#035 『大源泉』と鳥居の向こう Ⅰ
12時投稿、間に合いませんでした…_(:3 」∠ )_
青く輝く湖の近くへと飛び降りると、まるで海辺の砂浜にでも足を踏み入れたかのような柔らかな感触が足裏へと伝わってきた。
目の前の不思議な動きを見せる水を見つめながら目を細めるルーミアを他所に、僕は僕で、この円柱状の空洞の周囲へと目を向けていた。
うん、やっぱりか。
「……どうやらルイナーは意図的にここに穴を掘り進めていたみたいだね」
円柱状の空間には僕らが進んできた大穴の他に、いくつも穴が空いているらしい。
何を目的にしたのかはまだ判然としないけれど、こうもあちこちに穴が空いていて偶然でしたなんて事はないだろう。
「何が目的だったのかしら?」
「さて、なんだろうね。僕が知る限り、ルイナーが意図的に『大源泉』に近づくなんて事はなかったはずだよ」
ルイナーは魔力を持つ存在、生命力を持つ存在を標的にする。
その一方で、こういった『大源泉』に向かって大挙してやって来るような真似をしなかったし、向こうの世界で精霊を喰らうような真似もしていなかったはずだ。
実際のところ、体表に纏う魔力障壁がある事を考えれば、ルイナーにとっても魔力は重要なものだろうと考えられる。
そんなルイナーが『大源泉』を襲って喰らってしまい、世界の魔素が減少してしまうような事になってしまえば、ルイナーにとっても不利な状況を生み出しかねない。
そういう意味で、ルイナーが『大源泉』を襲うとしたら、それはルイナーにとっての外敵と言える存在が消え去ってからになるだろう、というのが僕の見解でもある。
しかし、そうなると、だ。
この場所にわざわざ繋いでいたのは、確実にルイナーにとっても意味を持つ行動であったはずだ。
うーん、なんだか厄介な事になりそうだなぁ……。
前世の経験上、イレギュラーには最悪を想定する癖がついているせいか、考えられる可能性はどうにも悪い方向に傾いてしまう。
「いずれにしても、この一帯を調査する必要があるね。この『大源泉』も明らかに何者かの手が入っているみたいだし」
風もない地底湖だと云うのにゆらゆらと揺らめき続ける水面の向こう側。
そこに佇む朱色の鳥居は、明らかに自然と生み出されたものとは言えない代物だしね。
「そういう事なら、三人を喚び出すわね」
「うん、お願い」
ルーミアが自らの影を踏むような素振りを見せると、途端に影が大きく円状に広がり、その中からジルを先頭に、その斜め後方左右にアレイア、そしてリュリュが姿を現した。
みんなして客人に対する使用人よろしく頭を下げているけれど、戦闘しているタイミングだったりしたらどうするんだろうか。
そんな益体もない事を考えつつ、僕は僕で目の前の湖と、その周辺でふわふわと漂いながら分裂と合体を繰り返す不思議な水の球体が、ゆっくりとこちらに近づいてきている事に気が付いて、そちらに目を向けていた。
「これは……『大源泉』、ですな」
「えぇ、そうよ。久しぶりに魔素の濃い環境に来れたから、あなた達も喚んであげようと思って」
「おぉ、左様でございますか。これはこれは、お気遣い、ありがとうございます」
いや、喚んだ理由はちゃんと他にもあるからね?
