19 違う世界の二人
マリアは、日本人という言葉が全くわからないという顔をしている。
「あれ?……マリア様の転生前のお住まいは、どちらだったんですか?」
「カレンディア国にある王都ジェルダムです。そこで、聖女をしていました。キャロライン様、先ほどトウキョウとおっしゃっていましたが、そのような地名は聞いたことがありませんでした。どちらの国のご出身なんです?」
マリアは興味深そうな顔でキャロラインを見るが、聞いたことのない名前にキャロラインは目が点になっていた。
(ジェルダム?カレンディア?ってどこ?外国のどこかの地名?しかも聖女って……そんなまさか)
「あの、カレンディアという国名も、ジェルダムという地名も全くわかりません。私は、日本という国の、東京という土地に住んでいました。病気がちて、ずっと入退院を繰り返す毎日を過ごし、二十歳になる前に病気で死んでいます」
キャロラインがそういうと、マリアはくるんとした可愛らしい目をまんまるくして驚いている。それから、悲しそうな顔でキャロラインを見つめた。
「まあ、そうでしたの、ご病気で……大変だったんですね……。それにしても、ニホンという国もトウキョウという地名も聞いたことがありません。不思議ですね」
(もしかして、全く違う世界から転生している、ということ?そんなまさか。でも、ここが小説の中の世界なこと自体驚きなんだから、あり得ないことでは無いのかもしれない)
「もしかすると二人とも違う世界から来ているのかもしれません。でも、マリア様も転生前ではこの世界が小説の世界だったんですよね?」
「ええ、そうでした。キャロライン様もそうなんですよね?それぞれ違う世界で同じ小説があるだなんて……本当に不思議です」
何がなんだかわからなすぎて、二人とも目を合わせて首を傾げる。
「内容は同じようなものだったんでしょうか?私が読んでいた小説では、キャロラインは悪役令嬢でマリア様はヒロイン、トリスタン様はヒーローでクローク様は、ラスボス、でした」
「同じですわ。なので、自分がマリアとして転生していると知った時は驚きましたし、キャロライン様に会うまではどうにかしてキャロライン様にいじめられないようにしようと考えていたんです。いずれ、キャロライン様やクローク様は死んでしまう。マリアとトリスタンは幸せかもしれませんが、こうして結末を知っているのにそのままでいるのは、キャロライン様たちを見殺しにしてしまうような気がして嫌だったんです」
マリアは真剣な顔でそう言う。
(マリア様もなんとか結末を変えられるようにと考えていたのね。キャロラインやクローク様のことまで考えているなんて、やっぱり元聖女だから心根が優しいんだわ)
「でも、キャロライン様が頭を打って性格がガラリと変わったと聞いて、もしかしたらと思ったんです。そして私と同じように、転生前の記憶を思い出していたと聞いてやっぱりと思いました。キャロライン様は小説の中のキャロラインのようにならず、クローク様のことも助けようとなさっていると知って本当に嬉しかったんですよ」
両手を顔の前で合わせて嬉しそうに微笑んだ。その笑顔はマリアだが、転生前の聖女としての清らかさが見えたような気がして、キャロラインは胸が高鳴る。
「それに、クローク様とレオ様のことをブロマンス視点で見てらしたと知って、もっと嬉しくなりました。私はお二人をカップリングして楽しんでいたのでキャロライン様とはちょっと違うかもしれませんが、でもお二人の主従関係に胸を高鳴らせている人が身近にいるなんて幸せです」
そう言ってマリアはキャロラインに無垢な笑顔を向け続けた。その笑顔は本当に心から嬉しいと言わんばかりの笑顔で、キャロラインも思わず笑顔になる。
それからふと、レオの話が出てきてキャロラインはとあることを思い出した。
「そういえば、トリスタン様にはレオのような側近はいないんですね。小説内では特に触れられていなかったですけど」
「ええ、どうやらトリスタリン様の側近は、よく変わっているそうなんです。側近が少しでもトリスタン様の意見に反対したりすると、お父様が怒って人をかえてしまうそうなんですよ」
後継としてのトリスタンを大事に思うあまり、父親はことあるごとに色々と口を出し、側近も何度も変えているらしい。
(だからあの時、御兄様はクローク様とレオの様子を見て悲しそうな顔をしてらしたんだわ。もしかして、二人の関係を羨ましく思っているのかもしれない)
マリアと一緒にクロークの屋敷へ遊びにきた時のトリスタンの不思議な表情の正体がなんとなくわかった気がして、キャロラインは胸の中で深く頷く。
「トリスタン様は、できることならレオ様のことを自分の側近にしたいと思っているようです。でも、クローク様とレオ様の絆が強いこともよくご存知なので、無理だということもよくわかってらっしゃるようでした」
悲しげにマリアは言う。そして、ほんの少しだけ眉を顰めた。
「それに……」
「それに?」
「トリスタン様は、確かに小説内のように素敵な殿方だと思います。でも、何かこう、違和感があるといいますか、本当の意味で素敵だとは言い切れない気がしていて」
「トリスタン様が?」
一番近くにいるマリアが言うのだから間違いはないのだろう。
「あ、でもだからと言ってクローク様に心変わりするようなことはありませんから、心配しないでくださいね」
「えっ!?そんな心配だなんて……」
「お二人の仲に入り込むような度胸はありませんもの。それに、私はやっぱりトリスタン様に惹かれています。だから、まだ今はそれが何かはわからないですけど、トリスタン様の心にある何か、陰のようなものに寄り添いたいんです」
自分の胸に手を当てて、マリアはそっと目を閉じる。その姿もまた聖女のような清らかさを感じて、キャロラインはほうっと感嘆のため息をついた。
◆
「マリア嬢が違う世界の転生者だった?」
その日の夜。クロークは寝る支度を済ませたキャロラインの部屋へ来ていた。
「はい、まさか違う世界で同じ小説があっただなんて驚きです。マリア様も不思議そうな顔をしてらっしゃいました」
「全く、わからないことだらけだな」
「でも、マリア様は本当にトリスタン様のことを慕っているみたいです。トリスタン様のことを心配しているご様子でしたし……」
「兄上を心配?」
マリアには、クロークにマリアとの話の内容を伝えても問題ないと言われている。キャロラインの言葉に、クロークは首を傾げた。
「言葉にはできないそうなんですが、何か違和感を感じるみたいなんです。心の中に何かを抱えているようで、マリア様はそれに寄り添いたいと言っていました。クローク様、トリスタン様のことについて何かご存じないですか?」
「……小さい頃はまだしも、今は全くと言っていいほど交流がないからな。兄上と話をするようになったのは、キャロラインがユキの記憶を思い出してからだ」
クロークはそう言って、宙を見つめながら懐かしそうに目を細める。
「幼い頃は、兄上がよく俺の面倒を見てくれていた。兄上は俺のオッドアイを怖がることなく、普通の双子の弟へ接するようにしてくれていた。だが、兄上は長男で後継だ。父上は俺と兄上が仲良くしていることを良しとせず、兄上に俺から離れるように言ったんだ。それから、兄上とは疎遠だった」




