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花見6

丘の下の木の辺りで白馬は静かに草を食べていた。


近くで見ると本当に毛並みが綺麗だ。


「触っても大丈夫ですか?」


マリーに問われてアールドは白馬に触れて優しく撫でた。


「問題なさそうだ」


マリーはそっとその背中の白い毛並みに触れてみる。


ふわりとした柔らかな感触の下に筋肉質なかたさを感じる。


温かくて気持ちいい。


「本当に綺麗ですね」


マリーは眼を細めて優しく何度も背中を撫でた。


その姿をアールドはジッと見つめている。


「名前はありますか?」


白馬から視線をアーノルドにうつすと、彼は少しだけ動揺したように目を泳がせた。


「ベデル様?」


怪訝そうにマリーは首を傾げた。


「あ………すまない。名前はハクだ」


「ハク………素敵な名前ですね」


名前に反応したハクがヒヒンと少し鳴いて首を動かす。


「君もこの名前が気に入ってるのね」


マリーはまた、ハクに視線をうつした。


「グラッシス嬢は、本当に馬が好きなのだな。ハクは大人しい馬ではあるが、初対面の人間は警戒する。しかし、君に関しては問題ないようだ」


「ハクに認められるなんて、なんだか嬉しいです。母の実家に何頭か馬がいて、遊びに行くといつも世話をしています。乗馬も結構得意なんですよ」


「それならいつか一緒に遠乗りに出掛けたいな」


「ぜひ!と言いたいですが私には愛馬はいません。なので遠乗りは難しいです」


平民で馬を所有している家庭はほとんどない。


世話にお金がかかるし広い庭も必要となるからだ。


「そのときはハク以外の馬を貸すよ」


「他にもいるんですか?」


「ああ。この馬はカイサス様からのプレゼントでその前から保有していた馬も含めて何頭か我が家にいる」


「王太子殿下からの贈り物ですか!?どうりで立派な訳です」


マリーはハクの背を撫でるのを止めて、アーノルドに向き合った。


「王太子殿下とは仲がいいんですね」


「まぁ歳も同じだし幼い頃からずっと面倒を見させられているからな」


「面倒を見させられている」


王太子殿下にそんなことを言うのは不敬では?と思わずおうむ返ししてしまった。


「ああ。即行動タイプだから周りはいつも振り回されているよ。頭の回転も速く凄い人物ではあるのだが………なんというか色々大変なのだ」


アーノルドが眉間に皺を寄せながら嫌そうに言うのでマリーは笑ってしまった。


「ふふ、殿下の事をそんな風に言えるだなんて、さすがです」


「君もカイサス様の下で働くとわかる。本当に大変だぞ」


「でもそれは、ベデル様を信用しているからですよね」


「そうだと信じたいな」


アールドがハクに触れた。ハクは甘えるようにアールドの手に鼻先を乗せた。


マリーはカイサスを遠くからしか見たことがない。


祭りや大会などでVIP席に座っている姿しか記憶ない。


金髪碧眼で左目にはサングラスタイプのモノクルを付けている。


左目は特殊な魔力が宿っているそうで、国民の前に姿を現す時は怖がらせないためにモノクルを付けているそうだ。


どのような魔力なのかはよくわからないが、その瞳で見つめられると嘘がつけなくなるとか、身体の自由がきかなくなるとか言われている。


しかし、平民の間では正しい情報は流れていない。


「王太子殿下は常にモノクルをつけているのですか?」


ふと疑問に思い聞いてみた。


「ああそうか。グラッシス嬢は片眼を隠したカイサス様しか知らないのか」


「はい。瞳を隠すためだと聞いています」


「まぁ、確かに左眼の魔力は強力だからな。しかし、殿下自身がその力を使おうと思わない限り効力はないから、普段は隠していないな」


「そうなんですね」


「邪魔だとすぐに外している」


そんな他愛のない話をしているとアールドが小さく咳払いをした。


「グラッシス嬢、どうだろう?私と友人になる気になったか?」


どこか緊張した面持ちで聞かれた。


マリーは少し驚いて


「えっ?」


と返答してしまい、慌てて


「あ、申し訳ありません!不敬でしたね」


と謝った。


「いや構わないが……質問に答えてくれるとありがたい」


「あ、えっと……もちろん私で良ければベデル様と友達になりたいです」


「本当か!?」


「はい、勿体ない申し出だとは思いますが」


マリーの返事にアールドはとても優しい瞳で見つめてきた。


トクンと心臓が跳ねる。綺麗すぎて心臓に、悪い。


「なら、マリーと呼ぶことを許してほしい」


その瞳の優しさと彼の口から放たれた自分の名前に勘違いしそうになる。


怖い人。一体どれだけの女性を誑かしてきたのだろう。



「もちろんです。マリーとお呼びください」


「では、私のことはアーノルドと呼んでくれ」


「へっ?あ、えっと……アーノルド様?」


「なんだい、マリー」


アーノルドはそれはそれそは美しい笑みを浮かべて呼ぶので、マリーは頬が朱くなるのを止められなかった。


「イケメンの笑顔の破壊力………すごい」


アールドに聞こえないように呟くと小さく息を吐いた。


笑顔ひとつで狼狽していたら友人になんてなれない。



「友人としてよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


すごい友人が出来てしまった………そんなことを思った時に、懐かしい魔力を察知してその方向に顔を向けた。


アールドも同じ方角を見ている。


その先にいたのは、笑みを絶やさないカータスだった。


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