本の誘惑1
ジョージからグラッシス家の秘密を打ち明けられた翌日、マリーとユーリは珍しく2人で店番をしていた。
「ねぇユーリ、昨日の話どう思う?」
店を開けてすぐは暇なことが多く、この日もまだ客は来ていない。
「どうって、貴族になるかってことか?」
「それ以外に何があるのよ。だって貴方、子爵令嬢と付き合っているんでしょ?」
「付き合っているけど、俺は16で彼女は14だぞ?正直結婚とか考えないよ」
「え?もしかして好きじゃないけど興味本位で付き合ってるとか?」
マリーの眉間に皺が寄る。
「まぁ、確かにあっちから告白されて別に好きでも嫌いでもないからOKしたけど……興味本位って訳じゃないよ」
「ええ!不誠実ね」
「なんだよ、別にいいだろ?それより姉貴はどうなんだよ。彼氏とかいないのか?」
「いないけど?」
「姉貴はモテるんだからそれこそ貴族から求愛されたりしてるんじゃないのか?」
ユーリに言われてマリーは首を振った。
「残念だけどモテないわよ」
「バッカス様とかカータス様とか」
「彼らは友人。わざわざ平民の私にアプローチするわけないでしょ」
ユーリの顔がひきつる。
「それ、マジで言ってるの?」
「え?当たり前でしょ」
「あれだけわかりやすいのに、さすがに同情するわ」
「誰に同情するのよ」
マリーの眉間に皺が寄る。
「まぁいいけど。姉貴は顔はまぁまぁだし魔力も高くて成績もいいだろ?俺、同級生の何人かに紹介してくれって頼まれたことあるぞ。ムカつくけどモテるのは事実だろうよ」
「それは貴方に対する社交辞令なんじゃない?」
「どんな思考回路してたらそうなるんだよ」
「なによ、喧嘩売ってるの?」
マリーが水泡を作り出した。
「おい、店の中で俺に魔力攻撃しようとするなよ!姉貴は魔力化け物級なんだから」
「コントロールも化け物級よ。試してあげようか」
「武力で口を塞ごうとするな!わかったよ、言いすぎた。謝るから!ごめん!」
ユーリが一応謝ったのでマリーは水泡を消した。
「で、話は戻るけど貴族に戻りたい?」
「うーん………どうなんだろうなぁ?正直わかんないや。今の生活に不満がある訳じゃないし、貴族って肩凝りそうだからな」
「それは言えてる。親の呼び方とかも『父上』とか『お父様』に変えないといけないわよね」
「………姉貴を『お姉さま』なんて呼びたくないぞ」
「私も呼ばれたくないわよ。今の言葉だけで鳥肌立ったじゃない」
マリーは両腕をさすった。
「でも、領地経営には興味があるんだよなぁ」
ユーリはマリーと違い魔力の量は多くないが、数字にとても強く経営の本をよく読んでいる。
「まぁユーリは領地運営とか得意そうよね」
「あとは馬が飼えるな」
マリーもユーリも乗馬が好きなのでこれは魅力的だ。
「毎日、馬の世話が出来るのもいいわね。ブラッシングするの好きなのよねぇ」
「いい服も買えるだろうな」
「ドレスとか動きにくいからあんまり好きじゃないけど」
「なんか、ピンと来ないよな貴族なんて」
「そうよねぇ」
2人は同時にため息をついた。
「まぁ今すぐに結論を出してほしい感じじゃなかったし、少し考えましょう」
「だな」
「取りあえず出来上がった眼鏡の点検するわ。ユーリは陳列品の磨きお願いね」
「路面だからすぐに汚れるよなぁ」
ユーリはメガネ拭きを手にするとならんでいる眼鏡フレームを丁寧に磨きだした。
マリーはレンズ測定器で度数の間違いがないかのチェックとフレームに傷などがないかの最終チェックを始めた。
しばらく沈黙が続く店内に
「おはよう、マリー」
沈黙を打ち破るように声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
ユーリがそう言ったのでマリーは測定器から視線をあげた。
そこに立っていたのは花見以来のアーノルドだった。




