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「――そういうことだったのね」
「何も知らずに申し訳なかったね」
リチャードと話した日の昼、私はクレアとオルディスさんに誘われて一緒に昼食をとっていた。
故郷での出来事は、なるべく暗い雰囲気ならないように、言葉を選んだつもりだったが、クレアとオルディスさんの神妙な態度に私の方が慌てた。
「やめてクレア。オルディスさんも。こちらこそ、こちらの事情に巻き込んでしまったようでごめんなさい」
頭を下げる私に、いいや、とオルディスさんは首を振った。
「リチャードが養子であることは承知していたが、元の家の情報まで詳しく把握していなかった。地方の準男爵家で、当主は先の戦争で武功のある元騎士らしいということくらいは噂で知っていたんだが、そうか君と同郷だったんだね」
「クレアのお父様のことは知っていたんだから、私たちがもう少し情報を擦り合わせていれば気づけたことだったわ。…そう。お父様同士が、親友のような間柄だったのね。リチャードとあなたも、もともと親しかったなんて…。」
クレアの言葉に今度は私が首を横に振った。
「親しくしていたのは、初等学校に入る前のほんの小さい時だったの。向こうは忘れているかもしれないくらい」
それに子爵家の養子に入る前の実家が田舎の準男爵というのは、貴族たちの間では、一番どうでもいい情報だろう。自分たちの家より下位の貴族の次男、三男を養子にとると言うのは最も一般的で自然なことだから。まだ平民から養子を取ったという方が話題性がある。
「――ベル嬢は、養子の件は、知っていたの?」
「ええ。私は既にこちらに来ていましたが、父から手紙が届きました。リチャードは地元の学校で剣の技術では飛び抜けていましたし、お兄様もご健在で跡取りの問題もないので、良い話があれば養子を受けても不思議はないなと思いました」
「それだけ?」
オルディスさんの隣にいたクレアが身を乗り出した。
「クレア――」
静かだけど硬い声でオルディスさんが止めようとしたが、私は目で頷いた。
「大丈夫です。正直、故郷でのあれこれを吹っ切って過ごそうと思っていたので戸惑いました。……会った時にどんな気持ちになるかも怖かった。だから、できるだけ会わないようにしていました」
「だから私の誘いにも乗らなかったのね」
そう言って、クレアが納得したようにため息をついた。
クレアには、オルディスさんを含めた友人との集まりに度々誘われていた。しかし身分差を理由に断っていたのだ。クレアはそんなことは気にしなくていいと言ってくれたけれど。
オルディスさんとリチャードが比較的親しくしていると言うことをクレアに聞いて知っていたから。行ったらあってしまうかもしれない。そう思うと怖かった。
「リチャードも来なかったよ。マナーを学んでからとかなんとか言い訳して」
オルディスさんが苦笑した。
「まあ、これで入学当初からリチャードがなぜ君のことをずっと見つめていたかはわかった」
思いもかけない言葉に私は目を瞬いた。
「入学当初から?」
「あいつはわかりやすからね」
オルディスさんは、おどけたように肩をすくめて、だが真剣な顔で続けた。
「しかし、いじめに加担していたとはな。今のあいつからは考えられないな。何か事情がありそうだな。だからって許せることではないが」
「一度ちゃんと話してみたら? あなたの中にある何かも解けるかもしれないわ」
クレアの言葉に俯く。本当はわかっている。
リチャードが学園にいることは父からの手紙で知っていたが、噂の騎士科の王子様がリチャードだとは当初は本当に気づかなかった。
故郷にいた時は、領主の息子であるにもかかわらず、目立つ存在ではなかったというのもあるし、私が王都に来てから会っていなかった半年間で急激に背が伸びたらしく、遠目だけでは当時の面影がなかったからだ。
しかし、友人に誘われて剣術大会を見に行った時、新入生のデモンストレーションがあった。その時、闘技場に現れたリチャードを見て、それがあのリチャードだと気づいた時、胸が締め付けられた。
それがなんの感情から来ているのか、考えたくないと思った。あれ以来、友人から誘われても闘技場には行っていない。リチャードにも決して近づかなかった。
一度だけ、声をかけられたことがある。持っていた本だかノートだかを落としてしまったのだ。それを拾ってくれたのがリチャードだと言うことは声で分かった。私は顔を上げられず、逃げるように走り去った。お礼を言えたかどうかは覚えていない。




