花見の前に3
「お母さん、呼んだ?」
マリーは母ユリアンがいるフレームの作業場の扉を開けた。
作業場は店の裏手にあり、すぐに行ける距離だ。
グラッシス眼鏡店ではフレーム作りはユリアンがレンズ作りはジョージが行っている。
扉を開けると作業台に突っ伏しているユリアンがいた。
「お母さん!?どうしたの?」
マリーが慌てて駆け寄る。
やや青みがかった茶色い髪が揺れて、ユリアンは上体を起こした。
マリーによく似た顔立ちだ。
しかし、顔色が悪い。
「ごめんなさいね、マリーちゃん……魔力切れみたい……」
ユリアンがへにゃりと笑った。
「またぁ?どうしてお父さんに言わないの!」
「マリーちゃんを呼んでもらう時はまだ大丈夫だったのよ………このフレームだけ作ろうと思って集中してたら途中で切れちゃって」
マリーはため息をついた。作業台には型に金属が流し込まれた中途半端なフレームの前枠が置かれている。
「もう、自分の魔力量は把握しておかないと。ユーリはどこにいるの?」
弟のユーリもユリアンと一緒に作業してきたはずだ。
「ユーリちゃんも魔力切れ起こしちゃったみたいで……部屋で休んでるわ」
「もう!2人とも作業に集中したら色んなこと忘れる癖なんとかしてよ!」
「ごめんなさい………」
「とりあえずお母さんはベッドで休んでて。魔力補充のサプリがまだ残っていたと思うからそれ飲んで今日は大人しくしててね」
「はぁい……それでね、マリーちゃんお願いがあるんだけど……」
ユリアンが弱々しく口を開く。
「このフレームは完成させておくから」
「さすが、私の言いたいことがわかるのね」
「ほら、とりあえず横にならないと。歩ける?」
「ええ、たぶん」
マリーに言われてユリアンが立ち上がったので、マリーは肩を貸した。
「作業場の仮眠室に運ぶよ。ユーリは自室でしょ?」
「そうなの。あの子は枕が変わると寝れないから」
「あとで覗いてみるわ」
「ありがとう。でもマリーちゃんが火魔法も使えるのはこういうときに助かるわねぇ。あのフレーム、どうしても今日中に作りたかったの」
「もしかして伯父さんへのプレゼント?」
ユリアンの兄の誕生日が近かったはずだ。
「そうなの!子爵として恥じない素敵なフレームをプレゼントしたくて」
ユリアンの生家は兄が継いでいる。
「完成したら置いておくから最終確認にしてね」
仮眠室についたので、ユリアンはフラフラとベッドに横になった。
仮眠室の引き出しを開けると魔力補充のサプリがあったので、それをユリアンに渡す。
「じゃあ、フレーム完成させておくからお母さんはゆっくり休んで」
「そうするわ」
ユリアンはサプリを飲むとそのまま寝てしまった。
魔力切れを起こしてしまったら回復するためには寝るしかない。
マリーは起こさないように静かに仮眠室を後にすると、先ほどユリアンが倒れていた作業台に向かった。
フレームの型に流し込む予定だった金属が中途半端な形で止まり固まっていた。
「全く……」
マリーはため息をつくと、そのフレームに手をかざした。
ゆっくりも詠唱する。
すると、マリーの手から青白い炎が現れて中途半端に溶けて固まっていた金属が赤く染まりグニャリと動くとそのままどろどろと赤く光りながら前枠の型の中へと落ちていく。
マリーは細かく指を動かしながら微調整をして、足りない金属を更にとかして型すりきりに流し込んでいく。
その後はムラが起きないように魔力を調節して金属の温度を一定に保つ。
「ふう………こんなものかしら」
マリーの掌から炎が消え、どろどろと光る金属がゆっくりと赤から黒へと色を変えていく。
今度は水の風船を作って金属を覆うと
ジュー
という音がして煙があがり、しばらくすると型どおりの形になった真っ黒な前枠が出来上がった。
それを型から取り出してヤスリで削る。
しばらく削ると黒色が薄くなり光沢のあるシルバー色となった。
「塗装はするのかしら?それともシルバーのまま?」
マリーはヤスリをかけながら、前枠につけるはずの耳にかけるテンプルのパーツを探した。
少し離れた場所に1対ある。
「塗装はまだしてないのね」
テンプルの色はシルバー。
「仕上げは自分でするかな?」
マリーはとりあえずヤスリかけを終わらせてテンプルと前枠をネジで止めてフレームの形にした。
歪みがないかチェックして、噛み合わせが悪い箇所にヤスリをかけて微調整をする。
「こんなものかな?」
久しぶりにフレーム作りをしたが、やっぱりもの作りは楽しいなと思う。
魔力切れは困るが、没頭する気持ちはわかる。
「火と水か」
この世界では魔法が使えるが、ほとんどは1つの種類の魔法しか使えない。
水魔法なら水魔法、火魔法なら火魔法しか使えない。
ごくたまに2種類の魔法が使えるものもいるが、本当に少数だ。
平民で魔法が使えるだけでも目立つのに2種類の魔法が使えるとなるとさらに悪目立ちしてしまう。
家族で話し合ってマリーが2種類の魔法が使えることは家族以外には秘密にしている。
「私って秘密が多いわよねぇ」
マリーは小さく呟いた。




