Task4 夢から目覚め、立ち上がれ
長いこと間が空いてしまい申し訳ございませんでした。
――『お前、あいつの後輩だったんだろ? きっと喜ぶから、行ってやれ。大丈夫だ、店は任せろ。バイクで行けばすぐだろ?』
俺は断らなかった。
いや、断れなかったのか?
何にせよ世間様の風潮じゃあ、更生したやつをいつまでも許さないのは『ダサい』ことになっていた。
【↑奴はマイナスをゼロにしただけなのに】
怪我をした奴には店をほっぽり出してでも見舞いに行く。
義理だ人情だと人は言うから、それが世間様のルールという奴なのだろう。
ここまでは、問題なかったと思う。
……俺はバイクで真っ先に駆けつけたが、日が悪かった。
途中で通り雨に降られた。
その時、コトは起きた。
突風が吹いて、歩道側でビラ配りをしていた奴の手元から、大量のビラが飛んできた。
そいつが運悪く俺のヘルメット、しかも正面に引っ付いた。
気が動転した俺は急いでビラを剥がそうとするが、これが上手く行かなかった。
やっとの事でビラを剥がしたと思えば、信号無視して横断する歩行者がすぐ目の前にいた。
俺はすぐに急ブレーキをかけたが、これもまたマズった。
バランスを崩して、俺は道路に放り出され、その上にバイクが転がった。
今日はとことん、ツイてなかった。
道端に転がっていたワンカップのビンの破片が、俺の頸動脈に刺さった。
肺も潰され、呼吸困難に陥った俺は、助けを呼ぶのもままならない。
救急車が来ても、間に合うワケが無い。
くそったれだ。
薄れ行く意識の中で視界に入ったのは、
『排ガスを減らそう!』
と大きな見出しの書かれたビラだった。
真面目に生きた、その報いがこれかよ……。
俺はいつだって、ルールには忠実だった。
【↑それだけしかできなかったから】
軽犯罪はおろか、マナー違反だってしなかった。
【↑少なくとも、俺の意思では一度も】
忍耐強く生きるべきだと、常に自分を律してきた。
【↑親父にそうするよう言われてきたから】
ダチからは「おりこうさんすぎる」とからかわれるくらいに。
【↑本当は違う。空っぽなだけさ】
あのビラ配りをしていた奴も運が悪かっただけだろう。
言い分は正しいし、奴自身も正義の代行者のつもりだったろうが、とにかくツイてなかったよな。
……幾つもの不運が重なって、結局ご破算だ。
何がルールだ。
何が正義だ。
こうなるくらいなら、ブチ壊してやりゃ良かった。
【↑片っ端からブチのめして、俺こそが正しいのだと吠えちまえば、きっと奴らはひれ伏した】
ああすれば良かったのに。
でもやらなかった。
できなかった。
やる勇気がなかったのか、或いはやっても無意味と知っていたのか。
選択肢を知らなかったのか、或いは違うところを見ていたのか。
あの日、俺は。
数え切れないほどの後悔と憎悪を胸中で毒づきながら、息絶えた。
―― ―― ――
「……」
起き上がった。
と同時に、直感した。
誰かが俺の過去を言いふらしやがったのを。
それは、俺を覗き込んでいたマキトの両目に溜まった涙を見ればわかる。
それは、俺を見下ろしているジェーンの歪みきった笑顔を見ればわかる。
それは、俺とあいつらを見比べるロナの戸惑った眼差しを見ればわかる。
マキトは俺を死なせたくなくて、治したのだろうさ。
そのための知識とかやり方とかを、見計らったようにお誂え向きのタイミングで現れたジェーンが教えた。
ロナは、ひと仕事片付けて駆けつけたらそんな状況だったから、手を出せないでいると。
ざっと、こんなもんだろう。
見られる事それ自体は別に構わんのさ。
だが、それに対する反応が問題だ。
「ダーティ・スー! 良かった、生きてた……」
「……」
「お前が今までそうしてきた理由が、やっと理解できたよ。僕は、ちゃんと解ってやれなかった……でも、もう違う! 僕達は、きっとわかり合える」
俺を好きになるのだけは、やめてくれよ。
見ればイスティを除く他の連中も、心なしかホッとしてやがる。
「貴様が死ぬとフィアンセが悲しむなら、私は何も言わん」
「あんなの見せられたら、アタイらも手を貸さずにはいられないだろ」
「わたくしも同意見です」
「儂は信じておるぞ、お主が今までの運命を覆し、儂らと共に歩んでくれる事を」
そうじゃない。
そうじゃないんだよ。
まったく度し難い三文芝居だぜ。
俺はこいつらを無視して、ジェーンに視線を寄越す。
「……ツトムを差し向けたのは、お前さんかね。ジェーン」
「あら? 人聞きの悪い事を言わないでくれるかしら? あの子が勝手にヤケを起こしただけよ?」
「ヤケね。とてもそんなふうには見えないが」
「ひどい言い草ね。それと、私はジェーンじゃなくてジルゼガット」
イゾーラ、ジェーン、ジルゼガット。
ややこしいったら無いね、どれか一つに絞ってくれないと目が回っちまうぜ。
「いつかお前さんの過去もイセカイ・タイムズか何かにでも掲載してやる」
俺は、マキトの手を払い除ける。
「だいたい、悲しい過去があったからといって、それがどうしたっていうんだ。
俺がやってきた事が、俺には成し遂げられなかった何もかもが、不問になるとでもいうのかね」
そんな理屈は通らない。
俺は、起き上がる。
「ならんだろう。俺が憐れな犠牲者に見えるかい。違うだろう」
他人の事情を知らなくても尊重できて、悪党が悪党になる前にどうにかできる奴が、正義の味方のマジョリティだったなら……どの世界だろうと、きっとこうまで荒れ果てちゃいなかった。
実際には、これだ。
サンドバッグ探しを善行と履き違えた馬鹿共。
特に理由もなく悪さをしたいだけの雑魚共。
訳知り顔でたしなめるような事を言って賢く見られたい間抜け共。
愚直さと単に物を知らない事の区別も付けられない楽観主義者共……。
みんな、みんな、俺にとっては平等にカスでしかない。
「――だから俺とお前さん達は、敵同士だ。これからも、ずっとそうあるべきだ。違うかい、マキト」
変身。
俺の全身を、禍々しい黄色の装甲が覆っていく。
この怪人の外殻が、俺が俺である事を保証してくれる。
俺という概念を補強してくれる。
ロナや紀絵にゃ悪いが、人の持つ怪物性を証明するなら、人型から逸脱する必要はない。
実際、人間が一番の怪物だからね。
「休憩は終わりにしよう。今一度、お前さんの正義を検証する」
「そんな! わかり合えると思ったのに……!」
さて、念話でロナにも話を通しておくとしよう。
『ここまでを踏まえて、お前さんも好きに動いたらいい』
『じゃあ引き続き、スーさんの隣に在り続けますよ』
『物好きな奴だ』
『あたしの過去を知る前から、あたしを、あたしの人生の責任から解放させてくれていた。わかりあう事を押し付けないでいてくれた。そんなところも好きだから、付いていきますよ』
『そうかい』
なら、せいぜいくたばるなよ。
デートスポットが減るのは、ちょいとばかり寂しくなるからね。
全員に解ってもらいたいなんて思っちゃいないが、お前さん達のような身内になら、何もかもをさらけ出しても、そこまで悪い気はしない。




