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21 実家

(とんでもないことになってしまったわ)


 マリアがキャロラインとは別の世界の転生人だったとわかってから数週間後。キャロラインは、実家の自室で頭を悩ませていた。


 


 ある日突然、キャロラインの元へ実家から手紙が届いた。性格が変わったキャロラインと話がしたい、重要な話があるから早急に戻ってきてほしいという内容だった。


 頭を打つ前のキャロラインの奇抜な行動に手を焼いていた実家は、クロークの元へ送り出すとキャロラインに最低限の連絡しか寄越さなかった。クロークとは顔を合わせるのを嫌がり、クロークの屋敷にいることもあまり好まなかったキャロラインはよく実家へ帰省していたが、両親も兄弟もキャロラインと距離をとりあまり話をしようとはしなかった。

 キャロラインの実家が主催の社交パーティーの時も、キャロラインとクロークへは鳥繕ったような挨拶のみで、すぐに二人の前から姿を消したほどだ。

  それほどまでに、今までのキャロラインの行動と言動はキャロラインの家族にとって厄介なものだったのだ。


 それなのに、頭を打って性格の変わったキャロラインへ戻ってこいと言い、顔を合わせた途端にキャロラインへこれでもかと話しかけてくる。


「キャロライン、よく戻ってきた。あんな呪われた男のそばではさぞ窮屈だっただろう。気がすむまでゆっくりしていくといい」

「キャロライン、すっかり性格が変わってとても素敵な貴婦人になったと聞いたわ。母として鼻が高いわ。ようやく貴族としてのあり方がわかったのね」


(お父様もお母様も、前までは目すら合わせないし会話もしなかったのに……)

 

 両親の変わりように、キャロラインの方が目を丸くして驚いてしまうほどだった。


「あの、重要な話というのはなんでしょうか?こうして久しぶりにお会いしてお話できるのは嬉しいのですけれど、あまり長居はできないんです。お話が終わったらすぐに帰るつもりなので」

「まあ、どうして?あんな男の元にすぐに帰るだなんて……あんなに毛嫌いしていたのに」

「全くだ。あんな男のそばにいては、せっかく上がったお前の評判も地に落ちる。戻る必要なんてないだろう」


 二人とも、さも卑しいと言わんばかりの顔をしながらクロークを非難している。その言動に、キャロラインは顔を顰めた。


「お父様もお母様も、クローク様をそんな風に言うのはやめてください。クローク様は呪われた瞳と言われていますが、別に呪われてなどいません。それに、本当はとても心根が優しくて素敵な方です」


 キャロラインがそう言うと、二人は驚いたように目を見開き、それからすぐに顔を険しくさせて否定するように首を振る。


「馬鹿な。キャロライン、何か弱みでも握られているのか?まさか、あの瞳でキャロラインは呪われてしまったのではないか?そうでなければ、あんな男のことをそんな風に言う訳がない」

「まあ、大変だわ。呪いが解ける魔術師を手配しないと!」

「……そんな失礼なこと言わないでください!私は呪われてなんかいません!いくらお父様たちでも、言っていいことと悪いことがあります」


 キャロラインが思わず憤って言うと、二人はさらに顔を険しくさせて大きくため息をついた。


「ねえ、キャロライン。これはあなたのためなのよ。あなたは頭を打って性格がすっかり変わってしまったわ。でも、とても良い変化なの。そのおかげで、あなたの評判は驚くほど上がったわ。今がチャンスなの」

「チャンス……?」

「そうだ。あんな呪われた男とは離縁して、別のもっと良い男と結婚しろ。それがお前の幸せだ。再婚先のあてはもうある」

「は?一体、何を言って……」

「ね、キャロライン。今まであなたは散々好き勝手してこの家に、そして私たちに迷惑をかけてきたでしょう。その償いのためにも、そうすべきよ」


(この人たちは、家と自分たちのことしか考えていないのね)


 この世界では階級が全て、貴族は貴族らしくあるべきだという考えで、結婚も家柄が全てだ。訳あってなかなか結婚ができずあぶれたもの同士が仕方なく一緒になるが、家からは見放される。それがこの世界での当たり前だった。


 キャロラインもクロークも、お互いあぶれたもの同士で一緒になり、家からは見放されていた。だが、頭を打って性格の変わったキャロラインは、もはやあぶれた者ではなく家にとって都合の良い人材になっていたのだ。


「……確かに、頭を打つ前の私は身勝手で、傲慢で、最低な人間でした。たくさんの人たちに、そして家族に散々迷惑をかけてきました。それは認めますし、本当に申し訳ないと思っています」

「だったら……」

「ですが!それとこれとは話が別です。お父様やお母様にとって、私はただの使い勝手のいい人材でしかない。そんな相手に、どうして償いをしろと?私の気持ちはどうだっていいと言うのですか?」

