18 主従関係
レオは真っすぐにキャロラインを見つめてさらに問いかける。
「それから、小説内でクローク様が亡くなってから俺はどうしていたのでしょうか。おそらく脇役なので詳しいことは書かれていないとは思います。ですが、主を失った小説内の俺は一体どうなったのか、気になるのです」
コンサバトリー内に陽の光が差し込む。レオの緩やかな美しい金髪が、陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。レオの質問を聞いて、キャロラインは苦しい顔をしてテーブルを見つめる。
「それは俺も気になるな」
「クローク様……」
クロークへ視線を向けたキャロラインの顔はあまりにも悲しそうで、今にも泣いてしまいそうだった。クロークはハッとしてキャロラインの手を掴みぎゅっと握る。
「その様子だと、あまり良い内容ではなさそうですね。それでも、俺は聞いておきたい。話をするキャロライン様にとっては辛いことかもしれませんが、どうかお聞かせ願えませんか」
レオが静かにそう言うと、キャロラインはレオへ視線を向けた。
(二人にとってかなり厳しくて悲しい内容だけど、でも二人が聞きたいというのなら、話すべきよね)
ほうっと小さく息を吐き、キャロラインは決心したように口を開いた。
「クローク様がマリア様に対して無茶な行動をするようになっていた時、もちろん小説内のレオはクローク様を何度も止めようとしていたわ。必死にクローク様へ進言していた。でも、マリア様に夢中で我を忘れたクローク様はレオの話を一切聞かなかった。その結果、お兄様に殺されてしまう。その後、レオはお兄様に引き抜かれるの」
「トリスタン様に?」
「レオはとても優秀な人でしょう。お兄様はそんなレオを自分の側近にしようと思ったの。でも、レオは自分の主はクローク様だけだといってそれを拒んだ。もちろん、拒む権利なんてレオにはないから、結局はお兄様の元へ行くことになる。……でも、お兄様の元へ行く前に、レオはクローク様のお墓の前で自害するの」
キャロラインの隣で、ひゅっと喉が鳴る音がした。無意識に喉を鳴らした張本人のクロークは目を見開いて絶句している。そして思わずキャロラインの手を強く握ると、キャロラインは答えるように握り返した。レオは、表情を変えずに黙ってキャロラインを見つめている。
「クローク様が殺されて、お兄様とマリア様はめでたく結ばれるわ。でも、その裏側では、クローク様の葬儀は行われず、かろうじてお墓が建てられただけ。そのお墓の前で、レオはクローク様を止められなかったことを悔やみ、泣き叫ぶの。そして、後を追うようにして自ら短剣で喉元を 刺し、自害した」
最後の言葉を聞いた瞬間、レオはそっと瞳を閉じた。クロークは、目を見開いたままレオを見ている。
「これが、お二人の小説内での結末です」
「……話してくださり、ありがとうございました。小説内の俺も、やはり俺ですね。きっとここにいる俺も同じことをしたでしょう」
「レオ……!」
「話が聞けてすっきりしました。キャロライン様、ありがとうございます。俺は屋敷へ戻りますね。お二人はこちらでもう少しおくつろぎください」
そう言って微笑みながらレオは立ち上がる。
「レオ、小説内のあなたのファンはとても多かったの。主であるクローク様を思う気持ちに胸を打たれた読者がたくさんいたわ。私だってそうよ。そして、ここにいるあなた自身のクローク様への忠誠心も同じだと知って私は本当に嬉しいし、やっぱり最高の推しだと思った。でも、だからこそ私は絶対にあなたも死なせない。あなたが死んだら、クローク様が悲しむもの。それに、二人の素敵な主従関係をずっと見ていたいから」
キャロラインがそう言うと、レオは嬉しそうに微笑んだ。その微笑は、いつもの実際は何を考えているかわからないような不思議な雰囲気ではなく、本当に心から笑った微笑みだった。
「ありがとうございます。キャロライン様、……ユキ様にそう言っていただけて、嬉しいです」
