青から赤に
「お兄ちゃん! あそこだよ、あそこに見えるのがわたしのオススメのチーム! ねえ、カッコいいでしょ!」
「きゃっ!? 握手していいんですか? えへへへ、緊張するなぁ」
「みんな良い人でよかったね。あの人たちにならお兄ちゃんを任せられるかも……なんてね」
咲奈さんが完全に復調した。
出会った頃のような純真さで、生き生きと演技をしている。
まるで人が変わったようだ。
ブラコン特有のドロッとした部分はまったくなく、人畜無害な妹がそこにいた。これには撮影スタッフさんらもニッコリである。
身体を張った甲斐があったな。
応援団というアイディア――当然、始めは南無瀬組から大反対を受けた。
時を巻き戻して、萌え訓練の翌日。
ホテルのパーティールームに南無瀬組を集めた俺は、自分の考えを打ち明けた。
「サラシ? サラシとは、あの白布の? そんな物で三池氏の美しい裸体を隠そうと……ふむ、しばしタイムを要求する。鼻血を処理せねば」
「あかんあかん。冬のまっただ中で撮影は屋外やで。そない所に軽装の拓馬はんを放り出すとかありえへんわ」
「真矢さんのご心配はもっともですが、撮影以外は常にコートを着込むなどして風邪を引かないよう注意しますよ」
「せやかて健康面だけやない、スタッフや役者が暴走するのは目に見えとる。それに放送された場合の社会的影響はどないすんねん! サラシ拓馬はんとか刺激が強すぎて、失神者が続出するで!」
「そこはアレです。エッチな雰囲気にならないよう健全な演技をします。主人公チームを応援したい、っていう健全な気持ちが生み出した格好ですからね。あくまで健全なエロです」
「笑えるジョーク。不健全エロエロボディの三池氏に対し、『健全』という言葉は実に儚きもの」
「胸とか大事なところはしっかり隠しますから、ギリギリイケるんじゃないかと」
予期した通り、椿さんと真矢さんが難色を示す。やはり諸手を挙げての賛成とはいかないか。
彼女たちをどう説得したものか、と悩む俺を援護したのは、音無さんだった。
「静流ちゃんも真矢さんも大事なことを忘れてませんか? あたしたち男性アイドル事業部は、三池さんの意向を最大限に尊重して、それを叶えるために奔走する組織なんですよ。三池さんの意見を頭から否定してないで、どうすれば実現出来るか考えるべきです」
「音無さんっ……フォローしてくださって、ありがとうございます」
「いいんですよ~。三池さんは三池さんの好きなようにやっちゃってください。何があってもしっかりお守りしますから」
おおう、眩しい。音無さんが聖母のごとき光を放っていらっしゃる。
「ぐむ、痛いところを……たしかに否定するのは性急過ぎたかもしれへん」
音無さんの説得により真矢さんを始め、周りの組員さんたちが態度を軟化させた、一名を除いては。
「が、ちょっと待ってほしい。凛子ちゃんの理性的な振る舞いに疑問を呈したい」
椿さんだ。
半眼をいつも以上に半分にして厳しい視線で相方を見ている。特に相方の頭部、電気ショックを受けすぎて、こんがり焼けている髪を注視している。
「朝から不思議だったのだが、そのボンバーヘッド。もしや、すでに三池氏のサラシ姿を」
「あっ、分かっちゃう。誰よりも先に見せてもらったんだ、三池さんの部屋で、二人っきりで」
うへへへ、と音無さんが幸せそうに微笑む。
ピキピキ。
わぁお、場の空気が凍る時って音がするんだ(白目)
「ほう、つまり抜け駆けとしたと」
「最初に抜け駆けした静流ちゃんには言われたくないかな」
「まっまっ、待ってください」
空気を解凍すべく、俺はダンゴたちの間に割って入った。
「見せますから! 応援の衣装は皆さんに見せますから! そして、感想を募りますから! ですから、どうか穏便に!」
剣呑なオーラを出す組員さんたちにも声をかけて、不満の終息に努める。
戦闘民族の南無瀬組員による内部抗争とかマジ勘弁である。
そんなこんなで、タクマ(応援団バージョン)のお披露目会が催されることになった。
「凛子ちゃんは興奮してボンバーヘッドになったようだが、私は違う。流水のごとく受け流してみせる」
と、大見得切って脈拍計型電気ショック装置を付けた椿さんは「ギャビィ」と独特の悲鳴を上げ、鳥の巣ヘッドになり倒れた。
「ふぁふぅ……」
真矢さんは幸福の極みに至り、速やかに失神した。
組員さんの反応は様々だが、俺を襲う者はいなかった。襲う一歩手前まで行った人はいたが、最後の理性で壁に頭を打ちつけ自主的に気絶するなどアッパレな散り際を見せてくれた。
「あたしは二回目ですから耐性があります。余裕です」
