44 推しの矜持
悲しそうな顔でレオがキャロラインの髪の毛を撫でつけている。たまに花びらを取っているかのような手つきをしているが、実際は花びらはついていない。
(え、ええ?レオ?)
最初は何を言われているかわからなかったが、レオの言っている意味がわかると、キャロラインは途端に顔を赤くし始めた。確かに、推しであるレオがこんな至近距離で、しかも髪の毛を触っているという事実はキャロラインにとって心臓が飛び出そうなほどだ。
(最近はレオのことを推しっていうよりもクローク様の大切な側近で、私にとっても大事な従者ってイメージになってたから……推しってことを忘れてた訳じゃないけど、でも意識してなかった!)
言われた途端に推しとして意識をし始めてしまったキャロラインは、レオから視線を逸らして慌てて目線をあちこちに泳がせている。そんなキャロラインを見て、レオは満足そうに微笑んだ。
「よかった。まだあなたの推しとして存在できていたみたいだ」
レオの心底安堵したような声を聞いて、キャロラインはハッとして思わず顔を上げる。
「そ、それは当然です!レオはクローク様にとってなくてはならない存在、とっても優秀な側近で、小説を読んでいる頃から本当に素敵だと思って推していたし、実際にこうして同じ世界で生きていてもその素晴らしさが本当に伝わってきて推さない理由がどこにもなくって、絶対に幸せになってほしいって心からおも……」
勢いよく途中までそう言って、キャロラインはハッとする。キャロラインの発言にレオが両目を大きく見開きほんのり耳を赤く染めていることに気がつき、キャロラインの顔も一気に茹蛸のようになる。
「ご、ごめんなさい……」
(勢い余って本人の前で言っちゃったけど、すっごく恥ずかしい!)
「……いえ、まだあなたにとって推しであることがわかってよかったですよ。ふふっ、それにしても推しだと意識した途端に茹蛸みたいに真っ赤ですね。こんなところクローク様に見られたら一大事ですよ」
「なっ!元はと言えばレオのせいじゃない!もう、からかわないでよ!」
ククク、と楽しそうに笑いながらそっと腕を離すレオに、キャロラインはムウッと頬を膨らませて抗議する。
「はは、申し訳ありません。さ、風が強くなってきたし、屋敷の中に戻りましょう。お茶を淹れますよ」
屋敷の中に戻って来ると、キャロラインは談話室のソファに座った。レオはお茶を淹れに行っているので、キャロラインは久々に一人きりだ。
(全く、レオったら急に揶揄うんだから……!)
さっきまでのやり取りを思い出してキャロラインはほんのり頬を赤らめ、窓の外に広がる空をぼんやりと見つめる。色んなことが目まぐるしく起こり、推しとしての存在をすっかり忘れていたが、本人にあのように言われてしまえば意識しない方が無理というものだ。小さくため息をつくと、窓からは日の光が入ってきてちょうどいい具合にキャロラインを照らし、ぽかぽかとあたたかい陽気に照らされていた。
(庭園を歩いたからかしら、なんだか少し疲れちゃった。それに、あたたかくて眠くなってきたわ……もうすぐレオがお茶を淹れてきてくれるのに……)
うとうととまどろみ始めると、キャロラインはいつの間にかソファに寄り掛かったまますやすやと寝てしまった。
◆
キャロラインが談話室でうたた寝をし始めたころ、レオはスティルルームでお茶とお菓子の準備をしていた。スティルルームメイドにはレオが自ら準備をすると告げて、他の仕事をさせている。
キャロラインが好む茶葉を選定しながら、ふと庭園でのことを思い出す。キャロラインを受け止めた時、なぜか腕を離すことができず頬へ手が伸びたこと、花弁を取るフリをしながら髪の毛を撫でたこと。その一つ一つを思い出してレオは小さく首を振った。
(なぜあんなことを……キャロライン様はクローク様の最愛の人であり、俺の主でもある。そもそもキャロライン様とどうこうなりたいとも思わない。俺にとってキャロライン様は近くて遠い、手が届きそうで届かない存在。むしろ届かなくていい存在だ。それでいいはずなのに……)
キャロラインから推しとしてどれだけ大切かという気持ちを聞いた時、心の底から嬉しく思い、同時に安堵した。そもそも推しだということをそこまで大したものではないと思っていたはずなのに、いつの間にか意識されなくなっていたことが気になっていたのかもしれない。
(全く、身勝手もいいところだな)
自分自身へ呆れたように苦笑すると、レオはお茶のセットとお菓子をティーワゴンに乗せて談話室へ向かった。
「キャロライン様、お茶とお菓子をお持ちし……」
レオが談話室へ戻ると、キャロラインがすやすやと眠っているのが見えて慌てて口を閉ざした。
(庭園を歩いて疲れたのか。最近は色々あってきっと気も張っていただろうし、気が緩んだ証拠だろうな。これはこれで良かったのかもしれない)
フッと微笑むと、レオは音を立てないようにそっとキャロラインへ近づく。そして、キャロラインの隣には座らず、足元に跪いた。キャロラインは相変わらずすやすやと寝息を立てて寝ている。たまにフッと表情が柔らかくなる時があり、レオはそれを見て優しく微笑んだ。
キャロラインを起こさないようにそっと、キャロラインの片手を取る。それからキャロラインの顔を見上げると、口を開く。
「あなたの側にいてあなたをお守りするのも、あなたを愛するのも、あなたに愛されるのもクローク様ただ一人です。……ですが、あなたの推しというポジションは、どうか俺だけに与えてください。どうか今までもこれからも、たった一人俺だけが、あなたの唯一の推しで在ることをお許しください」
囁くような小さな声でそう言うと、レオはキャロラインの片手にそっと口元を近づける。だが、その唇は手の甲には触れず、まるでキスしているかのような様子だけを見せてすぐに離れ、キャロラインの片手をキャロラインのひざ元へそっと置いた。
キャロラインは起きる気配もなく、まだ穏やかに眠っている。その幸せそうな寝顔を見つめ、レオは微笑んで静かに立ち上がると、ソファのひじ掛けに置かれていたブランケットを手に取り、そっとキャロラインにかけた。
◆
(……)
ふと、キャロラインは目を覚ました。どのくらい眠ってしまったのだろう、ぼうっとした頭で周囲を見渡すと、向かいのソファにレオが座っている。テーブルの上には書類が乗っており、レオの手元にも書類があってレオは真剣にそれを読んでいた。
「レオ……」
キャロラインが小さく声を出すと、それに気づいたレオがキャロラインを見て微笑み、手元の書類を机に置く。
「おはようございます、キャロライン様」
「ごめんなさい、私、いつの間にか寝てしまっていたわ。どのくらい寝ていたのかしら?」
「一時間程度ですよ。気にしないでください、俺もちょうど調べものを整理していたところなので良かったですよ」
(調べもの……もしかして、トリスタン様の言っていたことかしら)
トリスタンはいずれレオの力を借りると言っていた。優秀なレオのことだ、何かしら思い当たることがあってすでにそのことについて調べ始めているのかもしれない。
「目覚めのお茶を淹れてきましょう」
そう言ってレオは机の上の書類をまとめ始めた。このままだと何も聞けずにレオが行ってしまうと思い、キャロラインは心配そうな顔でレオを見つめる。
「もしかして、トリスタン様の言っていたことについて調べているの?」




