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13 お茶会

「やあ、クロークにキャロライン。今日はお招きいただきありがとう。二人に会えて嬉しいよ」

「……俺は招いたつもりがないんですが、兄上」


 この日、クロークの兄であるトリスタンとヒロインであるマリアが、クロークの屋敷を訪れていた。

 

「まあ、そっけないことを言うなよ。マリアが、キャロラインともっと仲良くなりたいと言っているんだ。キャロラインもマリアとはもっと話をしたかったみたいだし、せっかくだからこうして皆で仲を深め合うのもいいんじゃないかな?俺もがらりと人が変わったと言われるキャロラインをもっと知りたいと思ったしね」


 小説内で一・ニを争うほどの美貌の持ち主からにっこりと微笑まれ、キャロラインは思わず頬を赤らめ視線を逸らす。それを見て、クロークは盛大に嫌そうな顔をし、それに気づいたマリアは両手を顔の前で合わせてあらあらと微笑んでいる。


「そう言えば、今日はレオ様はこちらにいらっしゃらないのですか?」


 ふと、マリアはきょろきょろと辺りを見渡してレオを探している。


「レオなら屋敷の中で仕事中だ。俺がこのつまらない集まりに呼ばれたせいで、レオは俺の仕事をする羽目になったんだ」

「まあ、それは申し訳ないことをしました」

「マリアはレオのことを知っているのかい?確かこの間の社交パーティーにはレオは来ていなかったはずだけど」


 マリアとレオは接点がない。不思議に思ったトリスタンがそう聞くと、マリアは一瞬固まってからキャロラインを見てにっこりと微笑む。


「いえ……キャロライン様から、とっても仕事ができる優秀な従者がいるとお聞きしたんです。見た目も申し分ないとお聞きしたので、そんな素晴らしい方がいるならぜひお会いしてみたいと思ったのですよ」

 

 フフッと無垢な微笑みを浮かべるマリアを見て、キャロラインは微笑みながら内心冷や汗をかいていた。キャロラインからレオの話を聞いたとマリアが言った瞬間、クロークの視線が突き刺さるようにキャロラインへ向けられたからだ。


(絶対、クローク様怒ってらっしゃるわ)


 キャロラインの前世であるユキは、小説内のレオを推していた。そのことを知っているクロークは、レオに少なからず嫉妬してる。


「ほお、キャロラインがレオのことをほめていたと。確かにレオはとてもできる良い男だ。そんなに会いたいなら、ここへ呼ぼうか」


 そう言って、クロークは掌を目の前に開いた。すると、小さな魔法陣が浮かび上がる。


「レオ、聞こえるか」

 『はい、クローク様。どうなさいました?』

「今すぐここへ来れるか?お前に用がある」

『かしこまりました』


 レオの返事を聞くと、魔法陣が消える。


(すごい、魔法陣がまるで携帯電話みたい!)


 キャロラインが驚いていると、クロークはキャロラインを見て目を細め口の端に弧を描く。


「よかったな、レオが来るぞ」

「……なぜ私へ言うんですか。会いたがっているのはマリア様ですよ」

 

 キャロラインがそう言うと、クロークはつまらなそうに視線をそらす。


「レオはクロークに長年仕えるだけあって確かに優秀な男だよ。でも、マリアが他の男に興味を持つのはなんだか嫉妬してしまうな。レオに会って、マリアの心がレオに奪われてしまわないといいのだけれど」


 そう言って、トリスタンはマリアの片手をそっととって手の甲に口づける。流れるような言葉と仕草に、キャロラインは感心していた。


(すごい、全く照れることなく当たり前のようにあんなことができてしまうなんて、やっぱり生粋のイケメンは違うのね)


「トリスタン様ったら。私はもうすでに心の全てをトリスタン様に奪われています。レオ様を見たからと言って、レオ様に目移りしたりしませんわ」


 マリアはそう言って、キラキラとした瞳を向け可憐な微笑みをトリスタンへ向ける。さすがはヒロインだ。美しい二人のやりとりをぼうっと見ていると、ふと近くに人の気配を感じた。


「クローク様、お呼びでしょうか」


 いつの間にか、レオがクロークの側に到着していた。ふわりとした金髪、やや垂れ目がちでペリドットのような美しい黄緑色の瞳のその男は、片手を胸の前に当てて小さくお辞儀をする。


「こちらのご令嬢が、お前に会いたいと言っている」

「初めまして、マリアと申します。キャロライン様から、レオ様がとても優秀な方だとお聞きしていたのでぜひお会いしたいと思っていたんです。お忙しい中こうして足を運んでいただき、ありがとうございます」


