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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION18: スワンプマンを待ち侘びて
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Result 18 “これ”を取り戻した日


 今度こそ、この世界からグリッチャーは完全消滅した。

 生産プラント、そのデータ、備蓄された資材、尽くが破壊しつくされたのだ。

 たった一人の暴力によって、それは成し遂げられた。


 ダーティ・スー。

 数多の者達は、この名を恐怖と共に記憶している。

 さながらデウス・エクス・マキナが如き唐突さと迅速さで、閉塞した状況を打ち破ったのだ。


 煙に巻くかのように難解な言葉を弄し、センチネル達が殲滅に苦慮していたグリッチャーを、虫を潰すかのように絶命に至らせる。


 理解不能な助っ人を、世界の半分以上は歓迎しなかった。

 或いは、もう半分の「早く終末が訪れてくれたら楽になれるのに」と虚無主義に浸りきった者らにとっても受け入れがたいものだった。


 アメリカ合衆国政府では“今にも世界救済をダシに無茶な要求を通しに来そうな、ヒーロー気取りの薄気味悪い侵略者”という見解が出ていた。

 EOFのリーダーからすれば“各派閥が共闘してグリッチャーを倒すという機会を奪い去り、直接派閥争いへと持ち込んだ愉快犯”である。

 また元ジャンヌ派から在野へ転向した者達の中には“ジャンヌの意図を挫く事で全面戦争を回避した”と見る者もいる。


 そのどれもが、正解と言えた。

 もはやダーティ・スーは、並大抵の能力では太刀打ちできないほどに力を付けていた。

 だからこそ滅びゆく世界を、現地の人々を押しのけて救ってみせたのだ。


 本来それをすべき者達、自分達こそが世界を救いたかったと歯噛みする者達にとって、これほど屈辱的で冒涜的な事はない。


 ジャンヌも生殺与奪権を握っていたつもりが、部外者に横から奪われていた事に気づき、失意は深まるばかりだった。

 そして、彼女はついぞダーティ・スーに会う事も叶わぬまま、復讐の元用心棒に殺された。






 センチネルが人外の膂力を得ていながら人類の味方で在り続けられた理由は、いくつもあった。

 まず、彼女らセンチネルはもともと人間だったという事。

 次に、グリッチャーという共通の敵。


 そして――常に政府高官達が彼女らの生殺与奪権を握り続けていた事だ。



 これらの均衡を、ダーティ・スーはほぼ単身で崩した。

 本来それを成し遂げるべき者を差し置いて。


 だからこそ、この世界だけでなく、外に属する者達も彼を大いに恐れた。

 強大な力を持ちながら、誰にも靡かない。

 何を守ろうとするかも予測がつかない。

 そんな存在を野放しにしておく事がどれだけ恐怖を生むかは、ダーティ・スーに関わった殆どの者達が身を持って理解させられた。



 多くの有識者は、ダーティ・スーがそれらの事実についてかなり自覚的であるという点についても恐怖した。

 あれが或いは無知ゆえの暴走であったなら、計略に掛けて無力化するという手も幾らか現実的だったかもしれない。

 しかし、実際は真逆――野生の勘にも近しい洞察力を持ち合わせる。


 野放しにしておく事でどのようなリスクが生じるかは想像もつかない。

 ……それが、ビヨンドというシステムを運用する者達の見解だった。


 だが彼ら運営者は神の如き力までは有していない。

 むしろ、ビヨンドは神々から力を略奪してきた側の、いわば叛逆者のたぐいだ。


 ゆえに彼ら運営者側が、そういった逸脱者を永久的な活動停止に追い込む方法は、封印だけだった。


「――俺達のような幹部クラスじゃないと技術的に扱いきれない封印ツール、か。技術部の連中め……そのせいで俺が出向く事になっちまったじゃねぇか」


 バルコニーにて、銀色に光るナイフを鞘に納め、その男――スナージは毒づく。

 赤い月を見上げながら。




 *  *  *




 だが、世界をグリッチャーの脅威から解放し、ナターリヤ・ミザロヴァというエルフを連れてきたという行為を功績と見做し、ダーティ・スーを英雄視する動きも少なからずあった。