そう言ってレオはお辞儀をすると、クロークへ視線を向けて微笑み、コンサバトリーを後にした。
レオが出て行ってから、静寂がコンサバトリー内を包み込む。植物たちは陽の光に照らされてまるでスポットライトを浴びたようで嬉しそうなのに、キャロラインの隣に座るクロークには影がかかり、まるでこの世の終わりだといわんばかりの顔をしていた。
「……小説内の俺は、本当に馬鹿で最低な男なんだな」
ぽつり、とクロークの低い声が鳴り響く。
「レオの言葉に耳を傾けることもせず、あげくの果てにはレオに自害させてしまうなんて、最低の主じゃないか……」
「クローク様。あくまでも小説内の話ですし、そうなる未来はもうありません。大丈夫ですよ。クローク様もレオも、ちゃんと生きています。こうして私の目の前にいらっしゃいます」
キャロラインはクロークの手を優しく握り締める。キャロラインが心配そうにクロークを覗き込むと、クロークは青ざめた顔で宙を見つめていた。
「キャロラインがユキの記憶を思い出さなかったとしたら、もしかしたらそんな最悪の結末があったかもしれなんだよな」
「それは……わかりません。でも、クローク様はおっしゃっていたじゃありませんか、たとえ小説の世界だろうと、自分は自分として生きている。自分は自分だって」
「だが、キャロラインがあの最悪なキャロラインのままだとしたら、俺は小説内の俺と同じだったかもしれない。キャロラインはマリア嬢へ嫌がらせをして、それに憤った俺はキャロラインを殺し、マリア嬢を無理矢理俺のものにしようとして兄上に殺され、レオは……」
「クローク様!」
キャロラインの両手がクロークの頬を挟み、グイッとキャロラインの方へ向ける。クロークの瞳は強制的にキャロラインの瞳とぶつかった。
「クローク様、その現実は起きていません。私はユキの頃の記憶を思い出していますし、マリア様も転生者です。私はマリア様をいじめないし、クローク様はそもそもマリア様を好きになったりしないのでしょう?小説内とは何一つ同じことはありません。だから、大丈夫です。それに、私が絶対にクローク様を死なせないって言ったじゃないですか」
「ユキ……」
クロークの瞳に光が少しずつ宿る。コンサバトリーに差し込む陽の光がクロークを照らし出し、影の中から光の中へ招いているかのようだ。
「一緒に、幸せになりましょう。私がなぜこの世界に転生したのかはわかりません。でも、こうしてキャロラインとして生きているなら、クローク様と一緒に幸せな未来を築いていきたいんです。それに、クローク様は私のヒーローになってくださるって言ってたでしょう?」
クロークの手を優しく握りしめキャロラインは微笑む。その優しい微笑みはクロークの固まった心を溶かし、クロークの今にも止まってしまいそうな心臓がまたトクトクと正しく動き始めた。
「そう、だな。ああ。君と一緒なら、幸せになれる。俺も、君を幸せにしたい。俺は君のヒーローになる。そう決めたんだ。……ありがとう、キャロライン」
そう言って、クロークはそっとキャロラインを抱きしめる。キャロラインは優しく微笑みながら、クロークの背中を抱きしめ返した。
◆
「まあ、それじゃあ、クローク様は私が転生者なことをご存知なのですね」
それから数週間後。この日、マリアがキャロラインの元を訪れていた。二人は応接室でゆったりとお茶を飲みながら話をしていた。
「どうしても言わないとクローク様の機嫌が戻らないと思って。申し訳ありません」
「そんな、仕方ないですよ。クローク様の不機嫌そうな顔が目に浮かびますもの」
うふふ、とマリアは微笑んでお茶を一口飲む。
「そういえば、マリア様も転生前は日本人だったんですか?お住まいは?私は東京でした」
クロークからマリアに転生前のことを確認しておいた方がいいと言われていたことを思い出し、キャロラインはマリアへ尋ねた。すると、マリアはキョトンとした顔でキャロラインを見つめる。
「ニホンジン?」




