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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION18: スワンプマンを待ち侘びて
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Extend 6 仕合え

 今回はナターリヤ視点です。


「どうして殺したの……」


 ようやく殺せると思っていたのに。

 この私――ナターリヤ・ミザロヴァ(或いは生前の名であればモニカ・グライヒヴィッツ)が仕留めるつもりでいたのに。


 ジャンヌは既に息絶えていた。

 胸には深々と、ウィルマの刀が刺さっていた。


「……お嬢、やっぱりアンタがお嬢なのか」


 待ちに待っていた瞬間だったのに!

 最大にして最後のターゲットを、最愛の親友だった貴女が殺したなんて。


「ねえ、どうして殺したの!? 私が殺す筈だったのに!! これ(・・)を作り出すのに、私がどれだけの準備を重ねたと思っているの!?」


「作った!? マジか!?」


「そもそも、なんで貴女が此処に来ているの!? 私のようにホムンクルスの身体を用意した訳でもない筈なのに!」


「いやぁ~、あははは。それには谷より深い訳があって」


「度し難い奴! 洗いざらい話しなさい!」


 すると、さっきまで巫山戯ふざけた調子だったウィルマは、突如として神妙な表情になった。

 私とは目を合わせず、ばつが悪いような口ぶりで、まるで独白みたいに言葉を吐き出す。


「仇討ちだよ」


「そうでしょうね。でもそれは私がやりたかったの。今日こんにちに至るまでに、如何程の労力を費やしたか想像できる?」


「まあ、聞いてよ、お嬢」


 ……。

 そんな縋るような目で、見ないでよ。


「生前の話だよ。お嬢が服毒自殺かました後に、さ。おれ、討ち入りしたんだよ。こいつに」


「……!」


 ……そうだ。

 仇討ちっていうのは、今日の事じゃない。

 もっと、ずっと前の――私が最初に死んだ日の事だった。


「でも、あの時は勝てなかった。おれが弱かったから、あの長い金髪を切るだけで手一杯だった」


「私のために、そんな事まで……」


「アンタだからだよ、お嬢」


 肩を掴まれた。

 そんな悲しそうな顔で笑わないでよ。


「だからおれは、おれより強い奴を片っ端から殺して回ったんだ。そいつらみんな死んじまえば、おれより強い奴はいなくなる。おれが一番、強くなる。そうすりゃ、お嬢を傷つける奴は誰もいなくなる。世界で一番の用心棒になれば、おれの安っぽい命を、ようやく赦せるんだよ、おれは」


 ウィルマはぼそぼそと、まるで呪詛でも唱えるかのように言葉を連ねていた。

 いや、実際これは呪詛だ。

 ウィルマ自身を徹底的に否定するための呪詛なのだろう。


 もともと生前の頃から、何処か危うさを見せていた。

 私の自死を契機に、ひび割れた心が決定的に壊れてしまったのだとしたら。


「貴女、そんな背負い込み――」


「――よく冷えた朝の清流に手を突っ込むたび」


「……」


 最後まで言わせてよ。

 そんな反論を、許してくれそうにない。


「あの日の、お嬢の冷え切った手を、頬を、思い出すんだ。いつかお嬢から温かさを奪ってきた奴をみなごろしにしたら、お嬢の魂に、その温かさが戻ってくるんじゃないかって。お嬢の、薄暗い何かに取り憑かれた毎日から、解放されるんじゃないかって」


「貴女は……せっかくビヨンドになれたんだから、自分自身の幸せを求めなさいよ! 私では、貴女の愛に責任を取れない!」


 なんで、最期まで貴女は、貴女自身の為に生きていられなかったのよ!


「お嬢が責任を取ることじゃない。おれがおれを(・・・・・・)赦せなかった(・・・・・・)んだ。

 ……おれは涙を流せない。代わりに胸の中には、いつだって煮えたヘドロがたっぷり居座っているんだ」


 何、馬鹿げたこと言っているのよ。


「……貴女の握りしめた拳の、指の隙間から流れている血は何? 涙と何の違いがあるっていうの」


「んー? は、ははは。嗚呼、ちくしょう。この女を殺した事で、ようやく収まったと思ったのに」


 私の胸の中も、葛藤でいっぱいになりそう。

 張り倒してやりたい気持ちと。

 抱きしめて頭をなでたい気持ち。



「……なぁお嬢。おれと、仕合わない?」


「何故!?」


「お嬢はこの女を倒そうとした。おれが倒した。おれを超えたら、お嬢はこの女を倒した事になる。おれ達、どうせこの世界じゃ二人ともただの幽霊だろ? 見てみたいんだ! 強くなったお嬢をさ!」


「ウィルマの、馬鹿……」


 だいたい、全盛期のあいつと戦って、かなり消耗していた筈。

 そう思っていたけど、懐から小瓶を取り出した。

 目薬くらいの大きさに、鮮やかなレッドオレンジの液体が満たされている。


「これ。判るだろ?」


 赤色エリクサーだ。

 実験の副産物で生み出した、回復薬。

 在庫の一部が流出したと聞いていたけど、そう……貴女が持っていたのね。


「“判るだろ”ですって。私にそう訊いたって事は、私がそれを作ったと確信しているのね」


「ははは! やだなあ、お嬢。ちょいとカマをかけてみただけじゃん」


「……この、馬鹿。本当に仕方ない奴」


「二度と飼い主に噛みつかないよう、しっかりお仕置きしてくれよな! わんわん!」


 私にそれを言うの?