 或いは彼を脅威であるとしつつも、その彼より受けた恩恵は最大限に活用するという結論に至る者達も。


 したたかであるとも、恩知らずだとも、どちらの解釈もおそらくは正解だろう。


 ナターリヤの飛空艇にて再会したセンチネルの少女達も例外ではない。


「エマ!」


「エマちゃん」


 黒髪のセンチネルと、緑髪のセンチネル。

 今しがたエマに声を掛けた二人はEOF所属だ。


 エマと所属組織こそ互いに敵対しているが、かつては共に戦ってきた先輩後輩の関係にあった。

 エマとてジャンヌを心の底から盲信していたわけではない。

 ジャンヌの離反を機に自らの身の振り方に疑問を覚え、そして答えが出せずにいる。


「先輩!? 二人ともご無事でしたか!」


「猫にされたけどね」


「じゃあ、あの時いっぱい連れられていた猫達は!」


「みんなセンチネルだよ」


「という事は私……猫じゃらしを所望したり一生懸命に呼ぼうとしたりしたのは、全部……」


「うっひひひひひひ! アレほんっと笑ったよねぇ」


 肩を震わせる緑髪のセンチネルに、黒髪のセンチネルが諌める。


「そんな笑わないでやりなよ。いくらグリッチャーが現れてから世の中がおかしくなっちゃったからって、人を猫に変える魔法の銃弾とか、私だって知らないもん」


「わかったよ。それで、これからどうなるんだろうな」


 緑髪が空を見上げると、エマもそれに倣う。


「わかりません。でも……これで、良かったのかもしれません。世界を守らなきゃいけないのに、その方法を巡って互いに足を引っ張り合うよりは……まず私達が道具として使役されている事それ自体に自覚的であるべきだったんです」


「きみほどの生真面目な子が、こうも心変わりするなんてね」


 黒髪センチネルが柔らかく笑う。


「私、そんなに心変わりしたのでしょうか? 世界の秩序を取り戻すのと、私達が人間扱いされるのを望む事は、決して矛盾しないって。まあ、それもロナと紀絵っていう野良センチネル達の受け売りですけどね! あはは……」


「じゃあ見聞を広めて“物事を多角的に見られるようになった”とかでいいんじゃない?」



 エマは、数週間後に斃れたナターリヤ・ミザロヴァの遺志を継ぎ、センチネルの保護団体を設立。

 EOFと協同で、センチネルが人間である事を繰り返し証明し、尊厳を守り続けた。

 センチネルが人に戻る社会復帰支援や、グリッチャー被害地域の復興支援が行われている。

 数年しか生きられなかった筈のセンチネル達は、人としての寿命を取り戻した。



 世界の崩壊は確かに押し留められたのだ。

 それは、誰にも否定できなかった。

 ダーティ・スーによってグリッチャーの脅威は打ち払われた。

 ナターリヤ・ミザロヴァによってセンチネル達は人間としての尊厳を取り戻した。

 ロナと紀絵は、エマの生き方を前向きなものへと変えた。


 この世界はもともと、彼らが来る前は他世界にまで悪影響を及ぼす大規模終末戦争が確定され、時間の進みを止められていた。

 凍結状態だったのだ。


 だが、もたらしたものが何であれ、人は神にはなれない。

 人を神にしてはならない。

 もしもそれを目指すならば、人を人で在り続けさせるために、それを阻まねばならない事だって、儘あるものだ。


 たった一人で世界を揺るがしうるほどの力など、保有すべきではない。

 全てのビヨンドに課せられる、最大の取り決めだった。


 まして、世界中にワームホールを生じさせあらゆることわりを崩壊させる、あの忌まわしき時空冒涜者ジルゼガットが関わっているというのならば。


 彼女が厄災を招くという事実を見出した黒エルフのクラサスは、バルコニーへと歩み出る。


「急がねばならん」


 その声にスナージは振り返りもせず、煙草を灰皿に捨てた。


「ああ。わかってる」


 かつてない激戦を予感しながら、男達はバルコニーを後にする。

 赤い月が、静かに照らしていた。




 ―― 次回予告 ――




「ごきげんよう、私よ!

 次回予告は、この私――ジルゼガット・ニノ・ゲナハが頂いたわ!

 もう私を止める人なんて誰もいない……そう、いないのよ、誰もね……


 ところで、ダーティ・スーは私の正義をも検証する腹積もりのようね?

 すぐにでも月で対決しようと思っていたのに、とんだサプライズをしてくれるじゃない……


 魔王は勇者が倒すものでしょう?

 それなのにダーティ・スー、あなたって人は本当にもう!

 ルールやセオリーというものをとことん疑う性格なのね?


 でもまぁ、あなたがそういう性格だから、私も随分と助けられた。

 ありがとう。


 そして、おやすみなさい。


 アハハ、アハハハハハハハハ。

 ッヒャーハハハハハハハ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。


 イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!


 次回――

 FINAL MISSION: 彼こそが、ダーティ・スー


 さて。お次はゆっくり眠れそうね?」





 次回、FINAL MISSIONです。

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