 マリアの話を聞いたレオは、一瞬驚いたようにキャロラインを見る。それから、すぐにクロークへ視線を向けてから小さく微笑んで目を伏せた。


「とんでもございません。クローク様の側近をしておりますレオと申します。どうぞお見知りおきを」


 そう言って、お辞儀をして顔を上げると微笑んだ。一見、人懐っこそうに見える外見だが、実際は何を考えているかわからない雰囲気も持っている。そのミステリアスな雰囲気も、ユキがレオを推す理由のひとつだった。


(小説の中のレオも魅力的だと思っていたけれど、こうして実物を目の前にしてもやっぱり魅力的だわ)


 キャロラインがレオを見ながらそんなことを思っていると、急に膝の上に置かれた片手をぎゅっと握られる。驚いて横を見ると、クロークのオッドアイが怒りをはらんだようにキャロラインを見ていた。


(あ、やばい)


 キャロラインがパチパチと瞬きをくりかえし首をかしげて微笑むと、クロークはズイッとキャロラインへ体を寄せ、キャロラインの腰に手を回して引き寄せる。そのおかげで、キャロラインとクロークの体はぴったりと密接した。


「あ、あの、クローク様、近すぎだと思うのですが……お兄様とマリア様も見てらっしゃいますし、少し離れた方がいいかと」

「キャロラインは嫌なのか?俺とこうしているのが、嫌だとでも?」


 有無を言わさぬ眼力でクロークがキャロラインを見る。いつもは美しく見えるはずのオッドアイが、まるで心臓を凍らせるかのように恐ろしい。


(ひっ、怖い……!)

 

 「い、いえ……嫌ではありません、ね、はい」

 

 キャロラインが小声でそう言うと、クロークはキャロラインを腕の中におさめたままトリスタンとレオを見る。まるでキャロラインは俺のものだと言わんばかりの顔だ。それを見て、トリスタンとレオは目を合わせて小さく苦笑した。


「あの、レオ様。ひとつお聞きしても?」


 突然、マリアの声がその場に鳴り響き、その場の全員が何事かとマリアへ視線を向ける。


「はい、なんでしょうか、マリア様」

「レオ様は、クローク様が小さい頃からずっと従者として側に仕えていたとお聞きします。クローク様は、……その、性格的に色々と気難しい所があるという噂もありますが、レオ様にとってクローク様はどのような主なのでしょうか?」


(マリア様、突然ぶっこんできたーっ!)


 突然すぎる質問に、さすがのレオも微笑を浮かべてはいるが視線をマリアへ向けたまま静止している。


「マリアはどうしてそんなことを聞きたいと思ったの?」


 トリスタンが思わずそう尋ねると、マリアは両手を顔の前で合わせてもじもじとしている。


「私、殿方の主従関係というものにとても強い憧れを抱いているんです。 長年育まれてきた強い絆というものを目の当たりにすると、胸がトキメクと言いますか……クローク様とレオ様にもそう言う強い絆があるんじゃないかと思って、お聞きしたかったんです」


 フフッと頬を赤らめながらそういうマリアは、純粋無垢に見えてとても可愛いらしい。だが、キャロラインは知っている。そのマリアは、クロークとレオを腐目線で見ているということを。


(マリア様、ご自分の心にとても正直……。でも、確かに私もクローク様とレオの関係性は素敵だなと思っているから、レオのクローク様への思いを聞いてみたいなという気がする。マリア様とは違う視点だけど)


 キャロラインは小説を読んでいる時、ブロマンス的な視点でクロークとレオを見ていた。キャロラインはレオへ視線を向けると、レオは微笑みを浮かべたまま少し考えるように視線を地面へ向けてから、すぐにマリアを見た。


「なるほど。そういうことでしたか。……そうですね、クローク様はたしかに幼少期からすこしひねくれたところがあると言いますか、気難しいと思われてしまう点はあるかもしれません。しかし、とても情が熱いお方です。誤解されやすい性格だと思いますが、それを含めてクローク様の代わりにうまく立ち回るのが私の役目だとも思っています。何があっても、私は常にクローク様の良き理解者でありたいと思っています。そう思えるほど、私にとっては素晴らしい主なのです。具体的に言えるのはここまででしょうか。これで、ご満足いただけましたでしょうか?」

 

 レオがそう言うと、マリアはその答えに満足したのだろう、頬を赤らめながら目を輝かせて何度も頷いた。


(レオ、本当にクローク様のことを大切な主だと思っているのね。やっぱり二人の関係性は素敵だわ)


 キャロラインは嬉しそうに微笑みクロークを見ると、クロークはまんざらでもないような顔でレオを見ている。


「……レオは本当にいい側近だ。クロークがうらやましいよ」


 トリスタンはそう言って微笑んだ。微笑んではいるが、なんだかその微笑みがすごく寂しそうに見えて、キャロラインは何か違和感を感じながらトリスタンを見つめた。

 


 

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