Task1 付近の安全を確保しろ
ごきげんよう、俺だ。
真っ暗な空と、真っ赤に燃え盛る風車が並んでいる有様は、実に牧歌的で喉が渇くね。
だが、お生憎様だぜ!
こんな状況下じゃあビールを片手にヨーデルを口ずさむ余裕も無かろうよ。
だいたい、家畜どもは何処に消えちまったのかね。
フィクションと混じっちまった世界だっていうなら、ろくな状態じゃあなさそうだが。
「嫌な景色ですし、なんか焦げ臭いですね」
ロナは口を歪めながら、収納からガスマスクを取り出した。
俺と紀絵は、特に対策しない。
「俺の辞書に一酸化炭素中毒という言葉は存在しない」
「煙を操れるからですよね」
「ロナは賢いね」
「いや、誰でも解るでしょそれくらい……」
「そうでもないぜ」
紀絵を見ろよ。
尻尾を踏まれたチワワみたいなツラをしてやがる。
「慣れろ」
ロナはため息混じりにそう言って、紀絵の肩を軽く叩く。
「慣れたら人として終わってしまいそうですわ」
「あなた達、いつもこんななの?」
などと呆れ顔の、今回の頼もしい特別ゲストはナターリヤ。
エルフの身体を錬成する小瓶を使って、無理やり蘇った。
オリジナルの死体は墓の中だろう。
「歩くお化け屋敷があるとしたら、お前さんはそいつらにまともさを求めるのかい」
「たまにはまともであって欲しいと希うことくらい、悪くない筈だけど」
「お前さんだって、似たようなものじゃないかね。フラスコ産まれのスワンプマン」
「一緒にしないで。とうてい承服しかねるわ」
演じていた何もかもが、偽物だったわけじゃあなかろうよ。
確かな狂気がそこにはあった筈だぜ。
「ちょ! スーさん、見てくださいよ!! なんですか、アレ!!」
「どれどれ」
腐って溶けた羊と牛どもの塊が、ナメクジみたいに蠢きながら近づいてきていた。
文字通り、塊だ。
この世で目にしていい代物じゃあないだろう、こんなもん。
「アンデッド型のグリッチャーね。ああやって、死体の肉を使っているのよ。中心にコアがある筈」
「おえっ。パンツァーファウストで遠くから狙うだけに留めておきますね。近くで戦ったら確実に体液浴びるやつじゃないですか」
なんて乗り気じゃないロナとは逆に、紀絵は一人でうなずいている。
「センチネルが魔法少女なら、グリッチャーはその敵である怪物という事ですわね」
「ちゃんと事前説明を覚えていてくれたのね」
「これでも現役の魔法少女でしてよ」
「あー、魔法少女ね。知ってる。転生者の中にはそういう漫画? が好きな人が、頼んでもないのに勝手に話してきたから」
なんとも心温まる話じゃないか。
こうして相互理解に役立っているのだから。
俺なら御免こうむるね。
「いいから倒してくださいよ! あたし、あれ絶対ムリ!」
ああ、ロナにはキツい相手だろうさ。
そもそも、200メートルは離れているってのに、洗面器に生肉を入れたまま一晩ベランダにほったらかしたみたいに臭いやがる。
「いいだろう。すっこんでな」
煙の槍を空中に展開。
肉塊ナメクジを囲むように並べていく。
そして、めった刺し。
パチンッ
「ヴォァアアアアアアアア……」
オーこわいこわい!
ゴボゴボだかグジャグジャともつかん声だな。
どこから出しているかもわからん。
「俺は別に構いやしないがね。お前さんのそれ、近所迷惑な騒音だとよ。じゃ、さっさと成仏してくれ」
ズドン!
「ヴォオッ」
コアを撃ち抜いて終了だ。
楽な作業だな。
「ギャアギャア!」
「ガアガア!」「クケケケ」「グエエエエ!」
ボーナスと言わんばかりに空を埋め尽くす、顔の裂けたカラス共!
