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45 消えることのない気持ち

 キャロラインの不安そうな顔を見て、レオは優しく微笑んだ。


「そうですね。トリスタン様の言っていたことについてまだはっきりとしたことはわかりませんが、だいたいの予想はついています。恐らくトリスタン様からの連絡も近いうちには来るのではないかと思いますので、それまでに色々とこちらも下準備をしておくつもりです。けれど、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。キャロライン様は何も気にしないでください」


 そう言って、またレオは手元の書類を片付け始める。


「……でも、レギウス家の命運とか、お義父様を失脚させるとか言っていたでしょう。それによって、トリスタン様やクローク様のお立場も危うくなる可能性だってあると思うの」


 場合によっては、レギウス家自体の存続もかかっているのではないだろうか。キャロラインが不安に思っていることを口にすると、レオはキャロラインへ視線を向けてからニヤリとする。


「まあ、その可能性はゼロではありません。ですが、トリスタン様はそれでもレギウス家のために事を起こそうとしているんです。それに、どうなろうとトリスタン様とクローク様は問題ないでしょう。どうとだってできますし、どうにだってなれます。お二人とも優秀ですからね。あまり見くびらないでください」

「っ、ごめんなさい、そんなつもりは……」


 思わずキャロラインが申し訳なさそうに謝ると、レオはフッと微笑んで首を振った。


「いえ、いいんです。俺も言いすぎましたね。キャロライン様は純粋にお二人を、そしてレギウス家を心配しているのでしょう。でも、大丈夫ですよ。トリスタン様は勝ち目のない戦はしない主義ですし、クローク様は勝ち目のない戦だとしても必ず勝ちます。そういうお方たちです。それに、俺もいますしね」


 そう言ってレオは茶目っ気たっぷりにウィンクする。それを見て、キャロラインは思わずふふっと笑ってしまった。


(……そうよね、レオがこう言うんだもの、きっと何があっても大丈夫だわ)


 小説内のレオは何事にも動じずいつも何でもこなす優秀な人間だ。この世界で実際に生きているレオも、その優秀さは小説内のレオに全く劣らない。そんなレオが言うのだから、きっと大丈夫だと思えてしまう。


「そうね、レオにそう言われたら、なんだか安心しちゃったわ」

「それはよかった。不安そうな顔でいられたら、クローク様が帰って来た時に何を言われるかわかったもんじゃありませんからね。それにキャロライン様は笑顔でいるのが一番お似合いです」


 そう言ってレオは手元の書類を魔法であっという間に消してしまった。恐らくは自室にでも飛ばしたのだろう。


「さて、キャロライン様がせっかくお目覚めになられたのですから、お茶とお菓子の時間にしましょう。キャロライン様の好きなものをご用意しますね」


 レオがそう言うと、キャロラインは嬉しそうに微笑んで力強く頷いた。



 ◆



「キャロライン、レオと二人きりで過ごした一日はどうだった?」


 その日の夜。寝る支度を済ませキャロラインの部屋にやって来たクロークは、キャロラインの隣に座りキャロラインの髪の毛を指でくるくると弄びながらじっとりとした目でキャロラインを見つめている。


「どう、といいますと?」

「大好きな推しと二人きりだったんだ。胸がときめくようなことのひとつやふたつ、あったんじゃないのか?」


 そう言うクロークの声は重い。それに、明らかに何かを探るような目つきでキャロラインを見ている。


「そ、そんなことは……」


 正直に言えば、全くなかったとは言えない。だが、そんなことがクロークに知れたら不機嫌になるのは目に見えているし、何よりレオが無事でいられるかどうか疑問だ。キャロラインが静かに視線を逸らすと、クロークはムッとしてキャロラインの顎を掴んだ。