なんでバカンスに連れてきたみたいな会話してるのさ。
ルーミアとジルの会話についついそんなツッコミを入れようかと考えたところで、しかし目の前までゆっくりと近づいてきている水の球体が何をしようとしているのかも判らない以上、警戒しない訳にはいかず、口を噤んでおく。
少し様子を見ていると、水の球体は僕の前で滞空するように動きを止めてみせたかと思えば、まるでまじまじと観察するかのように僕の身体の周りをゆっくりと囲むように動き始めた。
「お姉様、あれって……」
「水の精霊……? いえ、しかし水の精霊と呼べる程の力はありませんね。ですが、どう見ても主様を気にして観察しているように思えますね……」
リュリュとアレイアが静かに会話する中で、敢えて僕は水の球体が進む方向に手を伸ばしてみせると、水の球体はゆっくりと僕の手の周りを動き始め、触れない程度の位置でくるくると回り始めた。
「……やっぱり、意思を持っているみたいだね。けど、希薄だ。精霊と呼べる程の自我を確立している訳じゃないみたいだね」
僕が言っているのは、この水の球体そのものが意思を持っている、という意味ではない。
どちらかと云うと、この湖そのものが、というところだろうか。
「ルーミア」
「えぇ、分かっているわ。私たちは周囲の大穴を軽く見回ってくればいいのね」
「うん。もしもルイナーがいたら処分しておいてほしい」
「ふふ、あの程度じゃ手応えがなさ過ぎるけれど、ね。ジル、アレイア、リュリュ。聞いていたわね? バカンスを楽しむ前の一仕事よ」
バカンスを楽しむって、冗談じゃなかったんだね。
そんな事を考えている僕を他所に、三人が返事をしてさっさとその場から消えて、ルーミアもまたその場を後にした。
さて、そろそろ僕も調査に本腰を入れようか。
湖へと足を向けて歩き出すと、水の球体がふよふよと僕の近くを追従してついてくる。
なんとなく待ってあげた方がいいのだろうかと悩みつつ湖の前まで足を進めれば、次の瞬間、まるで湖が僕を歓迎するかのように、水面が動き始めた。
僕から見て鳥居に向かって、まるでここを通ってくれと言わんばかりに水がせり上がり、湖の上に水の橋ができていく。
……別にそんな神秘的というか不思議な事をしなくても、飛んで行くつもりだったんだけどね。
なんだか過剰に気を遣わせたような気がして苦笑しつつ、ゆっくりと水で作られた橋に足で触れてみると、僅かに弾力はあるものの、しっかりと橋として渡れそうな感触が返ってきた。
ふよふよとついて来る水の球体も道案内でもするつもりなのか、僕の前へとゆっくりと移動して、僕が来るのを待っているらしい。
ここまでしてくれたのに空を飛んで行ったらガッカリされるのだろうか。
いや、歓迎してくれているらしいのにそんな事をするのは、さすがに可哀想な気もする。
そんな悪戯心を抑え込んで、僕は湖の上にできた水の橋へと歩みを進めた。
ゆっくりと前を進む水の球体は僕の歩みのスピードに追い付かれないように、心なしか急いでいるようにも思える。
けれど、お世辞にも動きが早いとは言えないせいで、ちょっと余所見をして歩いていたら、一度追いついてしまった。
……いや、うん。ごめんよ。
だからそんな、なんかこう悲しげに球体から崩れるように縦に伸びつつ高度を下げないでくれないかな。
良心が痛むから。
手を差し出して先に進むように促すと、水の球体が再び僕の前を進み始めた。
今度は追いつかないようにしよう。
……うん、やっぱり意思はあるね。
だとすれば純精霊だと考えられるけれど、この世界の精霊はそういう存在ではないはずだ。
もしかして、この『大源泉』の影響で偶然生まれてしまったのだろうかとも考えたけれど、それにしても行動が幼い子供を相手にしているような感じがする。
そうこう考えている内に鳥居の前に辿り着いて、一度思考を切り替えた。
「……読めないか」
鳥居は遠目には分からなかったけれど、何やら梵字のようなものが書き込まれていた。
白い紙でひらひらとした、確かあれって紙垂って名前だったかな。それが注連縄にぶら下がっていて、いかにも神社を思わせる。
神道とかは僕もよく分かっていないけれど、確か鳥居は俗界と神域の境界を示すもので、紙垂は悪いものを寄せ付けないとか、そんな意味があったはずだ。
となると、この鳥居を潜るとどこかに繋がっているのだろうか。
水の球体は僕に先に進むように促すかのように鳥居の此方側でふよふよと上下に漂っているし、とりあえず進んでみるしかなさそうだ。
いざとなれば転移で戻ってこれるだろうし、僕も一応は神の一柱なのだし、入っていきなり襲われるなんて事もないだろう。
意を決して鳥居を潜るように足を踏み入れると、光が弾けた。




