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25 三度目のキス

 どのくらい走っただろうか。キャロラインの実家からクロークの屋敷へ向かう途中の森の中で、クロークは馬を止めた。


「どうーうどう、よしよし、いい子だ」


 馬が走りを止めると馬の首元を手でトントンと叩く。すると馬は足踏みをしながらブルルッと鼻を鳴らした。


「ここでレオを待とう。きっとすぐに来る」


 クロークは馬から降りると、キャロラインへ手を差し伸べ、ゆっくりと馬から降ろした。ランプ代わりに魔法で光らせていた魔鉱石を地面に置くと、周囲がぼんやりと淡い光に包まれお互いの顔が見える。


「大丈夫か?」

「大丈夫です。はあ、ドキドキしました!」


 頬を赤めてフフッと微笑むキャロラインを見て、クロークはグッと喉を鳴らすとキャロラインの腕を引いて腕の中に閉じ込める。


「っ!クローク様……」

「本当によかった。会いたかった、キャロライン」

「私もです、クローク様」


 ぎゅうっとキャロラインを抱きしめる力が強くなる。クロークはキャロラインを抱きしめるたびに、キャロラインがちゃんといることを確かめるように強く抱きしめてくるのだ。

 キャロラインは目を瞑って微笑みながら、クロークの背中へ手を回し、クロークの胸元へ顔を埋めた。


「来てくれてありがとうございます。見回りの時間が変わってしまったので不安でしたけど……でも、やっぱりお二人はすごいですね。こうして私を連れ出してくださいました」

「あれくらいのことは想定内だ。それに、どんなことがあっても君のことは絶対にあの屋敷から奪い去ると決めていたからな」

「フフッ、奪い去るだなんて、まるでヒーローというよりも悪役みたい。でも、私にとってはクローク様は紛れもなくヒーローです」


 そう言って、キャロラインは嬉しそうにクロークの胸元に顔を擦り寄せ、背中に回した手でクロークの服をきゅっと掴む。そんなキャロラインをまたクロークは強く抱きしめると、体を少し離してキャロラインの顔を覗き込んだ。


 キャロラインとクロークの瞳が交わる。クロークの瞳には愛おしいと言わんばかりの熱がこもっていて、キャロラインは溶けてしまいそうだと思った。


「それにしても、よくあの高さから飛び降りたな。怖かっただろう」


 そう言って、クロークは優しく労わるようにキャロラインの腕を撫でた。


「そう、ですね。すごく怖かったです。でも、下にいたクローク様の顔を見たら、なんだか絶対に大丈夫だ、と思えて。クローク様の元へ飛び込めば何も問題ないと思えましたし、実際にその通りでした」


 嬉しそうにはにかむキャロラインを見て、クロークの胸の中にどうしようもないほどの愛おしさが溢れ出す。それは止まることを知らず、クロークはキャロラインの腰に手を回し、もう片方の手を頬へ伸ばして優しく撫で付けた。


「キャロライン。もうどこにも行かせない。誰にも奪わせはしない。ずっと俺のそばにいるんだ。そうでなければ、俺はきっと気が狂ってしまう。君を求めて、あてもなく彷徨ってしまう」

「クローク様……」


 クロークの瞳が月明かりに照らされてキラキラと輝いている。まるで吸い込まれてしまいそうだと思っていると、いつの間にかクロークの顔が近づき、唇が触れ合っていた。

 そのまま、クロークはキャロラインの唇を食むように優しく、何度も口付ける。キャラインが慌ててクロークの胸元を押し返そうとするが、びくともしない。何かを言おうとしてキャロラインの口が開くと、有無を言わさずクロークの舌が捩じ込まれ、濃厚なキスが始まった。


 クロークにキスされるのは社交パーティーの日以来だ。あの日も、会場で周囲へ見せつけるかのようにキスをされ、帰ってきてからもまるで捕食されてしまうかのように熱く甘い口づけをされてしまった。


 繰り返される熱い口づけで、次第にキャロラインの息が上がり吐息が漏れる。その様子に、さらにクロークは興奮が増してキスが止まらない。


(ああ、頭が、クラクラする……クローク、様……)


 ふと、クロークの動きが止まり、唇が離れる。キャロラインが頬を赤く染めながらはあっと息継ぎをすると、クロークは来た道へ視線を向けて小さく舌打ちした。


「もう来たのか。早かったな」


 馬が走ってくる音がして、遠くの方に馬に乗るレオの姿がある。その姿はあっという間にクロークたちの目の前にやってきた。


「どうどう……。ようやく追いつきました、って、あれ、もしかしてお邪魔でしたか」


 よいしょ、と馬から降りると、キャロラインのくったりとした様子を見てレオは苦笑する。


「もう少し遅くてもよかったが、まあいい。無事で何よりだ」


 キャロラインの体を支えるようにしてクロークがそう言うと、レオはニッと口角を上げた。


「追手は魔法で眠らせておきました。馬の音などで屋敷内の人間も我々に気付いたでしょうが、時間も時間ですし今夜はこれ以上追って来ないと思います」

「上出来だ」


 二人の会話をクロークの腕の中で聞いていたキャロラインは、次第に意識がはっきりとしてきた。同時に、自分のこんな状態をレオに見られたことでどんどん恥ずかしくなってくる。


(レオが戻ってくるってわかってたくせに、クローク様ったらあんなキスを……!レオにこんな姿見られるの、恥ずかしい)


 ようやく頭がはっきりとしたキャロラインは、クロークの腕から少し離れて熱くなった顔を手でパタパタと仰いでいた。その様子に気づいて、レオがキャロラインへ視線を向ける。


「キャロライン様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫。レオも来てくれてありがとう。本当に助かったわ」


 ふう、と小さく息を吐いてからキャロラインは笑顔を向けた。


「いいえ。こうしてキャロライン様をクローク様の元へ奪還することができてよかったです。それにしても、その様子だとクローク様は屋敷まで待てなかったんですね。申し訳ありません。ですが、屋敷に戻ったらもっと大変だと思いますよ。覚悟していてくださいね」

「……え?」


(これ以上大変て、どういうこと……!?)


 レオの言葉に唖然とするキャロラインと、それを当然だと言わんばかりの顔で見つめるクローク。そんな二人を見て、レオはクックックッと心底嬉しそうに笑った。



 ◆



 クロークたちが森の中で談笑しているその頃。

 

「おい!外から馬の走る音がしたぞ!一体何があった!?って、なんだこれは!?」


 外の騒ぎに気づいたキャロラインの父親が外へ出ると、見回りの人間が地面に倒れ込み、気持ちよさそうにいびきをかいて寝ている。


「見回りが、眠らされているだと!?まさか、強盗か!」


 父親が慌てたように屋敷の中へ戻る。すると、バタバタと慌てたような足音がしてキャロラインの母親が走ってきた。


「あなた!大変です!」

「なんだ!何が盗まれた!」


 キャロラインの父親が鬼の形相でキャロラインの母親を睨みつけると、母親はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


「これ、これを……キャロラインが……」


 そう言って、キャロラインの母親は握りしめている紙を父親の方へ弱々しく差し出した。


「は!?キャロラインが!?」


 そう言って紙を奪うようにひったくると、その紙は便箋だった。その内容に目を通すと、キャロラインの父親はグシャッと便箋を握りつぶす。


「キャロラインめ……!勝手なことを!どこまで身勝手なんだあのバカ娘は!」


 騒然とする屋敷内に、父親の怒号が鳴り響いた。


 


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