Extend 6 仕合え
今回はナターリヤ視点です。
「どうして殺したの……」
ようやく殺せると思っていたのに。
この私――ナターリヤ・ミザロヴァ(或いは生前の名であればモニカ・グライヒヴィッツ)が仕留めるつもりでいたのに。
ジャンヌは既に息絶えていた。
胸には深々と、ウィルマの刀が刺さっていた。
「……お嬢、やっぱりアンタがお嬢なのか」
待ちに待っていた瞬間だったのに!
最大にして最後のターゲットを、最愛の親友だった貴女が殺したなんて。
「ねえ、どうして殺したの!? 私が殺す筈だったのに!! これを作り出すのに、私がどれだけの準備を重ねたと思っているの!?」
「作った!? マジか!?」
「そもそも、なんで貴女が此処に来ているの!? 私のようにホムンクルスの身体を用意した訳でもない筈なのに!」
「いやぁ~、あははは。それには谷より深い訳があって」
「度し難い奴! 洗いざらい話しなさい!」
すると、さっきまで巫山戯た調子だったウィルマは、突如として神妙な表情になった。
私とは目を合わせず、ばつが悪いような口ぶりで、まるで独白みたいに言葉を吐き出す。
「仇討ちだよ」
「そうでしょうね。でもそれは私がやりたかったの。今日に至るまでに、如何程の労力を費やしたか想像できる?」
「まあ、聞いてよ、お嬢」
……。
そんな縋るような目で、見ないでよ。
「生前の話だよ。お嬢が服毒自殺かました後に、さ。おれ、討ち入りしたんだよ。こいつに」
「……!」
……そうだ。
仇討ちっていうのは、今日の事じゃない。
もっと、ずっと前の――私が最初に死んだ日の事だった。
「でも、あの時は勝てなかった。おれが弱かったから、あの長い金髪を切るだけで手一杯だった」
「私のために、そんな事まで……」
「アンタだからだよ、お嬢」
肩を掴まれた。
そんな悲しそうな顔で笑わないでよ。
「だからおれは、おれより強い奴を片っ端から殺して回ったんだ。そいつらみんな死んじまえば、おれより強い奴はいなくなる。おれが一番、強くなる。そうすりゃ、お嬢を傷つける奴は誰もいなくなる。世界で一番の用心棒になれば、おれの安っぽい命を、ようやく赦せるんだよ、おれは」
ウィルマはぼそぼそと、まるで呪詛でも唱えるかのように言葉を連ねていた。
いや、実際これは呪詛だ。
ウィルマ自身を徹底的に否定するための呪詛なのだろう。
もともと生前の頃から、何処か危うさを見せていた。
私の自死を契機に、ひび割れた心が決定的に壊れてしまったのだとしたら。
「貴女、そんな背負い込み――」
「――よく冷えた朝の清流に手を突っ込むたび」
「……」
最後まで言わせてよ。
そんな反論を、許してくれそうにない。
「あの日の、お嬢の冷え切った手を、頬を、思い出すんだ。いつかお嬢から温かさを奪ってきた奴を鏖にしたら、お嬢の魂に、その温かさが戻ってくるんじゃないかって。お嬢の、薄暗い何かに取り憑かれた毎日から、解放されるんじゃないかって」
「貴女は……せっかくビヨンドになれたんだから、自分自身の幸せを求めなさいよ! 私では、貴女の愛に責任を取れない!」
なんで、最期まで貴女は、貴女自身の為に生きていられなかったのよ!
「お嬢が責任を取ることじゃない。おれがおれを赦せなかったんだ。
……おれは涙を流せない。代わりに胸の中には、いつだって煮えたヘドロがたっぷり居座っているんだ」
何、馬鹿げたこと言っているのよ。
「……貴女の握りしめた拳の、指の隙間から流れている血は何? 涙と何の違いがあるっていうの」
「んー? は、ははは。嗚呼、ちくしょう。この女を殺した事で、ようやく収まったと思ったのに」
私の胸の中も、葛藤でいっぱいになりそう。
張り倒してやりたい気持ちと。
抱きしめて頭をなでたい気持ち。
「……なぁお嬢。おれと、仕合わない?」
「何故!?」
「お嬢はこの女を倒そうとした。おれが倒した。おれを超えたら、お嬢はこの女を倒した事になる。おれ達、どうせこの世界じゃ二人ともただの幽霊だろ? 見てみたいんだ! 強くなったお嬢をさ!」
「ウィルマの、馬鹿……」
だいたい、全盛期のあいつと戦って、かなり消耗していた筈。
そう思っていたけど、懐から小瓶を取り出した。
目薬くらいの大きさに、鮮やかなレッドオレンジの液体が満たされている。
「これ。判るだろ?」
赤色エリクサーだ。
実験の副産物で生み出した、回復薬。
在庫の一部が流出したと聞いていたけど、そう……貴女が持っていたのね。
「“判るだろ”ですって。私にそう訊いたって事は、私がそれを作ったと確信しているのね」
「ははは! やだなあ、お嬢。ちょいとカマをかけてみただけじゃん」
「……この、馬鹿。本当に仕方ない奴」
「二度と飼い主に噛みつかないよう、しっかりお仕置きしてくれよな! わんわん!」
私にそれを言うの?
