16 側近の疑念
「レオ?」
視線の先には、レオがいる。ふわりとした金髪が陽の光に反射して眩しいくらいに輝いている。思わずキャロラインが目を細めると、レオは静かにキャロラインの元へ歩いてきた。
「キャロライン様、少しお時間よろしいでしょうか」
「え?私、ですか?」
レオがキャロラインにわざわざ話しかけてくるなんて珍しい。いつもはクロークの側を離れないし、今日だってクロークと一緒に仕事をしていたはずだ。突然どうしたのだろうと驚いていると、レオは微笑みを絶やさず小さく頷いた。
「キャロライン様に、一度きちんとお礼を言いたかったのです。キャロライン様が頭を打ってから人が変わったようになって、初めは本当に驚きました。今でもまだ信じられないくらいです。ですが、そのおかげでクローク様にも変化が起きました。元々優秀な方でしたが、あのオッドアイのせいで家族だけでなく世間からずっと疎まれています。それゆえ、実力はあるのにやる気が起きなかったり、どこか自暴自棄になることもあったのです」
レオは地面を見ながらほんの少し表情を歪ませ、辛そうな顔をする。だがすぐに晴れやかな表情をキャロラインに向けた。
「しかし、キャロライン様が変わってから、クローク様も驚くほど変わられました。仕事にもやる気を見せ、屋敷の使用人たちともなるべくコミュニケーションをとるようになったのです。クローク様に対し誤解を持っていた使用人たちも、少しずつですがクローク様を信頼し始めています。私にとってこんなに喜ばしいことはありません。これはすべてキャロライン様のおかげです。本当にありがとうございます」
そう言って、レオは深々とお辞儀をした。
「そんな!むしろ、レオこそクローク様のためにずっと親身になって寄り添い続けていたでしょう。幼い頃からどんな時でも、クローク様の側にはレオがいたもの。一番の理解者であり功労者はやっぱりレオよ。だから頭を上げて」
慌ててキャロラインがそう言うと、レオは微笑んだまま頭を上げた。その微笑みは穏やかなはずなのに、どこか違和感を感じてキャロラインはドキッとした。
「そう言っていただけて側近冥利につきます。……ひとつお伺いしたいのですが、頭を打つ前のキャロライン様はクローク様の前に全く姿を現しませんでした。クローク様も同様です。それなのに、どうして俺がクローク様の側にいつもいることを知っていて、一番の理解者だと思えたのでしょうか?」
「そ、れは……」
確かに、頭を打つ前のキャロラインはクロークとレオの前にほとんど姿を現していない。クロークと対面したら最後、その顔を見せるな、呪われた瞳を持つ目で私を見るな、汚らわしいなどと罵声を浴びせていたのだ。クロークも、そんなキャロラインと顔を合わせないよう徹底的に避けていた。
「頭を打ってからのキャロライン様ならわかります。ですが、まるで頭を打つ前から見ていたと言わんばかりの発言でした。しかもなぜ、クローク様の幼少期のことまで知っているのですか?マリア様も同じようなことをおっしゃっていました。マリア様はキャロライン様から俺のことを聞いたとおっしゃっていた」
レオのペリドットのような黄緑色の瞳がキャロラインを射抜く。キャロラインは落ち着くためにティーカップを手に取り、一口飲んだ。
「そ、れは、えっと、クローク様から幼い頃の話を聞いていたからよ」
「……本当に?クローク様にキャロライン様と普段どんな話をしているかお聞きしましたが、まだ幼少期については詳しく話をしていないとおっしゃっていましたよ」
(やばい、有能なレオに嘘は通用しない……!)