 サイアンに脱走された、私に。


 私の鼻先を、ウィルマの刀の切っ先が掠める。


「――できるだろ? お嬢」


 口元は笑っているけれど、両目はギラついている。

 私に、その眼差しを向けるのね。

 敵意ではなく、友情のようだけど……闘争心は微塵も隠さない。

 ……しょうもない奴。


「いいわ。私が勝ったら貴女は用心棒クビよ。主人より弱いなら意味がないもの。来い、お前なんて張っ倒してやるッ!!!」


「大好きだ、お嬢!!」


 貴女の戦い方は忘れていないわ。

 かつて私を守ってくれた時、何度も見てきたもの。


 水平方向に強い。

 猟犬のように駆け抜けて、すれ違いざまに切り刻んでいく。

 飛び道具の殆どははたき落とすし、正面から切り結べば鍔迫り合いの最中に蹴飛ばして体勢を崩す。


 我流の喧嘩殺法を極めた、超絶厄介剣客が貴女だもの。

 並べたレンガを次々と蹴ってサブマシンガンに当てたりとか、曲芸技で虚を突く奇策も大好きだったわよね。


 だったら、小細工以外で何をしろと言うの?



 私は杖のトリガーを引く。

 インチキステッキこと、詐杖モシェンニク。

 フックショットを内蔵しているから、立体的に戦える。


 私はフックショットから射出されたワイヤーの力を借りて、ビルのベランダへ跳躍する。


 右手にモシェンニク。

 左手にカラシニコフ突撃銃。


 女が片手でアサルトライフルを使うなんてと、古い男達は嗤うでしょうね。

 けれど、私は人間をやめたの。

 どうしても殺したい相手がいたから。

(私の最高の用心棒に、殺されてしまったけど)


 手の中で銃身が暴れ回る。

 耳をつんざく轟音と、銃口から放たれる閃光と銃弾。


 喰らえ、喰らえ、喰らえ。

 超人を殺すために作り上げた、とっても素敵な銃弾よ。


 着弾点から、真っ黒な呪詛が拡散して、動体を追いかける。

 その呪詛は、聖水か何かで祓わないと消えないわ。


 ねえウィルマ。

 貴女に向けてこれを使うくらい、私は怒っているのよ。

 どうせこんなもの、うまくやり過ごしてしまえる強さを貴女は持っているだろうし。


 それなのに!

 ああ、それなのに何故!!

 正面から呪詛を受け止めるなんて、馬鹿じゃないの!?


一寸ちょっとばかり効くねえ!」


「ちょっとしか効かない事がおかしいのよ!」


「そりゃあ坊さんにおねだりした酒のお陰に決まってんだろ!」


 洋の東西を問わず、聖域で保存した酒には魔を祓う効果があると言われているけど……元は神職が飲酒を正当化するための口実でしかなかった。


 でも、私達だって科学的根拠が証明不可能な――オカルトの産物だ。

 死んで蘇った時点で、私は自分自身が忌み嫌っていた側へと墜ちてしまっていた。


 ああ、忌々しく、愚かしい!

 かつて私はあんなに「どんな魔術的なものでも、科学的根拠を明らかにしないうちは、むやみに使うべきではない」と言い続けてきたのに!!



 くそ、くじけている暇はない!

 フックショットで、オフィスの窓ガラスを突き破る。

 ガラスの破片が顔を掠めるけれど、痛みは生前よりずっと小さい。


 インベントリースペースから、手榴弾各種を。

 炸裂弾、焼夷弾、閃光弾、催涙弾……

 ウィルマには、この辺りがよく効くだろう。


 外から?

 階段、それともエレベーター?

 どこから来る?


「見つけた!」


「くそ!」


 閃光弾を投げて目くらまし!


「――!?」


 咄嗟に、近くのものを投げて弾いた!?

 だったら、焼夷弾だ!


「畳返し!」


「そんな!?」


「見くびられたもんだ! こんなのワイバーンのゲップよりちょろい!」


 駄目か!

 非常階段のドアを体当たりで開く。

 フックショットで、向かい側のビルへ。


 戦いは、まだ続く。




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