31.お披露目パーティーで頑張ります!⑤
その場でもう一度頭を下げ、私は覚えた挨拶を披露します。
「皆様、ただいまご紹介にあずかりましたリリア・エンバリーです」
しっかりと前を見据え、一言一句を噛みしめます。
「このたびは私のために、遠路はるばる集まって頂き本当にありがとうございました。エンバリー王国の諸侯と近隣諸国の友人がこれほど集まるのは、数年振りとのこと。とても嬉しく思います」
私の挨拶は長くありません。
今、踊ったダンスが挨拶代わりですから。
「……皆様の心配はわかっております。王家の一員として、私が役目を果たすことができるのだろうかと。その不安が私にもないとは言えません。ですが、私は誓います。しっかりと学んで、エンバリー王国と民に尽くすことを。どうか、よろしくお願いいたします!」
ぐっと頭を下げる。
これまでで最大級の拍手が巻き起こり、会場を包み込んだ。
言えた。
しっかりと間違いなく。
……良かった。
踊った熱が私の身体を駆け巡っている。
ふぅ、これで……最大の山場は越えた。
私は顔を上げる。ここから見えるほとんどの人が祝福してくれているように見えた。
だからこそ、私にははっきり認識できた。
ここから見たノルザが。血縁上の父が全く納得していないことを。
しかも息を吸って、口を開きかけていた。
何をしようとしているの?
ここで何か叫ぶつもり?
やめて。私をもう邪魔しないで。
あなたはもう、私の何者でもないのに。
私からはどうすることもできない。
とめて、だれか。
――でもノルザは口を開かなかった。
最後の最後で、踏み止まったのか。
勇気が出なかったのか。
わからない。でも何かしようとして、止めた。
それは多分、間違いなかった。
ダンスよりも挨拶より心臓が痛い。
鼓動がドクドクと気持ち悪いくらいだ。
ラーグ大公が拍手をしながらノルザに近寄って耳打ちしている。
……その様子を見ながら、私は壇上から一歩下がった。
私の出番はもう終わりだ。フェルトに代わらないと。
私が下がるとフェルトが前に立ち、挨拶を始める。
はきはきして聞きやすく、王子の風格にあふれていた。
これで式における私の役割はほぼ終わった。ぐったりとしながらもまだ気を抜くには早い。私は最後までしっかりと意識を保たなきゃ。
フェルトの挨拶が終わると次は王妃様のご挨拶、そしてまた陛下のお言葉へと移る。そして最後に全員で一礼をして。
ひときわ大きい拍手に送られながら、私たちは壇上の裏へと戻った。
式は三十分もなかったけれど、人生で一番長い時間だったかも。
でも終わったのだ。お疲れ様、私。
自分で自分を褒めたい……。
「お疲れ様、リリアちゃん! よく頑張ったわね!」
むぎゅーと王妃様が私を抱き上げてくれます。
ほっとする匂いと温かさ。私ももちろんぎゅーっと抱き返します。
「これも皆のおかげです」
「そんなことないわ! 一番大変だったのはリリアちゃんなんだから」
私的にはフェルトのほうが大変だった気がします。
魔道具を発動させるのはリズムや感覚の問題で、体力は使わないのです。
それに比べると今のフェルトは結構汗だくです。
「フェルト、大丈夫?」
「大叔父様の稽古に比べれば、全然。リリアのほうこそ、魔道具をふたつ発動させてきっちりやり切るなんて……」
「ああ、大したものだ。ローラ先生からプランを聞いた時は驚いたが、しっかりと見せてもらった」
陛下が私の頭をぽんぽんと撫でます。
髪を崩さない絶妙な加減はさすがです。
「これで皆、納得するでしょうか」
「納得しない連中がいたら、私がぶっ飛ばして……」
「い、いえ! そこまでは……!!」
さっきのノルザを思い出して、王妃様に慌てて声をかけます。
ここで大喧嘩が始まったら大変です。
「ほとんどの諸侯は受け入れるだろう。これほどの制御術を見せられては、認めざるを得まい。問題があるとすれば……あえて噛みつこうとする者がいるかどうかだが」
陛下が大広間に視線を向けます。
やはり懸念はラーグ大公でしょうか。
「でも父上、大成功でしょう?」
「それは間違いない」
フェルトがにこりと微笑みます。
私もフェルトへ微笑み返しました。
一仕事は終わりましたが、まだ終わりではありません。
会場には諸侯が残ってあれやこれやと歓談しています。
パーティーはこれからが華です。時間まで私もそこに飛び込まなくては。
ぐっと表情を引き締めると……フェルトがまたコップを持ってきます。
「はい、まずは落ち着いてね」
今度は蜂蜜とメロンのジュースを渡されて。
ふぅ、本当に彼には敵わないですね。
とりあえず甘いジュースを飲んで、息を整えて。
そこでさらに香ばしい小麦粉の匂いがしてきました。
おや。おやおやおや。
これはもしかして。
フェルトがちょっとした悪戯のように言います。
「……パンケーキもあるみたいだね。食べる?」
「食べます!!」
お腹が空いているわけではありませんが。
今はとても食べたい気分です。
私たちはまた会場へ向かわないといけませんからね。
その気合いを入れるのにパンケーキはとても有効だと思います。
それにこれはご褒美ということで。
間違いなく、私はやり切ってやったのですから!
これにて第3章、終了です!
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