と、自信たっぷりの音無さんは、直りかけていたボンバーヘッドのもじゃもじゃ具合をさらに混迷とさせ、床で沈黙した。
こうして丸一日、南無瀬組・中御門出張班は、活動を停止したのであった。
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俺に耐性があるはずの南無瀬組を崩壊させたタクマ(応援団バージョン)をそのままお茶の間に届けるのは不味い、という判断によって衣装の改良はなされた。
まず、サラシを巻いただけの上半身にハッピを着せる。
「肩フェチと脇フェチは、これで黙らせる」
とは椿さんの弁。そんなフェチの人たちがいるのか……いや、いるんだろうな、この世界なら特に。
せっかくのハッピなので、ドラマの主人公たちのニックネームを刺しゅうしてみた。これで「応援している」感が強くなったはずだ。
また、下半身にもメスを入れる。
ホテルの部屋着としてなぜか用意されていた袴を衣装として使ったのだが、これはスカートタイプだった。
「あーだめだめエッチすぎます。いくら丈が長い袴とは言え、スカートじゃチラリズムが発生します。下着求道者の台頭を許す服装は断腸の思いでNGです」
とは音無さんの弁。そんなレベルの高い人たちがいるのか……いや、いるんだろうな、この世界なら特に。
袴はズボンタイプが採用された。スカートタイプより動きやすいし、悪くない変更点だと思う……ことにしよう。
他にもサラシの目そらし目的でハチマキを巻いたり、創意工夫を重ねて応援団の格好は形成されていった――
そうして現在。
咲奈さんとのシーンや、俺と主人公チームの淡い逢瀬のシーンが消化され、いよいよ本日最大の山場が来た。
物語のクライマックス、主人公チームとライバルチームの雌雄を決める戦いである。
サッカーに似たルールの多人数球技で、試合は前半・後半に分かれている。
去年の覇者であるライバルチームに一方的に点数を取られ、前半を折り返す主人公チーム。すでに応援席からは諦めムードが漂い、敗北は避けられない展開だ。
ここで俺の見せ場が来る。
それまでただ観客席で見守っていただけの俺が「負けないで!」や「ファイトー!」と大声を出して応援する――と、いうのが最初に渡された脚本の内容だった。
ヒロインの声援で奮起した主人公チームは後半戦で盛り返し、まさかまさかの大逆転。めでたく初優勝を手にして、俺も含めみんなで喜び合いながら物語は締められる。
なんか物足りない話だ。
ヒロインの応援がありきたりと言うか力が入っていない。不知火群島国の常識からすれば、男に声援を送られるだけで至上の喜びなのかもしれないが、俺から見れば盛り上がりに欠ける。
なので「多少ストーリーを変えて、好きに演じてOK」とテレビ局側からGOサインをもらった身としては、クライマックスの声援部分にこそ俺なりの萌えを混入させるのに最適だと思った。
ここに日本式応援団要素をぶち込んでやる!
「皆はん、何度も警告しとるけど下手に動かんことや。こない寒空の下で野ざらしになりたくないやろ」
真矢さんが胸元から銃を取り出した。南無瀬組が暴徒殲滅に用いるテーザー銃だ。撃たれた相手はスタンガンを喰らったようにビリビリ痺れることになる。
中御門領主の由良様から「タクマに危害を加える者の処罰や裁量は、南無瀬組に一任する」との許可は頂いているが、真矢さんはそれを本気で活用する気だ。おそろしや。
他の組員さんもテーザー銃を携行し、平和な撮影現場に殺気が振りまかれた。
グラウンドを見渡す観客席にカメラや録音機材が持ち込まれて、撮影の準備は整った。
あとは役者の問題だが……観客が俺だけなのは不自然なので、どうしてもモブ役が必要だ。
「ドラマの世界だろうと、三池さんの周囲にあたしの影アリ!」
「肖像権は捨ててきた」
そこは、ダンゴたちや幾人かの組員さんの協力で何とかする。モブ兼護衛で一石二鳥である。
彼女らには一時的に私服に着替えてもらい、観客席に入ってもらった。そう言えばみんなの私服ってほとんど見たことがなかったな……
「で、では応援シーンの撮影を始めます。タクマさんには、この日のために特別な装いになってくださいました。彼の献身を裏切らないよう全員、理性をしっかり持って臨むように」
青い顔をした監督さんの指示に、スタッフ・役者共々青い顔で肯いた――が。
「よろしくお願いします」
俺が羽織っていたコートを脱いで応援団衣装を公開したことにより、青は一瞬にして赤になった。歯止めが利かないほどの赤に――
あと一話ください(懇願
次回がエピローグになります。
幾人かの視点で、ドラマの影響をお伝えします。あと壊れた少女の内面も……




