クルッポー終了のお知らせ
センパイの夢を見た。
二人でカラオケに行った夢で、実際にあった過去の出来事だ。
「うっし、92点! 自己ベストだな」
「さすがっす! この曲、かなり難しいと言われているのに」
「トップアイドルを目指すならこのくらいは、ってな。ん? 次の曲、予約してないのか?」
「気にせず、じゃんじゃん歌ってください! 俺、聴く方が好きなんで」
そう、好きだった。センパイの歌を聴くのが好きだったんだ。
「……ありがとな。じゃ、遠慮なく」
こちらの気遣いに感謝を示し、センパイは再びマイクを手に取る。
スピーカーから流れる軽快なメロディーの中、センパイは立ち上がって声を張る。
同性をも掴んで放さない魅力。
格好いいなぁ……美辞麗句を並べるより単純な感情が先走る。
初めて会った時から、センパイは俺のアイドルで。思春期の閉塞感で荒れていた心を癒してくれた。
テレビに映るどんなアイドルよりセンパイは輝いて――その煌めきは時が過ぎ去った今でも詳細に夢で再生される。
センパイみたいになりたい、と思うほど身の程知らずじゃありません。
でも、センパイ。
俺だって少しは成長したと思います。センパイを少しはサポート出来るようになったと思います。
俺、頑張りますから。
いつか、どこかで、俺の頑張りを見てくださいね。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
酒の勢いで、ついつい国教の力を削いでしまった。
やべぇよ、やべぇよ。
やらかした影響の大きさに頭を悩ました俺は、
「『凶報は寝て待て』と言う諺があった気がする」
と、夢の世界に逃げることにした。
が、しかし。
「小生のマサオ様がぁぁぁぁ!! ぐぐがあああぁぁ!!」
北大路邸を断続的に震わせるクルッポーの慟哭の中、スヤスヤ眠れるほど俺の心臓は丈夫じゃなかった。
とりあえず、謝ろう。
アルコールを摂取したのはワザとじゃないし、情状酌量の余地はある……といいな。
「あっ、拓馬はん。もう大丈夫なんか?」
おそるおそる自室を出ると、廊下には南無瀬組の方々がスタンバっていた。
みんな、心配そうに俺を見ている。
「ご迷惑をおかけしました。また、これからさらにご迷惑をおかけします」
「その様子やと、酔った時のことは覚えているんやな」
「はい、それはもう赤裸々に。すみませんでした」
真矢さんを始め、組員の方々に深々と頭を下げる。
「おは、三池氏。今は反省するより自分の体調を鑑みるべき。ふむふむ、顔色は正常に戻っている模様」
「頭痛や吐き気はありませんか? 酔い覚ましに効く飲料水を用意していますから、ゆっくり飲んでください」
おおう、普段はギャグに徹する椿さんと音無さんが甲斐甲斐しい。
他の組員さんたちも二日酔い対策グッズをサッと取り出し、介護する気満々だ。
てっきり「お前なんなん? 新しい島に来たら、挨拶代わりにトラブルを起こさないと気が済まないタイプなん?」と説教喰らうのを覚悟していたのに、温かいなぁ。この優しさ、あったけぇ……
南無瀬組の心遣いに感動しつつ甘えていると。
――ええやん! 情状酌量の余地ありまくりやん! 俺もまたアルコールにおどらされただけの犠牲者の一人にすぎないってことさ!
甘い考えも浮かんでくる。
これならクルッポーや北大路領主のしずかさんも笑って許してくれるかも――そんな期待を胸に抱いたところで。
「目覚めたかぁぁ、タクマ殿!」
『等身大の呪詛』がキャッチフレーズになりそうな闇病みの北大路まくるさん、もといクルッポーさんが廊下の向こうからいらっしゃった。
由良様リスペクトの巫女装束が肌けるわ、巫女さんと言えばコレっの垂髪はボサボサに乱れるわで、お化け屋敷に即採用も夢じゃありませんね。チビりそう。
そして、クルッポーさんはおっしゃりました。
「さぁ、あなたの罪を数えろ」
不知火群島国に来て、土下座の経験を積んできた俺だからこそ辿り着ける境地がある。
土下座する時はね、誰にも咎められず、自由でなんというか(土下座する人が)救われてなきゃあダメなんだ。
そのためには、形を整えるだけでなく、心が伴ってこそ。
きちんと正座し、手の平をぴったりと地面に載せ、額を地に擦り付けながら――
不平不満なんぞ一片もなく、己の過ちを全面的に認める思いで――
「誠に、申し訳ございませんでした」
心技体を満たした土下座をするんだ。
北大路邸領主の執務室。
狂信者は恐ろしいが、自分の尻は自分で拭ねば――そういうわけで俺は一人で入室し、謝罪をしている。
頭を下げる先に居るのは当主・しずかさんと、次期当主・クルッポーさん。
マサオ教を盛り立てるために呼んだアイドルが、逆にマサオ教の求心力を低下させた。クライアントとしてはブチ切れ案件に違いない。
まず俺の土下座に反応したのはクルッポーさんだった。
「よくぞ罪を受け入れた、タクマ殿」
おっ! 罵詈雑言の雨あられを予想していたけど、意外と優しい返事が!
