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――幼い頃の二人が遊んでいる。我が家の庭園だ。庭園といっても母の管理する表の庭ではなく、屋敷の裏にある洗濯物干し場を兼ねた場所だった。洗濯メイドの目もあるおかげで幼い私たちが自由に遊べたそこは、芝生にシロツメクサの生えているような広場で、枝を振り回しながら駆け回るリチャードの傍らで、私は花冠を編んでいた。
「リチャード!」
声をかけるときゅっと音を立てるように方向を変えて私のところに走ってくる。少し息の上がったリチャードに私は出来上がったばかりの花冠をかけた。
あの時リチャードはなんと言ったのだったか、私は――。
「……!」
はっと目をあけると見慣れた天井が目に入った。一瞬自分がどこにいるのか混乱したが、天井の模様は、もう3年も寝起きしている学校の寮のものだった。
しばらくどこからが夢だったのかわからなくなったが、はっきり目が覚めてみると、昨日の中庭での出来事が夢だと思い込むほど、おめでたくはできていなかった。
私はため息をつきながら起き上がった。
今日は休日で学園に登校する必要はない。そして、これから街でリチャードに会う。
昨日、リチャードと別れた後の話の流れで、会うだけなら、会って会えないこともないかもしれないような気がする……と言った私に、
「善は急げ! いつまでも悩んでいても仕方ないじゃない」
「連絡したいなら僕の魔法で飛ばそう。返事も君のところに来るようにしておくよ」
クレアとその婚約者である魔術科主席オルディスさんに押し切られた私は、その場でリチャードに手紙を書いた。オルディスさんの魔法で飛ばした手紙は、返事が私の手元に届くよう呪文をかけてもらっていた。通常手紙は魔力を使った人間の元に戻る。私が一人で部屋にいるときに返事が来ても、大丈夫なようにかけてくれた魔法だったが、それが全くの無駄になる程、驚くほど直ぐにきた返事には、今日の昼に街でと書かれ、店の指定まであった。
学園内で会わないように一応は気を遣ってくれたとみえる。
朝からクレアが寮の部屋に押しかけてきて、めかしこまされた私は、軽いとは言い難い足取りで指定された店に向かった。
店に入るとリチャードは既に席に着いていた。奥まっていて外からは見えないし、店の中でも目につかない席だった。
「パトリックから助言されたんだ」
私を見つけて席を立ったリチャードは、私を席までエスコートしてくれて、椅子を引いてくれる。
「こういう所に俺は来ないから勝手がわからなくてさ」
意外だった。学園に入ってからは王子様ともてはやされ、目立つ存在だったから。そういえばオルディスさんも社交にはほとんど顔を出さないと言っていたっけ。
そうは言いながらも、エスコートする仕草は板についていて、王都に来てからの努力が見てとれた。地元では、社交界独特のマナーは教科書で習うもので実践するものではない。私もこちらに来てから王都の貴族たちのマナーを覚えるのには苦労したから。
「……ありがとう」
戸惑いがちに伝える私に、満面の笑顔で応えるリチャード。こういうところはまるで幼い頃に戻ったようだった。初等学校に入る前のリチャードは明るくて活発な少年だった。
幼い日、屈託のない笑顔を見せるリチャードと初等学校で私を取り囲む男子達の端で俯きがちなリチャード。
思い出が目まぐるしく駆け巡る。
「……どうする? ちょっと何が美味いのか俺にはわからないんだけど」
リチャードの声で我に帰る。メニューを見ると、女子受けに振り切った店で、私でもよくわからないメニューが多かった。おそらくここで何か食べてもリチャードは全くお腹の足しにはならないのではないかと思う。
「――このお店もオルディスさんが選んでくれたの?」
私の言葉にリチャードは少し首を傾げた。
「うーん、多分、アルヴェール嬢じゃないかな」
「クレア?」
「そう。ベルの好みの味の店だと言って勧められたんだけど、パトリックはベルの好みなんて知らないだろう?」
何故か探るような目で見られたけど、まあ確かにそうだ。ただ、クレアとオルディスさんの間では、どんなことでも情報共有されている気もするけど。
とりあえず私は、ワンプレートで食べられる軽い食事にした。リチャードも同じものをと頼んでいる。
食事の前にお茶が運ばれるまで、ポツポツと取り止めのない話をした。特待科の授業はどうかとか、王都の家はどうかとか、騎士科の訓練の様子とか――。
やがて運ばれてきたお茶を一口飲むと、リチャードは表情を引き締めて、私をまっすぐ見た。
「ごめん、本当に」
「うん、――みんなの前で恥ずかしかったわ」
「そっちじゃなくて…、いや、そっちもだけど。故郷でのレノックスの件。俺も加担するようなことして……、最低だった」
リチャードは深く頭を下げた。私が声をかけるまで頭をあげそうなリチャードを見て、重い口を開く。
「レノックスに脅されたの?」
頭をあげたリチャードは俯きがちに答えた。
「明確に脅されたわけじゃない。今なら言っていたこともほぼ何の根拠もない虚言だって気づいてる。――でも当時の俺は、こいつに歯向かったら実家に迷惑がかかると思い込んでいた。ベルも黙って耐えているのは、家のことを思ってだと。だから俺がレノックスに逆らうことは、俺の家にもベルの家にも迷惑がかかることだと思っていたんだけ。――でも、たとえそうだとしてもそうだとしても、レノックスがベルをなじるのは止めるべきだった。本当にごめん」
リチャードは立ち上がって再び深く頭を下げた。




