Task7 スナージを退け、ジルゼガットの歓待を受けろ
真っ赤な空の下。
俺とスナージはお互いに向かい合い、そしてお互いに銃口を向けていた。
「スナージ! 俺はね。ああいう浅はかさに向き合える奴こそがヒーローに相応しいと思っている」
頭上を、戦闘機が編隊を組んで飛んでいく。
そう長くないうちに轟音が響いた。
機関銃がスナージのお仲間を蜂の巣にしてやった事を祈ろう。
「……少なくとも、あんたは俺よりずっと詳しい筈だがね。世界と世界の枝の外側を見渡せる目があってもそれをしないのは、そうできない理由があるからだ。違うかい」
「ハイ正解! よくできました、こん畜生!」
奴の放った銃弾が、俺の頬を外装ごと抉った。
危ないぜ。
狙いがズレていなけりゃ、くたばっちまうところだった。
「少しゃあ痛がれ! 加減できねぇだろうが!」
「やなこった!」
俺様のジグザグ瞬間移動を見ろ!
さあどんどん撃ってこい!
どうだ、ちっとも当たらんだろう!
スナージの右頬に渾身のストレートパンチ!
瞬間移動!
ストレージから取り出した空き缶を放り捨てて狙い撃つ!
ズドン!
瞬間移動!
スナージの左頬に渾身のストレートパンチ!
どうだね、スナージ。
本気を出すなら今のうちだ。
正直、能力を測れない以上、俺だっていつも以上に慎重にならざるをえない。
そして、いつも以上に全力である時間が長い。
「このあとも予定が詰まっているんだ。飲み物代を財布に残しておきたい」
そして華麗なる宙返りを見ろ!
からの、相手の右腕を掴む運動を味わえ!
しまいにゃこれよ――煙の槍を乗せた、ダーティ腕ひしぎ!!
「ぐおぉ!?」
「ふははははは! 痛いか!」
「このやろう、おじさんの腕を何だと思ってやがる!」
スナージは、空いたほうの左手で拳銃を取り出して、すぐさま撃ってみせた。
もちろん俺は、右腕をいじめながら上半身をそらして避ける。
ダーティ・ドロップキック!!!
ダーティ・マシンガンパンチ!!!
たわしを用意!!
ダーティ・ハンドウォッシュ!!!!
「いや、それはあんまり痛くねぇけどなんかザリザリした音が気持ち悪いから嫌だ!」
「気に入ってもらえて何よりだ」
ワイヤーアクションじみた動きで空を駆ける。
奴はジェットパックで。
俺は煙の槍で。
超人的な力を惜しげもなく使って、とにかく、何かすごい超人バトルみたいなものを繰り広げた。
30分くらいは、やりあったと思う。
所詮は茶番だ。
遠くから見りゃハエが二匹、クソの周りで飛んでいるようにしか見えんだろう。
ゆっくりしすぎちゃ、あくびが出るってもんさ。
撃ち合って、殴り合って、風化しかかった砦を粉々にして、低空飛行している戦闘機を撃ち落として、どこの誰ともわからん連中が手配した戦車に狙われたから返り討ちにするなどした。
崩れた建物を煙の槍で飛ばすといった超能力カンフーアクションはどうにも不評で、ガトリングガンであっという間に粉砕される。
まったく、今までの奴らみたいに無抵抗じゃ喰らってくれないか。
なんだったら、こっちが出す方向を先読みして潰してくるなんて芸当も見せる。
遠く離れた港町を見ると、まだエウリアと紀絵の奴がバトルの真っ最中らしい。
血を溶かしたような空の色に、青白い稲妻がよく映える。
まったく、たいした絶景だぜ!
(エウリアが化け物になった理由を考えりゃあ、デートスポットには向かないがね)
――それが急に、真っ青な霧を撒き散らしながら爆発した。
地響きがこっちにまで来る。
どうやら、決着がついたようだ。
スナージは初めて余所見をした。
だから俺は、スナージの両腕を撃ち抜いた。
ズドンズドン!
プラズマ弾頭がパワードスーツの装甲をブチ抜く。
「ぐあぁッ! くそ!」
スナージの両腕はだらりと垂れ下がり、使い物にならなくなったのがひと目で見てわかった。
視線は外さないでおくが、皮膚感覚は研ぎ澄ませておこう。
狙撃だの何だのされちゃ、たまったもんじゃない。
奴らの事だから、俺やジルゼガットをよその世界に行かせない為の封印くらいは考えているだろう。
……させるかよ。
やる事リストのチェックは少しも埋まっちゃいないんだ。
パチンッ!
煙の壁で周りを囲む。
だが――
「すまない! 茶会の後片付けが長引いた!」
戦闘機くらいの大きさのカラスが、煙の壁をブチ破って飛んできた。
その上には、見知った顔の野郎が座っている。
クラサス、このチョコレート色の肌をしたエルフは、学者気取りの眼鏡をどこかに落としてきたらしい。
よく見りゃ服もボロボロだ。
「嘘こけ。ディスカッションが長引いたんだろ」
「そうなんですよスナージさん!」
カラスもといイヴァーコルが口を開く。
「よし、イヴァーコル! その話、あとでたっぷり教えてくれ! 一時撤退! それから、ダーティ・スー!」
スナージが振り向く。
「悪いが、また近いうちに邪魔するぞ」
「できりゃあ放っといてほしいもんだがね」
「業界の自浄作用を周りに示さなきゃ俺達まで潰される。大人の事情って奴だ」
「まったく予想通りで涙も出ないね」
まったく、大人っていう奴は!
たまには童心に帰るって言葉を辞書で引いてみてほしいもんだ。
だから俺がこうしてシンプルにしてやっているっていうのに。
カラスのイヴァーコルが飛び立つ。
なんだ、もろとも営倉送りにでもする魂胆とばかり思っていたが。
前戯でたっぷり出しちまったから持たないと来たもんだ!
そりゃあ結構な事で。
じゃ、再会を楽しみにしておこうか!
あたりが真っ暗になり、声が響く。
「……いつまで経っても探しに来ないかと思ったら、こんなところで油を売っていたのね? ダーティ・スー」
やっと来てくれたか。
お前さんは俺とのデートを断れない。
どうしても済ませたい用事があるからだ。
「ごきげんよう、俺だ! 出迎えご苦労さん!」
俺が招待されたらしいのは、さっきまでと景色が違うからよくわかる。
朝焼けが窓から差し込むログハウス。
まさに古式ゆかしい、西部開拓時代から連綿と受け継がれてきた生活空間だ。
――ただひとつ、俺がミニチュアサイズでテーブルの上にいるという事を除けば、だが。
「救世主ごっこは楽しかった?」
「結局、そんな大層なもんじゃなかったさ。ちょいと掃除をしていたら、犬に噛まれて遅くなっちまった。それだけだ」
見え透いた言い訳とも言えるが、お前さんがこんな場所に引きこもってやがるのが悪い。
どうせ他に恋人がいるのかいたのか知らんが、俺のような赤の他人を相手に試すような真似はよしてくれよ。
……って思ったのもあって、俺はわざと焦らしてやったわけだ。
そうしてお前さんのほうから来てくれたのは、喜ばしい。
せいぜい歓待してくれよ。




