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20 父親の思惑

 小さい頃のクロークとトリスタンはいつも一緒だった。


「兄上だけが、俺のオッドアイを忌み嫌うのではなく特別だと言ってくれていたんだ。そんな兄上を、昔は俺も良い兄だと思っていた」


 だが、二人が学校へ通う年齢になり、トリスタンだけが学校へ行きクロークは屋敷で過ごすようになってから、二人は次第に関わらなくなっていく。


「クローク様は学校へは行かなかったのですか?」

「呪われたオッドアイだぞ、学校が受け入れるはずかない。俺は学校へは行かず、屋敷の中で勉強することになったんだ。そして俺の勉強の相手をすることになったのが、レオだ」

「レオが……!」


 レオの家族は元々レギウス家に代々仕えていたため、レオは正式に側近になる前からクロークの側にいたのだ。


「レオは元々頭が良く俺よりも年上だったから、父上もちょうど良いと思ったんだろう。いつの間にか、俺のそばには兄上ではなくレオがいた」


 幼い頃はオッドアイを特別な瞳だと言ってくれていたトリスタンも、いつの間にか他の人間と同じようにクロークと距離を置くようになる。


「父上にも散々俺から離れろと言われていたからな。それに、学校へ行くようになって俺のこの瞳がいかにおかしいか身にしみてわかったんだろう。いつの間にか、屋敷の中で顔を合わせてもにこりともしなくなった」


 冷めた瞳で宙を見ながら、クロークは低い声でそう言った。その顔は冷ややかなはずなのに、どこか切なそうに見える。


(お二人は仲が良かったはずなのに、いつの間にかボタンをかけちがえたようにズレて行っていまったのね)


 キャロラインが悲しそうな顔でクロークを見つめていると、クロークは首をふり小さくため息をついてからキャロラインと目を合わせた。


「俺と兄上のことはもうどうだっていい。そんなことより、キャロライン……ユキには兄弟はいなかったのか?」

「え……?私、ですか?私は……ユキには三つ年下の妹がいました」

「ほう、妹か」


 クロークが興味深そうにキャロラインを見ると、キャロラインは眉を下げて微笑む。


「妹は私と違って健康で明るくて活発で……みんなから好かれるとても良い子でした。私が入退院を繰り返している時もいつもお見舞いに来てくれて、私が死ぬ前も、……泣きながら両親と一緒に私のそばにいてくれました」


 その頃を思い出すかのようにそっと目を伏せて、キャロラインは悲しげに小さく微笑む。


「私が死んだら両親も妹も悲しむから、いなくなった後のことを考えるといつも辛かったんです。でも、それと同時に、妹がいるからきっと両親は私がいなくても大丈夫だとも思いました。むしろ、病気でいつも手がかる私は早くいなくなった方が皆のためにも良いと思っ……」


 そう言っている途中で、ふわりとキャロラインをクロークが包み込む。


「……クローク様?」

「そんな悲しいことを言うな。たとえ病気でも、ユキのことを家族はとても大切に思っていたのだろう。そうでなければ、ユキがそんなにも心優しい良い人間なわけがない。だから、そんな悲しいことは言わないでくれ」


 そう言って、クロークは優しくぎゅっとキャロラインを抱きしめた。


(クローク様……)


「ユキの頃の記憶は、もしかしたら辛いことの方が多いのかもしれない。だか、俺は、キャロラインがユキの記憶を思い出してくれて嬉しい。君が君であることが嬉しいんだ」


 そっと体を離し、頬に片手を添えた。クロークはキャロラインの瞳をじっと見つめる。オッドアイの瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。


「俺が今世で君のヒーローになる。ユキの頃にできなかったことを何でもさせてあげよう。欲しいものはなんでもあげるし、行きたい所にだって連れて行ってやる。だから、どうか俺と一緒にこの世界で思う存分生きてくれ」


(クローク様……)


 忌み嫌われたオッドアイのせいで人と会うことを嫌がり極力出歩くことをしなかったあのクロークが、自分のためにどこへでも連れて行ってやると言ってくれている。

 ユキの記憶を打ち明けた時、ヒーローになってやると言っていたが、あの時よりもより強くその言葉がキャロラインへ響いた。


(どうしてこの世界に転生したのか、それは何か意味のあることなのか、今は何もわからないけれど……でも、クローク様のおかげで、こうしてキャロラインとして生きていてよかったと思える)