「キャロライン、結婚に気持ちなんてものは必要ないのよ。良い家に嫁いで子供を産み、育て、そしていい生活をする。家を繁栄させる、それが上流貴族に生まれた人間の幸せなの。気持ちなんてものは後からついてくるわ」


 母親の顔は至極当然という顔をしている。そうして生きてきた人間にとっては、それが当たり前であり正義なのだ。だが、キャロラインにとってそれは当たり前ではなく、正義でもなんでもない。


「その幸せを否定するつもりはありません。でも、私の幸せは私が決めます。私は、クローク様のそばにいることが幸せなんです」

「馬鹿なことを言うな、キャロライン。とにかく、もうあの男の元へ戻ることは許さん。この家に数日入れば頭も冷えて落ち着くだろう」

「何を言って……!」

「さ、今日はもうこの辺にして、ゆっくり休んでちょうだい」


 そうして、抗議しようとするキャロラインをことごとく制すると、両親はキャロラインを部屋へ押し込めた。




(この家に戻ってからもう五日も経ってしまったわ……。クローク様に手紙を出そうとしても出せないし、どうしたらいいんだろう)


 屋敷の中を自由に歩くことはできるが、屋敷の外へ出ようとすると頑なに遮られる。無理にでも出ようとすると、反対に部屋に軟禁されてしまうのだ。

 手紙を出そうとしたが、中身を見ようとするので諦めた。手紙には家から出られないから迎えに来てほしいと書いていたので、見られたら最後、出すことは不可能だろう。


(どうやったらクローク様と連絡が取れるかしら……どうにかして、この屋敷から抜け出せる方法を見つけ出さないと)


 きっとクロークは心配しているだろう。あのクロークのことだ、血相を変えて乗り込んでくるかもしれない。そんなことになったら、両親にとってさらにクロークの印象が悪くなってしまう。 


(クローク様と離縁して他の人と再婚しろだなんて……あり得ない)


『ね、キャロライン。今まであなたは散々好き勝手してこの家に、そして私たちに迷惑をかけてきたでしょう。その償いのためにも、そうすべきよ』


 母親の言葉を思い出して、胸が酷く痛む。確かに、頭を打つ前のキャロラインの行動はあまりにも最低で、散々迷惑をかけた自覚がある。だから、母親にああ言われた時、一瞬怯んでしまったのも事実だ。


(でも、だからってやっぱりおかしいわ。……私は、キャロラインは愛されていなかったのね)


 キャロラインの家族には愛がどこにも身あたらない。家族を思う気持ちより、貴族としての見栄や世間体ばかりが目につく。そして、代々それが当然として受け継がれてきたのだ。


 今ならわかる。キャロラインの破天荒な行動は、愛を欲するからこそだったのだ。どこにもない愛を求め、両親の目を引くためにわざと身勝手で傲慢な振る舞いをする。そうすれば、きちんと叱ってくれるはずだと心の底では願っていたのだ。

 だが、両親も兄弟も、誰もキャロラインを叱ることすらしなかった。ただただ呆れ、腫れ物を扱うようにして距離を置く。


 次第にキャロラインの行動はエスカレートし、自分自身でも制御不能なまでになっていた。


(だからと言って、全てを両親のせいだとは思わない。愛されていなかったからといって、多くの人に迷惑をかけていいという理由にはならない。それに、自分で自分を制御できなかったのは事実だもの)


 キャロラインは深くため息をついて、窓の外を見る。夜空には満天の星空が浮かび上がっていた。

 

(これが私自身の行動が招いた結果だというなら、自分でなんとかしないと)


 ぎゅっと目を瞑り、すぐに目をしっかりと見開いてキャロラインは夜空を見上げた。



  

 ◆



「キャロラインはまだ戻らないのか」

「ご実家に何度か迎えを出しましたが、ことごとく門前払いされたようです。キャロライン様の両親は、キャロライン様をこちらに帰すつもりがないようですね」


 神妙な顔でそう言うレオを、クロークは険しい顔で見つめた。


(キャロラインを送り出す時、嫌な予感はしたんだ。だが、キャロラインの気持ちを尊重したかったし、キャロラインもすぐに帰ってくると言っていた。だが、結果がこれだ)


 恐らく、キャロラインの意思に関係なくキャロラインは実家を出ることができない状況なのだろう。ぎり、とクロークは唇を噛み締めた。


「どうにかしてキャロラインと連絡が取れればいいんだが……」

「クローク様、ここは俺に任せていただけませんか?」

「何か案があるのか?絶対にうまくいくという勝算は?そうでなければ、任せることはできないぞ」


 クロークのオッドアイが、レオを試すように見つめる。すると、レオは口の端に弧を描き、怯むことなく真っ直ぐにクロークを見つめ返した。


「俺を誰だと思っているんですか。貴方様に長年仕えているこの俺ですよ」


 レオの言葉を聞いて、クロークも不敵な笑みを浮かべた。



 


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