グラッシス家の秘密4
花見から数日が経ったある日の夕食後、マリーと弟のユーリはジョージに呼ばれた。
ジョージには専用の書斎があり、夕食後はその部屋にいることが多く、家族がその部屋に入るのは呼ばれた時くらいだ。
「お父さん、何の用なわけ?」
書斎に座って向かい合ったジョージが何も言わないのでユーリは少しイラついているようだ。
背は175センチほどでマリーと同じ毛色の髪は短い。
瞳の色は濃いグレーで目鼻立ちがはっきりしているので気が強そうな印象を受ける。
「何から話すべきか迷っているのだが……ユーリが卒業したら伝えると決めていたことがあるんだ」
ジョージは自分で入れたコーヒーを1口飲んだ。
「伝えたいこと?」
マリーが聞くと、ジョージはとても言いにくそうに
「我が家は君たちが生まれる少し前までは貴族だったんだ」
と口にした。
「は?貴族って、あの貴族のことか?」
ユーリが聞く。
「そうだ。爵位は伯爵だった」
「伯爵って、上位貴族じゃない!」
マリーがビックリして大声になる。
「姉貴、うるさい。気持ちはわかるけど。どういうことか説明してくれ」
ユーリに言われてジョージはゆっくりと説明してくれた。
グラッシス家は代々、ウェルガング家の横の領地を納めていた伯爵家であること。
祖父エドガーが平民になりたいと言い出して、褒美として平民になったこと。
陛下の計らいで孫の代までは爵位を戻すことが出来ること。
そのため、ジョージは今でも旧領地の運営に携わりその資料がこの部屋に保管されていることを説明した。
マリーとユーリはなんとコメントすべきかわからずしばらく黙っていた。
「まぁ、そういうわけで我が家はいつでも伯爵家に戻ることができる。しかし、平民でいたいと思っているのならこのまま眼鏡店を続ければいい。別にお金に困っているわけではないからね」
ジョージは眼鏡の奥の瞳を細めた。
「私は貴族と平民、どちらも経験しているのでどちらの長所も短所も知っているつもりだ。平民に関しては君たちは経験済みだからいいとして、貴族の短所については説明が必要ならしようと思う」
「そこは長所も説明してくれよ」
「もちろん、伝えるさ。しかし、貴族には貴族の苦労があるからね。そこはきちんと伝えたい」
「それでお父さんがこの話を私たちにしたってことは貴族に戻りたいからなの?」
マリーの問いかけにジョージは首を振った。
「私は今の眼鏡屋店長の生活が気に入っているから、このままでいいと思っている。ただ、孫の代までは領地運営に携わらないといけないから伝えたまでだ。それに………」
「それに?」
ジョージはマリーとユーリを交互に見ると
「もし、貴族と結婚したいのなら戻った方がいいからね」
と笑った。
「どういうこと?」
「言葉のままだよ。君たちが通った学校はほとんどが貴族の子だ。その中で恋愛して結婚したい相手が見つかったかもしれないだろう?マリーはいなさそうだが、ユーリはどうかな?」
ジョージに言われてマリーは横に座るユーリに視線を移した。
少しユーリの顔が赤い。
「もしかして、ユーリ彼女いるの?」
「…………」
ユーリは答えない。
「沈黙は肯定と取るわよ。もしかして、学校で知り合ったの?」
「別に姉貴に言わなくてもいいだろ」
「よくないわよ!もしその子が貴族なら……お父さんが言ったみたいに貴族に戻るかもしれないんでしょ?」
「………そうだよな」
ユーリは小さく舌打ちした。
「学校で知り合った2つ年下の子爵家令嬢と付き合ってるよ」
「名前は?」
「今は言う必要ないだろ?それより、お父さんの話を聞かないと」
あとで教えてもらおうとマリーは心に決めてジョージと向き合った。
「お父さん、もし仮に貴族に戻るなら何が大変なの?」
「そうだな。一番大変なのは引っ越しだろうね。以前住んでいた邸はそのままだから、住めるように改築して執事や侍女を雇う必要がある。あとは眼鏡店をどうするか。移転するかこのまま続けるか」
「領地運営と眼鏡店って両立できるのか?」
「今は領地運営については王家とウェルガング家に頼っている所が大きいから、すべてやるとなると大変だろうね。ユーリは跡取りになるから眼鏡店はマリーが中心になるかな」
貴族は最初に生まれた男児が跡継ぎになることが一般的だ。
「そうなると私は貴族に嫁ぐことになるのね」
「そうだな。社交界で恥をかかないようにダンスなどは一通り教えてはいるが……実践は大事だから社交界にも顔を出すことになる」
「なんか面倒なんだけど………」
前世でもごくごく普通の眼鏡店の娘だったので今さら社交界とか行きたくないなというのが本音だ。
でもユーリが今の彼女と結婚を考えているなら貴族に戻る可能性が出てきてしまった。




