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14 本心

「マリア様のお気持ちが済んだのであれば、私は屋敷へ戻って仕事の続きをしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、呼び出して済まない」


 レオはその場でお辞儀をすると、マリアとキャロラインへ笑顔を向け、屋敷へ戻っていった。


「マリア、レオに会えてよかったね」

「ええ、レオ様がクローク様を思う気持ちを聞けて感無量でした」


 胸の前に手を当ててほうっと嬉しそうにため息をつく。その姿は儚げで可憐で可愛らしいものだが、恐らく脳内の中ではクロークとレオのカップリングが行われているのだろう。キャロラインは苦笑しながらマリアを見つめた。


「さて、マリアはレオのことを聞けて満足したようだし、次は俺の番かな」


 そう言って、トリスタンがキャロラインをジッと見る。アクアマリン色の瞳は吸い込まれそうなほど美しく、キャロラインはつい胸が高鳴ってしまう。それをクロークに悟られないように気を付けながら、キャロラインは首を傾げた。


「キャロラインは頭を打ってから人が変わったようになったんだよね」

「え、ええ……皆さんからそう、言われますね」

「実際に、どういう心境の変化なのかな。あんなにクロークのことも嫌っていただろう?他の皆と同じように呪われた瞳であるオッドアイを毛嫌いして、触るなとまで言っていたと聞いているけど、今はそんなに密着していても何も言わないんだね」


 興味深そうにトリスタンがキャロラインを見つめる。確かに、前世の記憶を思い出す前のキャロラインは、クロークに触るな、近寄るな、いつか離縁してやると言って毛嫌いしていた。


「どう、と言われましても……」


 チラリとクロークを見ると、クロークはキャロラインの出方を窺うような顔だ。前世のことについて話さずにどうこの場を切り抜けるか見たいらしい。


「ええと、そうですね……。頭を打った後の私は、頭を打つ前の私の行いが最低だったと思ったんです。クローク様のオッドアイについて、今は何とも思っていません。むしろ、美しいなと思っています」

「美しい?この国では恐れられ、誰からも酷く忌み嫌われるオッドアイを?」


 トリスタンが驚いたように聞くと、クロークは眉を盛大に顰めている。


(トリスタン様、どういうつもりなのかしら……クローク様の前で、そんなことを平気で言うだなんて)


 キャロラインはなんだかムカムカとしてきて、ついキッとトリスタンへ厳しい視線を向けてしまう。


「確かに、この国ではオッドアイは呪われた瞳と言われています。ですが、それは古い言い伝えで実際には誰も被害を受けていないんですよね?それなのに、ただ古くからそう言われているというだけで毛嫌いするのは間違っていると思います」

「自分だってあんなに毛嫌いしていたくせに?」


 トリスタンがやや煽るような言い方をしながら、面白いものを見るような目でキャロラインを見る。


「そ、れは……そうですけど。あの頃の私は、クローク様へ本当に酷いことを言っていたと今なら思います。そして、あの頃の自分のことを恥じています。それに、今はクローク様をもう二度と傷つけたくない、悲しませたくないと思っています。もしかしたら傷ついてもいないし悲しんでもいない、呆れて怒っていただけかもしれません。それでも、もうそんな思いはさせたくないんです。何度謝ったところで済まされる話でないことはわかっているのですが、それでも、苦しい持ちでいっぱいです。本当に、申し訳ありませんでした」


 ユキの記憶を思い出す前、キャロラインはクロークへ罵倒し、物を投げつけ、蔑み、とにかくありとあらゆる酷い対応をしていた。その頃の記憶もキャロラインとしての意識もちゃんと持っているからこそ、あの頃の自分が最低な人間で、どれほどクロークに失礼なことをしていたのか身を持ってわかるのだ。後悔してもしきれない思いを胸に、キャロラインはクロークへ向かって謝罪をする。


 その言葉を聞いたクロークは、目を大きく開いてキャロラインを見ていた。ユキの記憶を思い出してからのキャロラインに何度謝罪されただろう。その度に、クロークは胸が高鳴り、キャロラインへ対してどうしようもない不思議な思いが溢れてくる。いつの間にか、クロークはキャロラインを抱きしめていた。


