの部屋のドアがノックされるが、返事はない。


「キャロライン?入るぞ」


 そう言って、クロークが部屋の中へ入ってきた。相変わらずシーンとしており、不思議に思ったクロークはベッドの上で何もかけずにすやすやと寝入っているキャロラインを見つける。


(寝てしまっていたのか、あれでは風邪を引いてしまうぞ)


 やれやれといった顔でクロークはキャロラインを起こさぬよう抱え、そっとベッドの中へ入れてあげた。抱えた時にキャロラインの軽さと柔らかさに少し驚く。頭を打つ前のキャロラインには絶対に触れるなと言われていたため、キャロラインを抱きしめたこともなければそもそも手を繋いだことすらない。今日のパーティー会場でキャロラインを庇うときに肩を抱いたが、その時は咄嗟のことであまり気にしていなかった。


(まさかこうやって彼女に触れる時が来ようとはな)


 気持ちよさそうに寝息を立てるキャロラインの顔を見ながらフッと無意識に微笑み、立ち去ろうとしてふと机の上に開かれたままの日記に気づく。そういえば、前にキャロラインが慌てて隠そうとしていたのも本のようなものだった。


 気になって机に近づき、内容に少し目を通してクロークは目を見開いた。


(なんだ、これは……)





(はっ、あれっ?私寝てた?)


 キャロラインが目覚めると、すでに朝になっていた。どうやらあのまま寝てしまっていたらしい。ふと、自分がベッドの中にいることに気がつく。昨夜はちょっと寝るだけ、すぐに起きるからとベッドの上でうたた寝したはず。


(あれ?私、ベッドに入ったっけ?)


 不思議に思って机の上に目を向けると、あるはずの日記がない。


(えっ、まって!どうしてないの!)


 慌ててベッドから飛び降りると、机の引き出しを勢いよく開けた。するとそこには日記がちゃんとしまわれていた。キャロラインはホッと胸を撫で下ろす。


(よかった。ってことは、私、昨日はちゃんと日記を引き出しの中にしまってから寝たってこと?)


 いまいち腑に落ちない。日記は出しっぱなしにしてベッドの上に寝転がって寝てしまっていたはずだ。それなのに、自分はベッドの中にちゃんと入っていて、日記も机の引き出しにしまわれている。


 うーんと考え込んでいると、コンコンとノックの音がする。


「はい」

「キャロライン様、お目覚めですか?もうすぐ朝食の支度が出来上がりますよ」


 部屋に入ってきたメイドのユリアが、笑顔でキャロラインへ告げた。





 ダイニングに行くと、すでにクロークが席に座っていた。


「おはようございます、クローク様」

「ああ」


 クロークは最近、時間が取れればキャロラインと食事を共にするようになっていた。もちろんキャロラインを観察するためなのだろうけれど、キャロラインにとってはクロークとの距離を縮めるチャンスだ。


(なんだろう、今日のクローク様は少し機嫌がよろしくなさそうね。何かあったのかしら?)


 出された食事を食べ始めながら、キャロラインはクロークを見て違和感を覚える。いつも真顔で不機嫌そうだと勘違いされがちだが、今日は実際に不機嫌そうに見える。レオなら原因を知っているのだろうかとレオへ視線を向けると、レオはこちらを向いて静かに首を振った。どうやらレオにもわかっていないようだ。そんなキャロラインとレオの視線のやり取りに気づいたクロークは、目に見えて渋い顔をする。


「……今夜、君に話がある。俺が仕事から帰ってきたら執務室へ来てくれ」

「え、は、はい。かしこまりました……」


 不機嫌そうな顔でそう言うクロークに、キャロラインは静かに返事をするしかなかった。


(なんだろう、話って。まさか、やっぱりお前は怪しいとかなんとか言われる?それとも、観察はもうやめるから金輪際話しかけるな、とか?)


 せっかく距離が縮まってきたと思ったのに、最悪な予想しか思い浮かばない。せっかくの美味しい食事も、クロークの一言で喉を通りにくくなってしまった。そしてしょんもりするキャロラインを、クロークは厳しい眼差しで見つめていた。





 その日の夜。キャロラインがコンコン、と執務室のドアをノックすると、ああ、とすぐにクロークの返事が聞こえる。


「キャロラインです」

「どうぞ」

「失礼します」


 静かにキャロラインが執務室へ入ると、自席に座って仕事をしていたクロークは机の上に積み重ねられた書類に目を通しながら、チラ、とキャロラインへ視線を向ける。


(帰ってきてからもまだお仕事をなさってるのね、大変だわ)


「そこのソファに座ってくれ」

「わかりました」


 促されるまま、キャロラインはソファに座る。クロークの執務室に入るのは初めてで、キャロラインは少しワクワクしてしまう。キョロキョロと辺りを見渡していると、自席からクロークが立ち上がり、キャロラインの向かいのソファに座った。


「お話というのはなんでしょうか」


 緊張しながらもクロークの顔をしっかりと見つめてキャロラインが尋ねると、クロークはキャロラインを真顔で見つめたままだ。どちらも、視線をそらすことなくジッと見つめ合う。どのくらいそうしていただろう、ようやく、クロークが口を開いた。


「……ユキというのは一体誰のことだ」


 クロークの言葉に、キャロラインは両目を見開く。膝の上に置いていた両手は震え、まるで全身の血の気がひいていくようだ。


「どうして……」


 そう言ってから、キャロラインはハッとする。


「まさか、読んだのですか?人の日記を!?」

「それについては謝る。だが、たまたま机の上に開かれたままで、君が以前慌てて隠そうとしたものに似ていたから気になった。もしかすると君が別人のようになってしまった原因に繋がる何かなのではないかと思っていたのだが……」


 そう言って、目を細めてキャロラインをジッと見据える。


「この世界が小説の中の世界で、俺が君を惨殺し、俺は兄に殺される。あれにはそう書いてあった。だが、意味がわからない。一体どういうことか教えてほしい」

「そ、それは……」


 キャロラインは動揺して視線を泳がせる。日記を読まれてしまったのであれば、もうどうしたってごまかすことはできない。頭を打った衝撃でおかしくなったせいです、と一時的に言い逃れたところで、いつかはバレてしまうだろう。キャロラインはぎゅっと目を瞑ってから大きく深呼吸して、顔を上げる。クロークの美しいオッドアイと視線が重なった。


「……わかりました。信じてもらえるかどうかはわかりませんが、クローク様には本当のことをお話しします」



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