友人3(sideアーノルド)
「お、眼鏡やっと完成したのか。似合ってるじゃないか」
王太子の執務室に出勤したアーノルドを見かけると、カイサス・オリオンが爽やかな笑みを浮かべながら言った。
王家特有の金髪碧眼のカイサスは誰が見てもオリオン王国の王子だな、とアーノルドは思った。
白い歯を見せて少年のように笑うこの男ほど、心が読めない人間もいない。
こんな嘘くさい笑顔によく皆騙されるよな……と思う。
「はい。とてもよく見えます」
「そりゃあグラッシス眼鏡店の眼鏡だからな。何度も作り直しをしないといけなかったなんて、よっぽど珍しい眼をしているのか?」
「いえ………これは私のせいです」
「君のせい?どうして?」
「それは………」
アーノルドが言い淀むとカイサスがニヤリと笑った。
「詳細を話してみろ」
本当は嫌だが、王太子の命となれば断ることは出来ない。
仕方なく、アーノルドは再作を何度もしていた理由を話した。
すると……
「ふっ……ふはは…!」
カイサスは我慢できないとばかりに身体を震わせて笑いだした。
「アーノルド、お前はガキすぎるぞ!くく」
笑いが止まらないらしく、くっくっとまだ笑っている。
「ご自分から命令しておいて、笑うのはさすがに失礼かと」
幼稚なことをした自覚はあるので、強く否定出来ないのが悔しい。
「くく……すまない。いやぁ……久しぶりに笑ったな。くくっ……で、友人にはなれたのか?アーノルド」
「たぶん」
「たぶんねぇ」
カイサスは笑みを浮かべたまま
「まぁ相手は友人になったつもりはないだろうな」
と断言した。
「どうしてそう思われるのですか?」
「いくらグラッシス家とはいえ、娘は平民だろう?次期侯爵が約束されたアーノルドが本気で自分と友人になりたいと思っていた、なんて信じないぞ」
「きちんと説明したらわかってくれました」
「それは眼鏡に難癖をつけた理由だよ。自分と会話したいという目的なら達成できたと思っただろうな。友人は言葉の綾だと思われているぞ」
カイサスが言い切るのでアーノルドは自信がなくなってきた。
「では私とグラッシス嬢は……」
「店員と顧客の関係のままだろうな」
「そんな……」
「そもそも友人ならグラッシス嬢なんてよそよそしい呼び名ではないだろう」
「そういえば、バッカス殿はマリーと呼んでいました」
アーノルドの言葉にカイサスが怪訝そうな顔をした。
「バッカスって、あの図書館に勤めている男のことか?」
「はい。バッカス殿とかなり親しげでした」
「じゃあ貴族だから友人にならない、という言い訳は成立しないな」
「彼女とはたぶん、魔法学校時代に親しくなったのだと思います」
「グラッシス家は代々水魔法の家系だからな」
カイサスの言葉に、アーノルドは違和感を持った。
家系?
平民は代々魔法を使えるということはまずない。
どういう意味か聞こうとする前に
「よし、アーノルド 、図書館へ行こう」
とカイサスが言い出したので
「………は?」
アーノルドは困惑した。
「まだ仕事が全く終わっていませんが」
始業したばかりで、書類が山積している。
「相変わらず堅いなぁ」
「王太子が優先順位を間違えてはいけません」
「わかったよ……じゃあ早く終わらせて図書館へ行く。それならいいな」
「やるべき事が終われば構いませんが……読みたい本でもあるのでしょうか」
アーノルドが聞くとカイサスは、はぁっとため息をついた。
「アーノルド、君のためだ」
「私ですか?」
「君が親しくなりたい娘はバッカスと仲がいいんだろう?だったら君がバッカスと仲良くなってその娘を紹介してもらえばいい」
「しかし私はすでにグラッシス嬢のことを知っていますが」
「確かに顔見知りだろうな。しかしそれだといつまで経っても客と店員のままだ。だから
すでに友人のバッカスと仲良くなって皆で遊ぶ時とかに呼んでもらうのさ。そうすれば、プライベートで会うことができるだろう?」
説明されてやっと、カイサスの意図が読めた。
「バッカスも王太子と次期侯爵から頼まれたら断れないからね」
「しかし、プライベートな事で権威を振るってもいいのでしょうか?」
「真面目すぎるだろう。権威を使うんじゃなくてお願いするだけだ」
それはもはや命令では………と思ったが口には出さなかった。
「わかりました」
「じゃあとっとと終わらせるとしよう」
カイサスが嬉しそうに言った。
「ところでカイサス殿下」
「なんだ?」
「先日、リンドール侯爵から直接頼まれた、カータス殿を補佐官にする件はどうされますか?」
早速仕事モードのアーノルドにカイサスは苦笑した。
「ああ、自分の息子を鍛えてくれとかなんとか言っていた件か。正直、補佐官は君だけで充分なんだよなぁ」
「しかし、リンドール侯爵直々に頼まれたとなると断りづらいかと」
「リンドール侯爵なぁ……あんまり信用できない人物だから、気乗りしないんだよなぁ。今はどこに配属されているんだっけ?」
「魔法省ですね」
「エリートじゃないか。しばらくはそこでいいと思うぞ。もう一度打診されたら考えるよ」
「わかりました」
その後は二人で黙々と書類整理を行い始めた。