それと、緑色の炎に包まれたクラゲ!
どうやら縄張りの主が消えたのを目ざとく見届けて、チャンスとばかりに来やがったらしい!
それじゃあ、パチンッ!
煙の槍を一斉掃射だ!
今ここに集まっているのが一千だろうと一万だろうと、今の俺にとってさしたる違いは無い。
ずっと、ずっと強くなった俺にとっては。
そりゃあ、いつかは誰かが俺をくたばらせるだろう。
あらゆる世界から永久に退場させるカードを切るだろう。
だが……少なくとも、お前さん達にそんな権限は無いのさ。
「まだやろうっていうのかね。よくもまあ飽きずにやるもんだ!」
集まる。
パチンッ
刺し潰す。
落とす。
踏み潰す。
蹴飛ばして、ブチ抜く。
ズドン!
ずっと、それの繰り返しだ。
面白みは無い。
が、時折ちらっと振り返るたび、ナターリヤの顔色から血の気が抜けていく。
今この瞬間、それだけは楽しめる。
「たっぷり綺麗に仕上げてやったが、どうかね」
「……本当に、無尽蔵なのね。まるで絶倫超人。露払いにはこの上ない逸材だわ。ここではずっと雑魚とヤってて頂戴」
強がりかね。
口数が多い割に、声が震えてやがるぜ。
それともお前さん、俺をおだてるために演技をしてやがるな。
「そりゃどうも、お褒めに預かり光栄だ。本命はちゃんと残しておいてやるから安心してくれ」
「当然よ。獲物を横取りしたらブッ殺してやるから」
それはそれで楽しみだ。
どうやって俺達を“思い出にしかいない奴”へと変えてくれるのかね。
「だが気をつけたほうがいいぜ。センチネルを根絶やしにしようと世の中が動いているらしい。ロナ、あれを!」
「ほいほ~い」
俺がロナを指差せば、ロナは得意げにタブレット端末の液晶画面を見せる。
実にくそったれなニュースが並べられていた。
“センチネル、武装蜂起か”
“グリッチャーの軍事利用”
“核戦争勃発の懸念”
“力を求めて暴走する若者達”
“センチネルの保護を訴えた元国防大臣、婦女暴行で逮捕”
真偽は定かじゃないが、似たような見出しが多いなら、それだけ“集客力がある”か“集客できそうと思われている”かのどっちかだ。
(ちなみにこれは似たような見出しが多いランキング上位5つをピックアップした)
どっちにしたって下衆の勘繰り井戸端会議とはね!
腹を下した日のトイレみたいに憂鬱な色合いじゃないか!
「はぁ……」
ナターリヤは頭を押さえて座り込む。
どうやら、相当キいたようだ。
「ティム・バートンだって、もう少し手心を加えるぜ」
「満足しました?」
だなんて、ロナは辛気臭いツラで訊いてくる。
「俺様ご満悦だ。しばらくは排水溝でおっ勃つくらい敏感になる」
「へぇ。スーさんあとで触診な」
「お前さんの可愛らしいぶーたれお口がゲロまみれにならなきゃいいがね」
「ははは。死ね。やっぱりガン萎えしてんじゃねぇーですか、変なところで常識人なんですから」
視線を感じる。
それも、じっとりした視線だ。
溝の中のザリガニを見るような。
「……ねえ。いつもこんななの?」
「そうですわよ」
「……疲れない?」
「“ですぞ”のエルフさんに言われたくないです」
「チッ……度し難いわね。生前の私だったら、所構わず当たり散らしていたわ」
ベコンッと乾いた金属音が路地裏に響く。
錆びたドラム缶を蹴って凹ませた音だ。
「これくらいで勘弁してあげる」
ナターリヤは、疲れ果てたツラで呟いた。
今までのふざけた言動の裏側に隠してきた、真っ暗で生暖かい感情を、ようやく前に出してくれたんだ。
俺はそれなりに嬉しく思うよ。
見つけた虫刺されがあまり痒くなかった、くらいにはね。




