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43 推しの心

 クロークが仕事に行ってからキャロラインが身支度を済ませて部屋を出ると、部屋の前にレオが待機していた。


「レオ!」

「おはようございます、キャロライン様。クローク様の言いつけにより、キャロライン様の側につくことになりました。まずは朝食ですよね。参りましょうか」


 そう言って爽やかに微笑むレオは流れるようにキャロラインをエスコートし、あっという間にダイニングルームへ到着した。


 キャロラインが食事をしている間、レオはキャロラインから少し離れたところで立っており、ただじっとキャロラインを見つめている。


(なんだろう、この居心地の悪さ……レオのことは嫌いじゃないし、むしろ転生前は推しだったけど、だからこそなんだか変な感じがする)


 いつもはクロークと一緒に行動しているレオが、今は自分の側につきっきりなことに違和感を感じてしまう。だが、そんなキャロラインの心を知ってか知らずか、レオはニコニコと微笑みながらキャロラインを見ている。


(ええい、考えても仕方ない。きっとそのうち慣れるわよね。それよりも今は目の前の朝食に集中しよう!ああ、とっても美味しそうだわ!)


 朝食を食べ始めると、その美味しさに思わず頬が緩む。あっという間に食べ終わり、美味しかったと満足そうにしていると、不意にレオと視線がぶつかった。


「キャロライン様は本当に美味しそうに食べ物を食べるんですね。クローク様がいつもおっしゃっておいででしたが、目の前で見ていて本当に良い食べっぷりでしたよ」


 ククク、と楽しそうに笑ってそういうレオに、キャロラインは思わず顔を真っ赤にする。


「やだ!見ていたの?恥ずかしい」

「良いじゃないですか。頭を打つ前のキャロライン様はここの食事にいつも難癖をつけて料理長を困らせていたと聞いていましたが、今では料理長がキャロライン様を喜ばせたくて毎日腕によりをかけているそうですね。いつも全部綺麗に食べてくれると嬉しそうに話していましたよ」


 レオが優しい眼差しでキャロラインに言うと、キャロラインは目の前の空になった皿をそっと見つめる。


「頭を打つ前の私が、なんてあんなにこの料理を美味しくないって思っていたのか今でも理解できないの。きっと、自分自身が満たされていなかったからなんでしょうね。こんなに美味しい料理や素敵な人たちに囲まれているのに、全く気がついていなかった。ずっと不満で、不足で、傲慢で……でも、そんなだからさらに不満で不足を感じてしまう。頭を打って、ユキの記憶を取り戻して本当に良かったと思ってる。頭を打つ前の私の行動は残念ながら取り消せるわけじゃないけど」


 眉を下げて悲しげにキャロラインが微笑むと、レオは否定するように小さく首を振った。


「それでも、今のキャロライン様に関わった人たちはみんな今のキャロライン様に惹かれ、慕っています。昔のキャロライン様の行動は取り消せなくても、今のキャロライン様はそれを覆すほどの魅力と品性をお持ちです。だから、自信を持ってください。あなたはクローク様の最愛の方であり、俺やこの屋敷の人間にとって自慢したくなるほどの立派な主ですよ」


 レオは綺麗なペリドッド色の瞳を真っ直ぐキャロラインへ向けて力強く言う。その言葉に、キャロラインの心の中へふんわりとあたたかさが広がっていく。


「ありがとう、レオ。あなたにそう言ってもらえて、本当に嬉しい!これからもあなたたちに恥じないよう頑張るわ」


 両手を顔の前で合わせキャロラインが心底嬉しそうに微笑んでそう言うと、レオも嬉しそうに微笑む。そこへ食後のデザートが運ばれ、目の前に出されたスイーツにキャロラインは目を輝かせる。そんなキャロラインを見ながら、レオは小さくつぶやいた。


「全く、とんだ人たらしにお成りだ」

「……?何か言った?」

「いいえ、何も言ってませんよ。さ、俺のことは気にせずデザートに集中してください」


 何か聞こえたような気がしてキャロラインが首を傾げると、レオは肩をすくませて首を振る。そんなレオの様子にまた小さく首を傾げつつも、キャロラインはすぐに目の前のスイーツを見て目を輝かせる。

 そんなキャロラインを見ながら、レオはまた優しく微笑んでいた。



 ◆



 朝食を食べ終わると、キャロラインは屋敷内にある庭園に足を運んでいた。もちろん、レオもすぐ側を歩いている。


(はあ、花の良い香り!いつもきちんと手入れされていてここはいつ来ても素敵だわ)


 季節によって変わる色とりどりの花たちに、キャロラインはうっとりとしながら花の香りを楽しんでいた。歩いていると、先方に庭師の姿を見かけてキャロラインは小走りで駆け寄る。


「ブラウン!」

「おお、キャロライン様!」


 庭師のブラウンがキャロラインに気づいて帽子をとり、微笑みながらお辞儀をした。


「いつも綺麗に手入れしてくれてありがとう。今日も本当に素敵ね」

「そう言っていただけると庭師冥利につきます」


 キャロラインとブラウンが庭談義に話を咲かせているのを、少し離れた所からレオが見つめている。庭師と話をしながらコロコロと表情を変えるキャロラインを見て、レオは自然と口角が上がっていくのを感じていた。


 少し経つと話が終わったのだろう、庭師がお辞儀をするとキャロラインは庭師に手を振り、来た道を戻ってレオの元へ走ってくる。そんなに走ったら転んでしまうとレオが心配そうに眺めていると、キャロラインは手に綺麗な花を持っていた。


「待たせてしまってごめんなさい、レオ!見て、新しく咲いた綺麗な花をブラウンにもらっ……」


 レオの近くまで来たキャロラインは、道につまづいて倒れそうになり、咄嗟にレオが受け止める。


「っ、大丈夫ですか?」

「ご、ごめんなさい!足がもつれてつまづいてしまったわ!はあ、転ばなくてよかった。受け止めてくれてありがとう」


 レオはキャロラインの腕を掴んだまま気遣うようにそっと体を離すと、キャロラインはレオを見上げながら困ったように微笑む。キャロラインと目があった瞬間、風が吹いてフワッとキャロラインの美しいローズピンク色の髪が風に靡き、キャロラインが持っている花の香りと花びらが一面に舞う。そのあまりの美しさに、レオは思わず目を見張った。


 もう大丈夫なのだからキャロラインの腕を離しても良いはずなのに、金縛りにあったかのように動けない。レオはキャロラインの紫水晶のような瞳に吸い込まれてしまいそうだった。そのまま、無意識にキャロラインの頬へ片手が伸びる。


「……レオ?」


 どうしたのだろうかとキャロラインがレオの名前を呼ぶと、レオはハッとして手を一瞬止める。そしてその手は頬ではなく頭の上に伸びて、髪の毛をそっと撫でた。


「花びらがついていましたよ」

「えっ、本当?ありがとう」


 キャロラインがお礼を言うと、レオはにっこりと微笑んだ。だが、まだ片手はキャロラインの腕を掴んだままだ。キャロラインが違和感を感じてレオを見つめると、レオは何かを企むような目でキャロラインを見る。


「?」

「キャロライン様にとって、俺は推しなんですよね?それは、今でも変わりませんか?」

「……え?」


 突然何を言っているのだろうかとキャロラインが不思議そうに首を傾げると、レオはまた髪の毛を優しく撫で付けた。


「前は俺の顔を見たり至近距離になっただけで顔を真っ赤にして目を逸らしていたのに、最近は全くそんな素振りを見せなくなりましたよね。もう、俺はあなたの推しではなくなってしまいましたか?」

 



 

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