「無い、とは言わないんだな?」

「な、なかったですよ!」

「本当に?俺に隠しても無駄だぞ?どんな些細なことでも正直に言った方が身のためだ」


 無理矢理視線を合わせるクロークの目は灼熱かというほど燃えている。


「別に、隠すわけじゃありません。……その、推しということをすっかり忘れていたので、久々に推しだったということを思い出して少し驚いただけです」

「驚いた?」

「な、なにもやましいことはありませんでしたよ!ただ、私が転びそうになった時にレオが受け止めてくれただけで……」

「それで、そういえばレオが推しだったということを思い出して、動揺してしまったと?」


 ふうん、と小さく吐き捨てながら、クロークは掴んでいた顎を離すと手を滑らせてキャロラインの頬を撫でる。


「レオを屋敷へ置いていったのはクローク様ですよ?私の側にいるように指示を出したのもクローク様です。それなのにそんな不満げになるなんて」

「ああ、俺だな。だが、それはそれ、これはこれだ。最愛の妻が推しに胸をときめかせて不満にならないわけがない。全く、せっかく推しだということを忘れていたのに思い出して動揺するなんて……」

「レオは何も悪くないですよ!?私を助けてくれただけですから」


 キャロラインが慌ててそう言うと、クロークはふんと鼻を鳴らし視線をそらして小さくため息をついた。


「そんなことはわかってる。別にレオを非難するつもりはない。ただ、気に食わないものは気に食わない。全く、兄上から連絡が来るまでこれが続くと思うと正直きついな。仕事をしていてもふとキャロラインとレオのことを考えて胸がむかむかしてくる」

「……そんなに私とレオのことが信じられませんか?」


 悲し気な声にハッとしてクロークがキャロラインを見ると、キャロラインは膝の上で両手をギュッと掴み、悲しそうに下を向いている。


「キャロライン……」

「確かにレオは転生前の私の推しです。それに、今だって推しています。でも、だからと言ってレオとどうにかなりたいだなんて一度も思ったことありませんし、クローク様のことだけが好きなのに……。レオだって、私のことはただの主としか思っていません。私を愛するのも、愛されるのも、クローク様ただ一人だと言っていました」


 さらに強く両手をギュッと握り締め、キャロラインは顔を上げる。


「クローク様が心配になる気持ちを否定するつもりはありません。でも、もう少し信頼してくだっさってもいいのではありませんか?あまりにも信頼されてなさ過ぎて、悲しいです……」


 そう言って、キャロラインはまたシュンと項垂れた。そんなキャロラインを見て、クロークの胸は張り裂けんばかりに痛くなり、思わずキャロラインを抱きしめた。


「っ!?」

「すまない。わかってる。信頼もしてる。これは本当だ。でも、キャロラインとレオのことを思うと気持ちが止められない。そもそも、レオだけじゃない。たとえレオじゃなくとも、キャロラインの側にいる男、近づく男は誰であろうと気に食わないし近寄らせたくない。近寄ろうものなら腸が煮えくり返りそうだし、なんなら殺してやりたくなる」

「ク、クローク様、物騒すぎます!」

「ああ、そうだな。実際にはしなくても、そう考えてしまうほどにキャロラインのことが大切なんだ。この気持ちは君を愛しているという証拠だ。だから無くなることはない、絶対に。でも」


 そう言って、クロークはそっと体を離すとキャロラインの瞳を覗き込む。


「キャロラインのこともレオのことも信頼はしてるんだ。これは本当に本当だ。信じてくれ」


 クロークの美しいオッドアイは力強くキャロラインを見つめている。その瞳を見ながら、キャロラインは眉を下げてフッと小さく微笑んだ。


「信頼してくれてるんですね?」

「ああ、もちろんだ」


 クロークの返事に、キャロラインはクロークの両頬をそっと両手で挟み込む。


「それなら、いいです。クローク様がやきもち妬きで嫉妬深いのは仕方ないですけど、それだけ私を愛しているということだと言われてしまったら、受け入れるしかないですもの。それに、それはそれで嬉しいですから」


 ふふっと嬉しそうに微笑むキャロラインを見て、クロークはホッとする。そして、キャロラインの額へ自分の額をつけて微笑む。


「残念だが、この気持ちが消えることはない。最後までこの気持ちに付き合ってもらう」

「むしろ、消えてもらっては困ります」

 

 そう言うキャロラインに、クロークは満足そうに笑うとキスをする。そしてそのまま、熱い口づけが始まった。



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