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28 それぞれの思い

 キャロラインの両親がキャロラインの再婚相手にしようとしているのがトリスタンだと聞いたキャロラインは、唖然としてクロークを見つめた。


「それは、本当なんですか?」

「レオが調べたことだ、間違いない。兄上はまだ結婚をしていないからな。何より、キャロラインの両親へ話を持ちかけたのが父上だそうだ」

「クローク様とトリスタン様の、お父様が!?」


 さらに驚く内容でキャロラインはあいた口が塞がらない。


「そんな、どうして……!いくらトリスタン様がまだ結婚していないからって、どうして私なんですか?それに、トリスタン様にはマリア様がいます。トリスタン様だってこの話は拒否なさるはずです」

「それが、兄上は同意したらしい。マリア嬢のことは、父上から第二夫人にでもすればいいと言われているらしい。マリア嬢は子爵家で兄上の正式な相手にはしたくないんだろう。それに、父上は頭を打ってからのキャロラインの評判が良いことを偉く気に入っているらしい。兄上がどういうつもりかは知らないが、恐らくは俺からキャロラインを奪うことが楽しいんだろう」

「そんな……楽しいだなんてあんまりです!」


 小説ではヒーローであるトリスタンが、そんなことを楽しむようには思えない。小説の中のトリスタンと、この世界のトリスタンは性格が違うのだろうか。それに、ヒロインのマリアを第二夫人にするだなんてあり得ないことだ。


「納得がいきません。それに、そんなことにうちの両親まで乗り気でいるだなんて……」

「レオは、恐らく君の両親が君を取り返しに来る時に兄上も一緒に連れてくるだろうと言っていた」

「トリスタン様が……」


 キャロラインは厳しい顔でテーブルの上を見つめる。


「キャロライン、俺は例えどんなことがあっても君を両親や兄上に渡すつもりはない。万が一、君が行きたいと言ったとしてもだ。それでも、俺は絶対に君を手放さない」


 キャロラインの手をぎゅっとキツく握り締め、クロークは執着心が見えるドロリとした瞳でキャロラインを見る。それはもはや見つめると言うより睨みつけるようで、まるで蛇に絡みつけられているようにさえ思える。だが、キャロラインはその瞳にも臆することなく、キリッとした顔で見つめ返した。


「私は絶対にクローク様のそばを離れたりしません。何があっても絶対にです。それに、父上たちの身勝手は絶対に許すことができません」


 トリスタンにひとこと物申したいくらいだ。マリアのことをどう思っているのか、どうしてこうも簡単にこの話を受け入れてしまったのか直に問い正したい。


 キャロラインの勇ましい様子に、さっきまでの恐ろしい様子は影を潜めクロークはほっとしたように息を小さく吐いて微笑んだ。


「相手が兄上だと知って、あり得ないとは思っているがキャロラインの心変わりが起こったらと心配していた。だけど、そんな心配はやはりいらなかったな」


 そう言ってから、すぐにクロークは真剣な顔でキャロラインを見つめる。


「キャロライン、恐らく君の両親と兄上は俺たちが白い結婚だからという理由で離縁させたがるだろう。だったら、その理由を無くしてしまえばいい」


 クロークのオッドアイがギラリ、と光ったような気がしてキャロラインは息を呑む。


「俺は君を愛している。今すぐにでも君を抱きたいし、今までだって何度も思った。……恐らく一週間以内には君の両親がここに乗り込んで来るだろうと踏んでいる。それまでに、気持ちを固めてくれないか?」

「クローク様……」

「本当はこんなことのせいで慌てて事を急いだりはしたくないんだ。もし君の気持ちがまだ追い付かず無理だと思うなら、それでも構わない。君の気持ちを無視したいとは思わないからな。だから、どちらにせよまず俺との体の結びつきを真剣に考えてみてはくれないか」


 クロークはまるで祈るようにキャロラインの手を自分の額に当てて、絞り出すようにそう言う。


(クローク様、私の気持ちを考えてずっと待っていてくださったんだわ)


 クロークとそういうことになるのは嫌なわけではない。むしろ嬉しいとさえ思っている自分がいる。だが、頭を打つ前の自分のクロークに対する言動を思い出すと、クロークの気持ちを素直に受け入れて良いのだろうか、そんな資格が自分にはあるのだろうかと思ってしまうのだ。


 それに、クロークはあくまでも数少ない理解者としてキャロラインのことを必要とし、執着しているのだろう。クロークにとってはそれを愛情だと思っているのかもしれないが、今後クロークの誤解された人柄が理解され、人と関わるようになったら、自分は必要なくなるかもしれない。そんな恐ろしさも感じていた。


 要するに、キャロラインは失いたくない、傷つきたくないと思ってしまうほどクロークのことを好きになってしまっているのだ。


(クローク様はこんなにも真剣に向き合ってくれているのに、私は自分が傷つくのが怖いだなんて……)


 キャロラインは目を瞑り、ほうっと小さく息を吐いた。その息をため息と勘違いしたクロークは顔をあげ、悲痛な表情を向ける。そんなクロークを見てキャロラインは慌てて口を開いた。


「クローク様、誤解しないでください。今のは考えるのが嫌だというため息ではありません、自分の不甲斐なさを痛感しただけなんです。……クローク様のお気持ちはわかりましたし、そこまで思ってくださって本当に嬉しいです。両親が乗り込んでくる前に、ちゃんと考えて答えを出しますね」


 真剣な顔でそう言うキャロラインの紫水晶のような瞳が、照明に照らされてキラキラと輝いている。その瞳には、嬉しそうに微笑むクロークの顔が映っていた。



 ◆



 キャロラインとクロークが話をしている頃、レオは自室で今後の策を練っていた。


(トリスタン様のことを話した時、クローク様が荒れることも視野には入れていたが、意外にも落ち着いていたな。もしかすると、トリスタン様かもしれないと既に気づいていたのかもしれない)


 机の上にある書類を手に取ると、目を通してから書類をばさっと机に放り投げた。書類にはクロークとトリスタンの父親、キャロラインの両親について書かれており、双方の思惑についても詳しく書かれていた。


(しかし、トリスタン様も一体どういうおつもりなんだ。マリア様がいるにも関わらず、キャロライン様を妻にすることを受け入れるだなんて……そんなにクローク様に嫌がらせをしたいのか?)


 トリスタンも他のみんなと同じように、クロークのオッドアイをよく思ってはいないらしい。だが、際立って嫌がらせをしたり非難したりすることは今までなかった。むしろ距離を置いて、自分からは近寄らない姿勢をとっていたはずだ。


(やはり、キャロライン様が変わったことが大きいのだろうか。キャロライン様自体に興味があるのか、それとも……)


 レオは腕を組み顎に手を乗せて目を細める。


(とにかく、何が起こってもいいようにあらゆる想定をしておこう。手遅れになる前に、今から手を回しておく必要もあるしな)


 クロークの幸せを邪魔するものは、例えトリスタンであっても許さない。小説内の自分はクロークを守ることもできず、クロークの墓の前で自害した。とんだ役立たずもいいところだ。自分はそんな結末は絶対に迎えたりしない。


 ふん、とレオは自嘲し、机の上にある違う書類に手を伸ばした。



 

 

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