「……!ありがとうございます。クローク様は、やっぱりお優しいです。クローク様にこの世界で出会えて、本当によかった」


 ふわっと嬉しそうに微笑むキャロラインの目元には、薄っすらと涙が浮かんでいた。そんなキャロラインの言葉と表情に、クロークの胸は大きく高鳴る。

 そして、クロークはまた大切そうにキャロラインを抱きしめた。





「トリスタン!お前、クロークの所へ行ったというのは本当か!」


 レギウス家の本家である屋敷内で、トリスタンとクロークの父、ロッグヴェルがつばを吐く勢いでそう言った。


「ずいぶん前のことですよ。社交パーティーの後、マリア嬢にキャロラインたちに会いたいと言われて会いに行っただけです」


 トリスタンは美しい笑顔をはりつけたまま、ロッグヴェルへ言葉を返す。


「マリア嬢か。お前、ずいぶんと気に入っているようだが、家柄は問題ないのか?見た目も礼儀も申し分ないようだったが、家柄が合わなければそもそもがだめだ。お前にふさわしいかどうかよく調べなければいけないな」


 ロッグヴェルの言葉に、トリスタンは笑顔のまま心の中でため息をついた。

 トリスタンは双子のクロークと同じ歳だがまだ未婚だ。もう結婚していても良い年齢だが、ロッグヴェルがトリスタンにふさわしいご令嬢をと品定めをし、毎回あれがだめこれがだめと難癖をつけるためうまくいった試しがない。


 トリスタンは今まで妻になる人間は正直どうでも良いと思っていた。トリスタンの両親も家同士が決めた結婚で愛はなく、絵に書いたような仮面夫婦。それを見て育ってきたトリスタンは、自分もそうなるのが当たり前だと思っていた。


 だが、マリアと出会った時に、まるで稲妻に打たれたような衝撃を受ける。見た目も所作も当然だが、何よりマリアの純粋で美しい内面に惹かれたのだ。

 女性に対してこんなにも惹かれ、側にいたいと思うのは初めてだった。できれば、マリアと結婚したい。


 だが、やはりいつものように父親はあれこれと難癖をつけてくるだろう。ネックなのは家柄だ。レギウス家は公爵家なので父親が家柄を重視するのは仕方ないことなのだろうが、だからといってトリスタンはマリアを手放すつもりはなかった。


「そんなことより、クロークとキャロラインはずいぶんと仲が深まっているようでしたよ。やはりキャロラインは性格ががらりと変わってまるで別人のようになっていました」


 話を変えるためにトリスタンはクロークのことを話題にする。途端にロッグヴェルは不機嫌そうに顔を顰めた。


「……クロークのことはどうだっていい。キャロラインが別人か。キャロラインに会った人間はみんな口を揃えてそう言っている。全く、どうしてそうなったのか」


 ロッグヴェルはそう言って腕を組み眉間に皺を寄せる。それから、ふと急に何かひらめいた顔でトリスタンを見た。


「誰もが口々に素敵な夫人になっていたと言っていたな。今までの破天荒な行いも帳消しにするほどで、オッドアイのクロークにはもったいないほどだと。……それなら、今度はお前の妻にするのも悪くないかもしれないな」

「……は?」


 ロッグヴェルの言葉を聞いて、トリスタンは険しい顔をする。だが、ロッグヴェルは良い考えだと言わんばかりに目を見開いて饒舌になっていった。


「キャロラインは家柄は問題ない。行いが酷いものだったからクロークの相手になったようなものだが、今はキャロラインを欲しがる貴族も多いと聞く。だったらお前の妻にするのも悪くないだろう」

「何を言って……」

「そうだな、マリア嬢は第二夫人にでもすれば良い。どうせクロークたちは白い結婚のままなのだろう。それなら離縁もさせやすい」


 正気なのだろうか。トリスタンは信じられないものを見る目でロッグヴェルを見た。だが、ロッグヴェルは明らかに本気でそう思っている顔をして意気揚々としている。


(あのキャロラインが俺の妻に?いくら性格が変わったからといって、あり得ないだろう!それに、クロークが許すはずがない。クロークの様子だと、キャロラインを心から愛しているんだろうし、キャロラインだって恐らくは同じ気持ちなのだろうから)


 お茶会の時のクロークの様子ではっきりしている。そんなキャロラインを本意ではないにしろ、クロークから奪う形になるのだ。あのクロークが黙っているわけがない。


(……面白いかもしれない)


 トリスタンはふとそう思った。良くないことだとわかっているのに、なぜか面白そうだという思いがふつふつとわいてきてしまう。


 父親の鶴の一声でキャロラインが自分の妻になるかもしれないと知ったら、あのクロークは果たしてどんな行動に出るのだろうか。


 トリスタンは、ロッグヴェルへ視線を合わせて肯定するように美しい笑顔を見せた。


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