「ク、クローク様!?」


 驚いて離れようとするキャロラインをクロークはさらに力強く抱きしめる。そして、顔だけをトリスタンとマリアへ向けた。


「キャロラインの気持ちを聞けて満足か?満足したならもう帰ってくれ。邪魔だ」

「ク、クローク様、そんな失礼な言い方……」

「うふふ、確かにお邪魔かもしれませんね。トリスタン様、本日はそろそろお暇しましょう」

「……ああ、そうだな」


 嬉しそうに微笑むマリアへ、トリスタンは苦笑しながら立ち上がり片手を差し伸べる。その手を取って、マリアは立ち上がってキャロラインを見た。


「今日は楽しい時間をありがとうございました。キャロライン様、またお茶会しましょうね」

「マリア様、こんな状態ですみません。ぜひまた……」


 キャロラインはクロークの腕の中で身動きが取れないまま、もごもごとマリアへ挨拶をする。クロークは、キャロラインを抱きしめたままトリスタンへ冷ややかな視線を向けた。

 

「兄上はもう来なくていい」

「はは、冷たいな。それじゃ、またね」


 トリスタンは歩き始めながらチラリとキャロラインの方を見る。だが、キャロラインはクロークの腕の中にとらわれたまま、顔が全く見えない。その代わりクロークとまたばっちり目が合って、睨みつけられる。トリスタンは苦笑したが、すぐに視線を前へ戻すと何かを秘めた薄暗い表情で小さく呟いた。


「……つまらないな」

「トリスタン様、何かおっしゃいました?」

「いや、何でもないよ」


 マリアが首をかしげて尋ねると、トリスタンはいつものように美しい微笑みをマリアへ向けた。

 

 

 

 トリスタンとマリアが帰ってからも、クロークはキャロラインを抱きしめたままだ。


「あ、の、クローク様、そろそろ離してもらえませんか?」


 クロークの腕の中でキャロラインがそう言うと、クロークは小さくため息をついてそっと腕を緩める。キャロラインはクロークの腕の中から顔を上げると、すぐ目の前にクロークの顔があった。近い、あまりにも近すぎる。


(離してはくれたけど、腕を緩めただけで距離は全然離れてくれないのね……)


 宝石のような美しいオッドアイには熱がこもっていて、見ているだけでチリチリと焼け焦げてしまいそうだ。思わず視線を逸らすと、そうはさせないと言わんばかりに顎を掴まれ強引に視線を合わせられてしまった。


「クローク様……」

「あんないじらしいことを兄上たちの前で言うなんて、どういうつもりだ」


(いじらしい?どの辺が!?)


「確かに、あの頃の俺は呆れて怒っているだけだった。罵倒されるのも蔑まされるのも小さい頃から日常的で、慣れたものだからな。あの頃のキャロラインに何を言われたところで別に傷つきもしない、悲しくもない。ただただ、キャロラインが憎らしいだけだった。……それなのに、今はこんなにも君のことで胸がいっぱいになる。愛おしさで気が狂いそうだ。どうしてくれる」

「どうしてくれると言われましても……」


 戸惑うキャロラインを見ながらはあーっと大きくため息をついて、クロークはキャロラインの肩へ頭を乗せた。それから、少し経って顔を上げると今度は怒ったような顔をしてキャロラインを見る。


「マリア嬢にレオのことを話していたんだな。とっても仕事ができる優秀な人間で、見た目も申し分ない、だったか?まあ、そうだよな。ユキにとってレオは推しだった、そして今でも推してるんだろう?」


 キャロラインの頬を片手で何度も撫でつけているが、その優しい手つきとは裏腹に視線は煮えたぎるような嫉妬で燃えている。


「まさかマリア嬢がレオに会いたがるなんて思わなかった。そんなにレオについて魅力的だと話したのか?妬けるな」

「で、でも、レオのクローク様に対するお気持ちが聞けて良かったじゃないですか。マリア様も満足していましたし、私も聞けて嬉しかったですよ」


 キャロラインの言葉に、クロークの動きは一瞬止まる。だが、すぐに目を細めて口を開いた。


「それとこれとは話が別だ。今はキャロラインがマリア嬢へレオのことを話したということについて言っているんだ」

「そんなにお嫌でしたか?」

「嫌だね。俺の知らない所で、キャロラインが俺以外の男のことを褒めちぎっていたんだろう?そんなの許せるはずがない」


(これは、なかなかにまずいかもしれない)


 クロークは怒っている。かなり怒っている。怒りがおさまるまではたぶん身体を離してくれないし、離してくれたとしてもことあるごとに嫌みを言われてしまいそうだ。こんな状態でレオに遭遇したらこれまためんどくさくなりそうだ。この状況を打破するために、どうすべきか。


(これは正直に言わないとダメみたい。マリア様、ごめんなさい)


 心の中でそう呟いて、キャロラインは小さく息を吸うと真剣な表情でクロークを見る。


「あの、実はマリア様はレオのことを知っているんです」


 

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