俺を廊下から執務室まで連行する間に、冷静さを取り戻してくれたのかな。
「さぁ頭を上げてください、そのままマサオ様への懺悔を三時間コースで、小生はもう怒ってはいない、マサオ様の地位を堕とす所業は絶許、誰にでも間違いはある、こうなればタクマ殿の脳髄にマサオ様魂を刻むまで」
あっ、これ冷静になったんじゃない。メンタル崩壊して情緒不安定になっているんだ。
「落ち着きなさい、まくる。建前と本音が反復横跳びしています」
百面相なクルッポーさんとは真逆に、しずかさんは安定している。相変わらずの優し気な微笑みだ……これはどう解釈するべきだろうか?
本当に怒っていないのか、それとも『笑う行為は本来攻撃的なもの』というヤツか?
「落ち着けと言われましても母上! タクマ殿の過ちは、すでにニュースで放送されてしまいました。『時代はタクマ様なんだなぁ』と、あからさまにマサオ様離れをする信徒の声が、マサオ教本部に届いているのですよ!」
「同時に感謝の言葉も届いているでしょう。愛殿院でタクマさんの洗礼を受けた男性と保護者の方々から」
しずかさんが表情だけでなく声まで柔らかくする。
「愛殿院でのお仕事は私たちが依頼したことです。タクマさんはそれを立派に果たしました。いったい何が問題なの?」
「いやいや母上ェ、小生らが依頼したのは『病欠になった伴奏者の代役』で、歌を浴びせろとは一言も」
「あららら、アフターサービスまでなさって。タクマさんは偶像の鑑ですね」
クルッポーさんのツッコミを、しずかさんは硬めの『柔和』でゴリ押しした。いろんな意味で強いな、北大路の領主さんは。
「不満を述べるより先に……まくる、マサオ教の教義を言ってみなさい」
「うっ……『男性の救済』です」
「タクマさんはマサオ様の教えを体現しました。まくるはマサオ様の教えを批判すると言うの?」
えげつない質問だ。
マサオ教を守ろうとすれば、マサオ様を否定することになる。
マサオ様に従えば、マサオ教の力が弱まってしまう。
マサオ狂いのクルッポーさんにとっては、どちらの選択も取りたくないだろう。
「むむむにゅぅ……」
だから、クルッポーさんは。
「……むむっふぅ……むむ、むぅぅ……」
顔を真っ赤にして、ひとしきり唸った後。
「むぎゅゅうううううううう!!」
ご乱心なされた。
クルッポーさんのご気分が優れない(オブラート表現)ため、俺の謝罪は中途半端に終わり。
「夜も更けていますし、今日はごゆるりとお休みください」と、しずかさんから解散宣言が出された。
「このままじゃダメだよな」
しずかさんは俺を擁護してくれたが、甘えるわけにはいかない。
マサオ教は『世界を良くしたい』というマサオ様の思いの産物だ。同じ日本人である俺がブチ壊すのは申し訳ないってレベルじゃない。
それにマサオ教は弱者生活安全協会や男性身辺護衛官の支援団体だったりする。その力が弱まるのは、結果的に不知火群島国の治安悪化に繋がりかねない。
自分が蒔いた種は、自分で刈り取らないと。
問題はその方法なんだが……
ベッドに入って考えるも、妙案は浮かばず……一夜が明けた。
マサオ教の式典が開かれるのは明日で、本日は式典のリハーサルに参加して段取りを細かく組むことになっている。
だが、どうも事態は混迷を望んでいるらしい。
朝食の席で予定にない二つの情報が発せられた。
一つは、微妙な顔をする真矢さんからで。
「陽南子が拓馬はんに会いたいんやって。拓馬はん泥酔トラブルの調査報告と謝罪をしたいってな」
もう一つは、昨晩の真っ赤から真っ青にメガ変化したクルッポーからで。
「……由良様が式典に急遽ご参加されるそうです。本日中にはこちらにお越しになるそうで……むぎゅぅ、小生終了のお知らせ」




