花見1
花見当日。
「マリー、準備はできてるか?」
10時半ごろバッカスの声が呼び鈴と同時に玄関からした。
マリーの家は貴族の邸宅ではなくやや大きい平民の家だ。
そのため門番などはいない。
マリーは自宅の玄関を開けた。
玄関前にはバッカスとメイとショーンが立っている。
「お待たせ。荷物が2つになったから運ぶの手伝ってもらってもいい?」
マリーは手に持っている荷物から足元に置いてある荷物に視線をうつした。
「この荷物だけ運んでくれると助かるわ」
バッカスの方を見ながら言うと、彼が返事をする前にメイがニッコリと笑う。
「ショーン、馬車まで運んで」
メイの後ろに待機していたショーンがスッと前に出てくる。
「畏まりました。マリー殿、荷物をお預かりしますね」
「あ、ありがとうございます」
バッカスに頼むつもりだったので驚いていると
「2つとも私が持てますのでこちらに」
ショーンは足元に置いていた荷物と手に持っていた荷物を軽々と持ち上げて、馬車へと歩いていった。
無駄のない動きだ。
「なんだか申し訳ないわ」
「マリーは美味しいお昼ごはんを作ってくれたからいいのよ。ショーンは力持ちなんだなら任せたらいいの」
メイがニッコリ笑う。
「お前の笑顔は怖いなぁ………」
バッカスが呟いた。
「あら、荷物持ちがしたかったの?」
「そういう訳じゃないけどよ」
バッカスはチラリとマリーに視線を移した。
「それよりマリー」
「なぁに?」
「その………」
バッカスがマリーの顔を見て言い淀む。
「なに??」
「あ……いや……なんでもないや」
バッカスは視線を反らした。
「何よ、気になるわね」
それを見ていたメイが小さくため息をついた。
「バッカス、褒めるならスマートに言わないと」
「なんのこと?」
マリーが首を傾げると
「髪型を褒めたかったのよ」
メイがやれやれと肩をすくめる。
「友人の髪型くらいすぐに褒めなさいよ」
「あ………いや………初めて見たからつい……」
そう言われてマリーは、そういえばバッカスの前で髪を下ろしていたことはなかったかもしれないと思った。
「いつも束ねているのは邪魔だからなの。学生の時も仕事の時も。でもせっかくのピクニックならちょっと下ろしてみようかなぁって……変かな?」
「いや!!変じゃない、全く変じゃないよ!!その……大人っぽく見えるなって思っただけだよ。」
「それは褒めてるの?」
「あ、ああ。似合ってるよ」
耳が赤くなっているバッカスを見てマリーは笑った。
「女性を褒めるのなんて慣れっこでしょ?」
「慣れてないよ。別に………」
「褒めてくれてありがとう」
2人を見てメイがニヤニヤ笑っているを確認したバッカスは視線を反らすと急ぎ足でショーンの後を追っていった。
「バッカスって面白いわよねえ」
メイはまだ笑っている。
「相変わらずメイとバッカスは仲良しね」
「………今のやり取りをみてそう思えるマリーはさすがね」
「さすが?」
メイは小さくため息をついた。
「まぁいいわ。公園の近くまで我が家の馬車で行くから乗ってちょうだい」
「歩いて10分くらいだし、馬車に乗らなくてもいいと思うんだけど」
「ベデル様とカータス様も来るのよね?まさかお二人を芝生の上に座らせるわけにもいかないでしょ?だから簡易ティータイム用のテーブルと椅子を持ってきたのよ」
「そうなの!?」
「ええ。折り畳み式のものだから軽いけど、テーブルと椅子6脚とパラソルを持って歩くのは大変よ」
それは確かにかなりの荷物だ。
「ショーンが力持ちと言っても持てる量には限度があるし。バッカスにも運んでもらうけどできるだけ近くまで馬車で行った方がいいと思うわよ。侯爵家の人間を待たせるわけにもいかないし」
「そっか………貴族の方達は地べたで食事なんてしないのね」
「私やバッカスは平気だけど、ベデル様とカータス様が平気かわからないでしょ?念のためよ。それに私も椅子の方がいいし」
「ごめんね、そこまで気が回らなくて」
マリーに言われてメイは優しく笑った。
「この花見の発起人は私よ。色々考えるのも私でいいのよ。マリーは美味しいサンドイッチを作ってくれたんだから」
「ありがとう、メイ」
「サンドイッチ楽しみだわ。さあ早く馬車に乗って」
マリーは頷くとバッカスにもエスコートされて馬車に乗り込んだ。




