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26 帰還

「おかえりなさいませキャロライン様!」


 キャロラインたちがクロークの屋敷へ到着すると、玄関ホールで使用人たちが出迎えた。その中にいたユリアは、キャロラインの姿を見た途端にキャロラインへ走り寄り抱きつく。


「キャロライン様!ご無事でよかったです!」

「ユリア……!心配かけてごめんなさいね。出迎えてくれてありがとう」


 ユリアの背中をよしよしと優しくさすると、ユリアはウッウッと肩を震わせる。どうやら泣いているようだ。


「ユリア、主人に突然抱きつくのは失礼よ。離れなさい」

「ッ!……申し訳ございません、思わず抱きついてしまいました」


 近くにいたメイド長に注意され、ハッとしてキャロラインから離れると、ユリアは目元を擦ってから深々とお辞儀をした。


「いいのよ、気にしないで。ユリアがこんなに心配してくれているだなんて嬉しいわ。むしろ心配をかけてしまってごめんなさい。みんなも、こうして集まってくれてありがとう」


 使用人たちの顔を見ると、全員が集まっている。みんな、キャロラインを心配して帰ってくるのを待っていてくれたのだ。頭を打つ前だったらあり得なかっただろう光景に、キャロラインは胸が熱くなる。


「レオ、今後のことについて話がある。執務室へ行くぞ」

「かしこまりました」


 レオへそう言うと、クロークは使用人たちへ視線を向ける。


「後でキャロラインの部屋へ行く。それまでキャロラインへ手を尽くしてくれ。久々の屋敷だ、安心してゆっくりしたいだろうからな」

「かしこまりました」


 使用人たちが深々とお辞儀をすると、クロークはレオを連れて歩き出した。一瞬、キャロラインへ視線を向け目が合うとふんわりと優しく微笑む。それにキャロラインも笑顔で応えると、クロークは玄関ホールの階段を登っていった。


 クロークがいなくなると、キャロラインの周りに使用人たちが群がる。キャロラインを労わるように声をかけ、ユリアほどまではいかないがうっすらと目に涙を浮かべている者までいる。

 階段を登り切ったクロークは、キャロラインが一人一人に声をかけている様子を手すりから眺め、フッと微笑む。それからすぐに執務室へと歩き出した。





「なんとかうまくいったな。俺だけでも、レオ以外の他の誰かでも成功しなかっただろう。レオのおかげだ、礼を言う」

「もったいなきお言葉」


 執務室に入るとクロークはソファにドサッと座り込み、レオを見上げながら言う。レオが胸に手を当ててお辞儀をすると、クロークはふう、と息を吐いた。


「何日くらいでキャロラインの両親はここへ乗り込んでくると思う?」

「そうですね、遅くても一週間ほどで来るのではないかと。恐らくはキャロライン様の再婚相手にと思っている人間を連れて来ると思います。その相手の予定もあるでしょうからそうそうすぐに、とはならないかと。ただ、流暢に構えている時間もないと思いますね」

「一週間か……」


 レオの返事を聞いてクロークは顎に手を添えて考えこむ。そしてすぐにまた視線をレオへ向けた。


「その再婚候補の相手についてどこまで調べが済んでいる?現段階でわかっていることでいい、教えてくれ」


 クロークにそう言われ、レオは一瞬眉を顰め、無言になる。


「その様子だと、言いにくい相手なんだな?」

「……どんな内容であっても冷静でいると約束してください。そうでなければまだお伝えすることはできません」


 レオの黄緑色の瞳がクロークのオッドアイを直視する。どんな時でも冷静で揺らぐことのないその瞳が、ほんの少しだけ悲しげに揺れているように見える。その視線を逸らすことなくクロークは見つめ返し、小さく息を吸った。


「いいだろう。言ってくれ」

「……キャロライン様のご両親がキャロライン様の再婚相手として進めようとしているのは、トリスタン様です」


 レオは静かに、低い声で言い放つ。その名前を聞いた瞬間、座った膝元で組まれていたクロークの両手が、きつく握り締められた。




 ◆




(はあ、いいお湯だった)


 湯浴みを済ませ、部屋に戻ってきたキャロラインは、ユリアに髪の毛を乾かしてもらい櫛で髪を梳かしてもらっていた。ヘアオイルをつけた髪はツヤツヤで、櫛を通すたびにサラリと美しく靡いている。


「こうしてまたキャロライン様のお世話ができて嬉しいです。ご実家に戻ってからなかなか帰ってこなくて、もしかするとキャロライン様はご実家にいる方が幸せだと思って帰ってこなくなったのかと思ったんですよ!でも、違かったんですよね。帰って来てくれて本当によかったです」