サイアンに脱走された、私に。
私の鼻先を、ウィルマの刀の切っ先が掠める。
「――できるだろ? お嬢」
口元は笑っているけれど、両目はギラついている。
私に、その眼差しを向けるのね。
敵意ではなく、友情のようだけど……闘争心は微塵も隠さない。
……しょうもない奴。
「いいわ。私が勝ったら貴女は用心棒クビよ。主人より弱いなら意味がないもの。来い、お前なんて張っ倒してやるッ!!!」
「大好きだ、お嬢!!」
貴女の戦い方は忘れていないわ。
かつて私を守ってくれた時、何度も見てきたもの。
水平方向に強い。
猟犬のように駆け抜けて、すれ違いざまに切り刻んでいく。
飛び道具の殆どははたき落とすし、正面から切り結べば鍔迫り合いの最中に蹴飛ばして体勢を崩す。
我流の喧嘩殺法を極めた、超絶厄介剣客が貴女だもの。
並べたレンガを次々と蹴ってサブマシンガンに当てたりとか、曲芸技で虚を突く奇策も大好きだったわよね。
だったら、小細工以外で何をしろと言うの?
私は杖のトリガーを引く。
インチキステッキこと、詐杖モシェンニク。
フックショットを内蔵しているから、立体的に戦える。
私はフックショットから射出されたワイヤーの力を借りて、ビルのベランダへ跳躍する。
右手にモシェンニク。
左手にカラシニコフ突撃銃。
女が片手でアサルトライフルを使うなんてと、古い男達は嗤うでしょうね。
けれど、私は人間をやめたの。
どうしても殺したい相手がいたから。
(私の最高の用心棒に、殺されてしまったけど)
手の中で銃身が暴れ回る。
耳をつんざく轟音と、銃口から放たれる閃光と銃弾。
喰らえ、喰らえ、喰らえ。
超人を殺すために作り上げた、とっても素敵な銃弾よ。
着弾点から、真っ黒な呪詛が拡散して、動体を追いかける。
その呪詛は、聖水か何かで祓わないと消えないわ。
ねえウィルマ。
貴女に向けてこれを使うくらい、私は怒っているのよ。
どうせこんなもの、うまくやり過ごしてしまえる強さを貴女は持っているだろうし。
それなのに!
ああ、それなのに何故!!
正面から呪詛を受け止めるなんて、馬鹿じゃないの!?
「一寸ばかり効くねえ!」
「ちょっとしか効かない事がおかしいのよ!」
「そりゃあ坊さんにおねだりした酒のお陰に決まってんだろ!」
洋の東西を問わず、聖域で保存した酒には魔を祓う効果があると言われているけど……元は神職が飲酒を正当化するための口実でしかなかった。
でも、私達だって科学的根拠が証明不可能な――オカルトの産物だ。
死んで蘇った時点で、私は自分自身が忌み嫌っていた側へと墜ちてしまっていた。
ああ、忌々しく、愚かしい!
かつて私はあんなに「どんな魔術的なものでも、科学的根拠を明らかにしないうちは、むやみに使うべきではない」と言い続けてきたのに!!
くそ、くじけている暇はない!
フックショットで、オフィスの窓ガラスを突き破る。
ガラスの破片が顔を掠めるけれど、痛みは生前よりずっと小さい。
インベントリースペースから、手榴弾各種を。
炸裂弾、焼夷弾、閃光弾、催涙弾……
ウィルマには、この辺りがよく効くだろう。
外から?
階段、それともエレベーター?
どこから来る?
「見つけた!」
「くそ!」
閃光弾を投げて目くらまし!
「――!?」
咄嗟に、近くのものを投げて弾いた!?
だったら、焼夷弾だ!
「畳返し!」
「そんな!?」
「見くびられたもんだ! こんなのワイバーンのゲップよりちょろい!」
駄目か!
非常階段のドアを体当たりで開く。
フックショットで、向かい側のビルへ。
戦いは、まだ続く。