キャロラインの背中に冷や汗が流れた。ティーカップを持つ手が震えてしまいそうで、キャロラインは震えないよう必死に耐えていた。ティーカップをテーブルに置こうにも、その仕草だけで震えて動揺しているのがわかってしまうので、置くことさえできない。
レオは微笑んでいるがその微笑みには不気味ささえうかがえる。完全にレオはキャロラインを疑っているのだ。
「あなたは一体何者なのですか?見た目は確かにキャロライン様だ。中身も、……昔のご自分がどれほど酷かったかを自覚してらっしゃいますし、キャロライン様なのでしょう。ですが、明らかにおかしい点がありすぎます。医師に聞いたところでは、記憶喪失でもないのにこれほどまで人格が変わるのは珍しいそうです。あなたは本当に本物のキャロライン様なのですか」
「わ、私は本物です!クローク様だって認めてくださいました」
「クローク様があなたにほだされた可能性だってあります。クローク様の心の隙に入り込み、まるで良き理解者のように振舞うことだってできる。あなたの目的は一体何ですか。クローク様に近づき、何をしようとしている?」
レオはキャロラインに近づいてキャロラインの片手を掴む。その反動で、キャロラインの手から持っていたティーカップが滑り落ちた。
カシャーンとティーカップがテーブルに落ち、割れる。まだ残っていたお茶の中身は飛び散り、まるで時が止まったかのようにキャロラインとレオはただお互いに見つめ合っていた。
「……レオ、何をしている」
突然、低く恐ろしい声が聞こえてキャロラインはハッとした。声の方に視線を向けると、クロークが鬼の形相でレオを見ていた。
「クローク様」
クロークの姿を見て、レオはキャロラインの手を離しキャロラインから距離を取った。それを見てクロークはキャロラインの元へ駆け寄り、キャロラインの手をそっと掴む。そして辺りにちらばったティーカップの欠片とお茶を見て眉を顰めた。
「大丈夫か、キャロライン。怪我は?」
「いえ、大丈夫です……」
キャロラインがそう言うと、クロークは魔法で壊れたティーカップを元に戻し、こぼれたお茶を綺麗に消し去った。
「それで、これは一体どういうことだ?返答によっては俺はお前を許さない」
クロークはキャロラインから手を離し、レオを見て言う。その視線はまるで相手の心を瞬時に凍らせてしまうほどの冷たさがあるが、レオは表情を崩さない。
「キャロライン様が怪しい言動を行ったため、尋問していただけです」
「怪しい?」
「はい。頭を打ってからのキャロライン様はまるで別人のようになられた。それだけでも不思議なのに、頭を打つ前のキャロライン様はクローク様に一切近づかなかったのにも関わらず、その頃のクローク様について詳しく知りすぎています。ですので、一体どういうことなのか確認しておりました」
「……今のキャロラインに不満があるのか?」
「不満なんてありません、むしろ良すぎるくらいです。ですから、余計怪しいのですよ。何かを狙っている可能性があります。その疑いが少しでもあるならば、追及するのが俺の仕事です」
レオは臆することなくクロークへそう言い放つ。クロークはレオの言葉を聞いて少し眉を顰めたが、はあと小さくため息をついた。そして、キャロラインを見る。
「キャロライン、レオへ本当のことを話すべきだ」
(え?本当のことって、まさか、転生前の記憶のこと!?)
キャロラインがクロークを見て目を大きく見開き絶句していると、レオが口を開いた。
「やはり何かあるのですね。……なぜクローク様もご存じなのですか」
「ま、待ってくださいクローク様。いくらなんでもレオに話をするのは……きっと、あり得ないことだと思われてしまいます」
キャロラインが慌ててそう言うと、クロークはフッと小さく笑った。
「確かに信じがたい話だ。だが、俺は信じた、信じるに値するものだったからだ。そして、レオは俺にずっと仕える側近だ。俺が信じるなら、レオもきっと信じるだろう」
(そんな理由で話しちゃうの?)
キャロラインが呆気に取られていると、クロークは周囲に魔法を施した。
「念のため防音魔法をかけた。これで他の誰かに聞かれることはない。キャロライン、身の潔白を証明するためにも、レオに詳しく話すんだな」




