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「こんにちは。今朝はお疲れ様でした。詳しい事情はわかりませんが、私にできることなら、協力します」
ベルから届いた手紙を授業中も何度も読み返した。
夕日が差し込んだ教室は、残っているクラスメートもまばらになった。俺は、手の中の手紙をもう一度読み返す。
ゴーンは、手紙だけでもやり取りできる仲になって良かったと言っていたし、パトリックもこれをきっかけに仲良くなればいいって言っていた。
だけど、いざ、返事を書こうと、なんて書けばいいのか相談すると、そんなのは自分で考えろ、俺たちは放課後の課外活動だ、婚約者と待ち合わせだと言って二人ともさっさと消えてしまった。
ゴーンが課外活動に真剣なのは知っているし、パトリックの婚約者であるクレア嬢は、よくベルと一緒にいるのを見かけるから、何か話を聞いてくれるつもりなのかもしれないが……。
一人取り残された俺は、こうしてまた手紙を眺めているというわけだ。
この文面を読む限り、俺の一世一代の告白が伝わったとは思えない。おそらく本当に罰ゲームをやらされて、嘘の告白を強いられた俺が困っているのだと思っているのだろう。
それはすなわち、彼女にとって俺は「騎士科のリチャード・アシュフォード」で、彼女を本当に好きで告白したなんて微塵も思っていないということだろう。
ほっとするような気持ちと、寂しく思う気持ちが入り乱れる。
はあ。
ため息をついて、机に突っ伏す。
――きっかけは、些細なことだった。
騎士科の武道大会。決勝進出者を予想して、一番はずれた奴が、罰ゲーム。内容は勝った奴らが決めていい。
そして負けたのが俺。
「王子様と呼ばれるお前が、長年、声もかけられずに片思いしている子に公開告白する」
断ればよかった。けど、俺自身ももう限界だったんだ。
同じ敷地にはあるが、敷地面積は文字通り山一つという広大な学園で、特待科という特別なクラスに通う女の子。
入学以来、既に三年近くが経過しているのに、騎士科に通う俺と彼女に接点ができる気配は全くなかった。
彼女の親友が、俺の悪友と婚約者同士であるにも関わらずだ。
王都に来るまで知らなかったが、俺は女性ウケする外見らしい。最初は王都の女性はやたらと人懐こいんだなと思った。スキンシップも田舎では考えられないくらい激しい。
しかしどうも、それは皆に対して行われていることではないようだと気付くのにそんなに時間はかからなかった。
俺の容姿に惹かれてくる女の子は苦手だ。得てして声が大きくて、俺のほうを見てニヤニヤしながら何か言ってる。
「リチャード君よ!」「王子よ!」「ちょっと声かけてこようよ」
本当に声をかけられたときは、逃げることにしているが、こそこそ言われているだけでは動くこともできない。彼女たちの聞こえよがしの噂話は、ひそひそと話しているだけなのに、俺にも周りにもしっかり届いて、全く知らない科の生徒にすら注目されたりして、居心地が悪いったらない。
ベルはそういう女子たちとは、一線を引いた付き合いをしているようだった。時々一緒にいる友達が俺のほうを見て何か言っても、困ったような顔で笑うだけで、すぐにほかの話題に移った。一人でいるときは、俺のほうを見ることも無い。それはそれで、寂しいけれど。
俺の方はといえば、いつも行き帰りの通学路でベルの姿を探していた。
姿を見つけたときは、さりげなく近づいてみた。
よく一緒にいる友人が、パトリックの婚約者だということがわかってから、パトリックを通じて俺のこと知っているか聞いてもらったこともある。
「知っていたよ。騎士科の有名人くらいさすがに知っているってさ」
それを聞いた時も複雑な気持ちになった。ベルにとっては、もはや俺が取るに足らない存在なのだと思い知らされた気持ちだった。
だから、あの日、落ちている教科書を見つけて、名前を見たとき、これはチャンスだと思った。
拾い上げた教科書を拾って、まだ近くにいるのではないかと辺りをみわます。
いた。
改校舎の手前。立ち止まった彼女は明らかに何かを探している。
俺は近づいていくと、思い切って声をかけた。
「これ落としたよ」
彼女は、びっくりした顔をして俺の手元を見ると、「あ、ありがとうございます」と真っ赤になって言った。そのまま、教科書を受け取って、ぺこりと頭を下げると、踵を返して校舎に入って行った。結局、俺の顔は一回も見なかった。
俺は、ただ呆然とベルの小さくなっていく背中を見つめていた。
そんな頃に、この賭けが持ち上がった。
そこまで思い出して、がばっと、起き上がる。
これは絶好の機会なのだと思ったじゃないか。
あんなこっぱずかしい告白させられたんだ。このままじゃ、俺は、彼女を利用したひどい奴のまま終わってしまう。名誉挽回どころか、恥の上塗りだ。
終わらせてたまるもんか。あの頃の後悔は二度と繰り返したくない。罰ゲームで嘘告をする奴だと思われてるなんて最悪だ。絶対に誤解は解きたい。
なんだか、怒りとともに闘志が湧いてきて、俺は、拳を握りしめた。




