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「ベル! 王都に行っても手紙をちょうだいね」
その声にハッと顔をあげた。
態度が露骨すぎたかとレノックスを見たが、あいつもベルの方を見ていて俺のことは全く見ていなかった。
地元の学校に通い始めてすぐ、分領の領主の息子である俺は、レノックスやその取り巻きに取り込まれた。分領の領主の中で一つ抜けた身分である子爵家の息子であるレノックスは、身分主義がはっきりしていて、自分が学内で最も地位が高いという自負があったが、自分より身分が下の者が相応の敬意を払えば、理不尽なことを言ってくるような男ではなかった。まだ幼さを残した頃だったし、レノックスも比較的、対等に付き合える友人を求めているようにも見え、取り巻きと言われつつも俺たちの関係は友人に近く、良好だった。
様子が変わったのは、入学して三年目に入り選抜クラスで女子と合同クラスになってからだった。
俺は、久しぶりにベルとの距離が近づくことを楽しみにしていた。これまでも学内で見かけることはあったが,女子クラスとはカリキュラムが全く違うので、ゆっくり会うようなことできなかった。何よりクラスの友人を差し置いて女子クラスにいるベルと時間を過ごすというのは、当時の俺にとっては気まずいものだったのだ。だが、同じクラスになれば話は違う。
ベルとまた会えるようになったら、あわよくば…という気持ちがあったのは否定しない。いや、またベルと過ごせる日々を指折り数えて待っていたと言っても過言ではない。だが、思いもよらないことが起こった。
合同クラスになっても、思ったよりもベルとの距離を縮めることができず、今までのクラスの仲間と過ごすことが多いと感じていた最初の学期、選抜クラス最初のテスト結果が発表された。
驚いた。
座学では、なんとベルがトップだった。しかも飛び抜けて。武道など運動系では、俺を始め数人の男子が上位だったが、総合ではベルが首位。
おそらくこれがきっかけだったと思う。
ベルは片田舎では目立つ容姿の持ち主だった。サラサラと背中の真ん中まで流れる髪と整った顔。立場的に手入れの仕方も違うのだろうが、平民までいるクラスメイトの中では明らかに際立っていた。
それまでもレノックスがそんなベルをチラチラと見るのが気にはなっていたが、成績発表をきっかけにレノックスがやたらとベルに絡むようになった。
大概はくだらないことだったが、それに俺たち取り巻きを付き合わせるのは、ほとほと迷惑だった。俺もくだらない絡みをする仲間だと思われてしまったら。しかし、身分関係を考えると強く出られなかった。
いや。言い訳だ。
俺は――、俺も,それを口実にベルと会いたかったのだ。
ベルはレノックスに絡まれている間、大概下を向いて黙っていた。その姿を見ると胸が痛んだが、それ以上にこちらを見てほしいと思った。同時にこんな姑息な手段でしかベルに近づけない自分を恥じてもいた。
半年にも過ぎる頃になると、クラスの男女間の仲も良くなってはきたが、領主の娘で田舎にあっては華やかな容姿で、そして子爵令息に目をつけられているベルに近づく男はいなかった。
そして卒業まであと半年となった頃、衝撃的な事実が判明した。
ベルが卒業後は王都に行くこと、試験があるのでまもなく王都に発つこと、……そして試験の結果いかんに関わらず、もうここには戻らないこと。
「理由をお伝えるする必要はないと父からも言われております」
レノックスに対してそう言ったベルは、今までになく毅然としていた。そうだった。ベルは別に気の弱い女の子ではない。レノックスのことだってこれまで、不敬だと言われない程度に付き合ってやっていただけだったのだ。増してやその取り巻きのことなんて眼中にもなかっただろう。――最後までベルは俺を見なかった。
それから間も無く、皆の進路が決まり始めたある日、俺は父に呼ばれた。
「リチャード、王都の子爵家がお前の腕を見込んで養子に欲しいと言っている。王立学園の騎士科入学が条件だそうだ」
俺は剣術だけはできた。だが、それだけだ。勉強もベルに追いつきたくて、頑張ってはいたが、ベルはおろかレノックスにさえ及ばなかった。地元では「レノックスの取り巻き」。それ以上でもそれ以下でもなかったと思う。
今思うと、父がどうしてあの話を持ってきたのか。跡取りの兄がいるとは言っても一人だけだったし、それまで俺は領地の騎士団で兄を補佐して生きていくのだと思っていた。
しかし、その時の俺にはそれを不思議に思う余裕もなかった。
一ヶ月後、俺はベルを追うように王都へと発った。