 髪の毛を優しく梳かしながら、ユリアは嬉しそうに言う。


「クローク様が、使用人たちを集めてキャロライン様が戻ってきたくても戻ってこれないこと、それでも必ずキャロライン様をこの屋敷へ連れてくると言ってくださったんです。だから、キャロライン様のことをこれからも変わらずにどうか待っていて欲しいって言われて、クローク様がそう言うならと、私たちも信じて待っていました」


 ユリアの話を聞きながら、キャロラインは驚いていた。


(クローク様がそんなことを……。昔のクローク様だったらわざわざ使用人たちにそんなこと言わなかっただろうし、使用人たちだって誰もクローク様の言葉を真剣に聞こうだなんて思わなかったはずだわ)


 いつの間にか、クロークと使用人たちの関係が変化していたようだ。確かに、レオも前にそんなことを言っていた。キャロラインは嬉しくなり、思わず微笑む。


「さっきだって、クローク様はさっさと執務室へ行ってしまわれましたけど、私たち使用人がキャロライン様と気兼ねなく話ができるようにって思ってのことだと思うんです。きっと、自分がいたら私たちが気にしてしまうと思ったんでしょうね」


 髪の毛を梳かし終わると、今度はボディ用のオイルを手に取り、キャロラインの手足に優しくぬり混んでいく。作業をしながら、ユリアは嬉しそうに微笑んで話を続けた。


「キャロライン様が頭を打つ前はクローク様のこと、ただひたすらに怖いお方だと思っていたんです。それだけ、人を寄せ付けないオーラを持ってらっしゃいました。でも、キャロライン様の性格が変わってから、クローク様の雰囲気も前より柔らかくなりました。私たち使用人に対しても、少しずつ気にかけて下さるようになったんです。私たちは、クローク様のことを誤解していたと気づきました」


 優しくオイルを塗り込みながら、ユリアはキャロラインをじっと見つめる。


「この屋敷の雰囲気が明るくなって穏やかになって、クローク様と私たち使用人の関係性も良好になったのは、キャロライン様のおかげなんです。何より、キャロライン様にこうして尽くせることが私の喜びです。だから、キャロライン様にはずっとここにいてほしい。私たちは、キャロライン様のことが大好きです。こんな風に思える時が来るだなんて思っても見ませんでしたけど……でも、本当に心からそう思っています」

「ユリア……!そう言ってくれて本当に嬉しいわ。ありがとう。私も、ずっとここにいたいって思ってる。これからもどうかよろしくね」


 ユリアの両手をとって、キャロラインはふんわりと優しく微笑んだ。その微笑みを見て、ユリアは頬をほんのりと赤く染める。


「さ、湯浴み後の手入れは完璧です!いつクローク様が来ても問題ないくらい磨き上げておきました。ご実家ではあんまりゆっくりできなかったんですね?お肌も髪の毛も痛み気味でしたよ、でもしっかり手入れしてピカピカにしましたから!これでクローク様にもご満足いただけるはずです!」


 どん!と胸を叩いてユリアは自信満々に言った。


「確かに実家ではなんだか気が休まらなくて……こうしてユリアに手入れしてもらえてホッとしたわ。でも、クローク様は別に関係ないんじゃ……」

「何を言いますか。ずっとキャロライン様に会えなかったんですよ。クローク様、どれだけ辛い思いをして我慢していたと思うんです?キャロライン様に触れたくて仕方ないはずですよ」


(触れたくて仕方ない!?そんな……でも確かに森の中ですごいキスされたっけ)


 ユリアの言葉に、キャロラインは思わず顔を赤くする。それを見て、ユリアはニンマリと満面の笑みを浮かべた。


「お二人がどこまで行っているのかはあえて聞きませんけど、クローク様のことだからそれはたいそうキャロライン様のことを大事に思ってらっしゃるんだと思います。でも、もし白い結婚のままだとしたら、それを理由にお二人の仲を引き裂こうとする人間から離縁しろと言われてしまうかもしれませんよ。そんなの、あんまりじゃないですか。お二人には揺るがない絆をもっと深めてほしいんです」


 だから、とユリアは近くにあったカゴからいそいそと何かを取り出した。ジャーンと言いながらユリアが手にしているのは薄いながらも上質な生地でできたネグリジェだった。際どすぎず甘すぎず、でも所々にレースやリボンがさりげなくあしらわれた絶妙なデザインだ。


「クローク様がキャロライン様をどうしても抱きたい!と思うようなネグリジェを用意しました。これを着て、クローク様を誘惑しちゃってください」

「は?え?ユリア、何を、あっ、待って、着替えるだなんて私、言ってない!」

 


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